二人の関係
午前8時
まだ朝だと言うのに、陽気な春の太陽は彼女とそのベッドを照らしていた。
「うぅーん、」
眠い目をこすり、むくりと起き上がった。
まだベッドと机、椅子しかない部屋は余計に広く見えた。祐輔からもらった部屋はまだ何もない。これからこの部屋が自分の部屋になっていくと考えると不思議な気持ちになった。
レイは慣れた手付きで布団を畳むと、林の部屋に向かった。
朝に祐輔を起こしに行くのがレイの日課だ。
「林様、お時間ですよ。学校に行く時間です。」
「え?もうそんな時間かぁ、分かった。料理は作っておくから、掃除しておいてくれ」
「はい!」
「じゃ、俺は学校に行ってくるから!」
「分かりました。いってらっしゃいませ」
レイの挨拶を聞いて、祐輔は勢いよく外に出ていった。
ドアの前で待っていたのは、高島と、もう一人の幼馴染の茅野美南。
子供の頃から遊んでる親友だ。
「二人ともまたせて悪い。行こうぜ」
「って言ってもここからそんなに遠くないけどな」
「そういえば二人とも、宿題終わったの?」
「あ!忘れてた!あとで見せてくれ」
「もぅ、相変わらずね祐輔は」
三人が学校について少し立った頃、レイは一人で洗濯物を畳んでいた。
その手にはフワフワのバスタオルが置かれていた。
「ついに洗濯物も、林様のようにフワフワにすることができました!」
と、満足そうに笑顔になったとき、机においてある一つの風呂敷が目についた。
そう、あれは祐輔が持っていくはずのお弁当だった。ーーどうしよう、
考えた末、レイはすぐに動いた。ずばり、届けに行くだった。AIが学校まで行くなんてことは、かなり危険なことだ。万が一の可能性があるからだ。といってもレイは見た目が人間そっくりだったからか、特にバレることはなかったが。
「思っていたよりも簡単に着くことが出来ました。」
レイは塀を飛び越えて学校に入った。中にも人は見えない。
だが、建物の中にはたくさんの人がいるからとレイは塀をそって歩いた。
少し歩いてから止まってスマホを取り出し連絡を送るが、居ても立ってもいられずまた歩き出した。
すると
「ちょっと君!そこでなにしている」
「ひゃっ!」
思わず変な声がでてしまい、恥ずかしいと思いながら振り返った。
「わ、私はえと、お弁当を届けに来ました。」
「弁当?生徒の関係者かもしれませんが、いちおう校長室まで来てください。話はそこで聞きますよ。」
「い、いえお弁当を届けにきただけですので、、」
「ですが、そういう決まりごとですので、」
レイとしては人に捕まるわけにはいかない。本人たちにそのつもりがなくともレイがAIだとバレてしまえば自分は解体され、匿っていたとして林は殺されてしまうだろう。すでに自分にとっての居場所になりつつある場所を捨てることなど出来ない。レイは意を決して逃げ出そうと心に決めた瞬間
「先生、そいつ俺の連れです。」
どこからともなく祐輔が現れた。
「あぁ、君の連れの方か、なら心配はいらないな。」
そういうと先生は去っていった。
「お弁当、届けに来てくれたんだろ?ありがとな。」
「はい、無事に届けられて良かったです。」
「おいおい祐輔〜、お前も隅に置けないな〜。こんなに可愛い子を連れてくるなんてな」
「別にそういう関係じゃ、、」
と言いながら周りを見た矢先、たくさんの視線を感じた。よく見ると教員の視線も混ざっている。確かに外国人のハーフのような見た目をしているレイはここにいるとよく目立つ。
「ひ、ひとまず場所を変えるか、」
三人は空き教室に向かった。
ーーなんでこうなっちまったんだ、、
「あの!名前はなんて言うんですか?」
「わ、私はレイと言います。」
「いい名前だなぁ、祐輔じゃ思いつかないだろ、」
「祐輔とは、どういう関係なんですか?」
「関係ですか?私が、林様の家に住まわせてもらっています。」
「てことは祐輔、お前同棲してたのか!?」
「連は一回黙れ!」
はぁ、と祐輔はこころの中で大きくため息を吐いた。連にバレたのは想定内ではあった、だが美南にバレるのは想定外だった。美南の方がまともだから、連よりはどうにかなるだろうが。
「祐輔のことどう思ってるの?」
「優しい方だと思います。こんな私にも気遣って接して下さるので、」
「へぇ~?あの祐輔がね、」
よけいな一言に思わずツッコミそうになったが、ひとまずレイを家に帰させることにした。
「お弁当ありがとな、一人で帰れそうか?」
「はい、道なら覚えていますので、」
そう言って帰ろうとしたレイに美南が耳打ちをした。それにレイは
「分かりました。空けておきますね。」
と一言いって帰った。思わず
「美南、レイになんて言ったんだ?」
と聞いたが、
「乙女の秘密よ♪」
とウィンクしながらはぐらかされてしまった。
「にしても驚いたぜ。祐輔にもあんなに楽しそうに話せる家族が出来たんだな。」
「えっ?」
「だって祐輔楽しそうに笑ってたぜ。」
「そうね、祐輔も家族が出来たのよ。私から見ても祐輔は楽しそうだったわ。」
「・・・・」
ーー楽しそうか、
その言葉が祐輔の中で反芻した。
レイはAIだ。それを知ったときに思わず込み上げてきたあの気持ちは、きっと忘れることはないと思う。
祐輔にとってAIは敵であり恐怖の象徴のような物だった。幼い自分から全てを奪った。レイが家に来たときは、憎しみと同時に怖かった。自分も殺されるのではないか、また自分の大切な物が奪われるんじゃないかと。だからこそ、レイとの出会いは祐輔にとって衝撃なものだった。表面上では優しく接していたつもりだったが。だからこそ、あんなに素直に言うレイは眩しかった。ある日、家に転がり込んできた彼女。祐輔にとってのレイの存在を、まだ掴めていなかった。
「分かんないかなぁ、家族って言えるのかも分かんねぇんだよ」
「そう?でも分かんないのなら見つけていけばいいじゃない、まだ私達は子供だから、分からないことだらけなのは仕方のないことだもの。」
「俺も難しいことは分かんないけど、一緒にいて楽しいって思えるならそれでいいと思うぜ。家族でも友達でもさ、大切な人ってそういうもんだろ。」
「正直、そんなことを考えたことなんかなかった。俺にとって、レイは家に来た誰かだった。
でも、そっか。それも”家族”なんだな。」
自分の中にあった、硬い殻が剥がれた気がした。
「てか、祐輔がどう思ってんだよ あの子のこと。聞かせてくれてもいいんだぜ?」
「そうよ!レディにだけ言わせるのは、失礼なんじゃないの?」
「・・・・・俺は、」
夕方、レイが家に帰ったきた。出かけていたのだが、たぶん美南にいろいろと質問攻めにされたのだろう。
憔悴しきったレイの顔を見れば一目でわかった。そんなレイを横目に俺は料理を机に並べて夕食を食べ始めた。すると、倒れていたレイが立ち上がって言った。
「今日、縁側で少し話しませんか?」
「・・・分かった。」
俺の反応を聞くとレイは「いただきます」と言って食べ始めた。今日の夕食はそれ以来一切喋らなかった。
風呂を済ませて、縁側に向かうとレイが座っていた。レイは隣を空けるように横へズレた。どうやら、隣に座ってくれという合図らしい。俺が座ると、レイが口を開いた。
「少し昔のお話になります。」
「家の中で、私はいじめられていました。私だけ人間を嫌っていなかったからだと思います。毎日一回は家を追い出され、1日中外で過ごす日も少なくなかった
売国奴と罵られても、遊びと称して体が壊されても、ずっと笑っていました。いつか、本当の幸せが来るって信じていたんだと思います。でも、いつからか笑うことができなくなったんです。そのとき思いました。あぁ、疲れたなって。だから逃げたんです。
私は誰かと笑ったことがありませんでした。誰かと話したいって思ったこともありませんでした。誰かと一緒にいたいって、そう思ったことがありませんでした。
私にとってあの家が、あの家族が、怖い。そう気づいたあの日から、もう私にとっての世界は彼らという暗闇に覆われました。だから、嬉しかった。あなたが私を壊そうとしてくれたこと。あなたがAIをひどく憎んでいることは知っています。でもあなたは壊さなかった。その時思ったんです。なんて優しいひとなんだろうって。」
「ここに来て、あなたに出会って、私は本当の自分を知れるんじゃないかって、そう思っていました。でもたくさんの方々に出会って思いました。
この世界は、私には眩しい。もう二度と抜け出すことの出来ない暗闇に覆われた世界が不思議なぐらい簡単に壊れたんです。だから、怖かった。私がAIだと知ればたくさんの人が私を殺そうとします。そしたらあなたも友人の方々も殺されてしまいます。この場所は私にとって唯一のもので、初めてあなたと食卓を囲んだあの日から、失いたくないって思っています。」
「林様には言葉にできない程の気持ちでいっぱいです。だから、終わりにしましょう。
私の最後の我が儘を聞いてくださりますか?」
「・・・あぁ」
「私をあなたの手で解体してほしいのです。
私は最後にあなたと居られて良かったと思っています。もう私はあなたからたくさんのものをもらいました。私の最後の我が儘としてお願いします。」
精一杯頭を下げるレイに祐輔は言った。
「俺はさ、怖かったんだよ。レイのことが。子供の頃から怖くて恐ろしい生き物だって言われ続けてきてさ
母さんが殺されたってのもあったと思うけど。でも、今までAIっていうフィルター越しにしか見てなかったレイを家族として見ることにしたんだ。そしたら色々分かった。レイって相変わらず料理は出来ないけど、頑張って努力してるし、寝るときとかも俺が寝るまで起きていてくれたり、俺が忘れた家事とかもそのままやってくれるしさ、それで、さっきのことを聞いて思ったんだよ。俺と同じなんだって。」
「違います!私があなたと、林様と同じなんてことは、ありえません!」
「レイが自分のことをどう思っているのかとかもわかんないけどさ、俺は同じだと思う。失いたくないからって自分を閉ざして、自分とは違うものを恐れて、でもどこかでは自分を犠牲にして。人もAIも一緒なんだよ、ただ体がちがうだけだ。誰かと笑って、誰かと泣いて、誰かと楽しい時間を過ごせるのなら、そこに人間かAIかなんてことは関係ないんだから。
俺はレイをどう思っているのか、考えたんだ。でも、結局言葉にできなかった。それでも、俺がレイと一緒にいて楽しいって思えた時間は俺とレイだけのものだ。俺とレイだから作れた時間なんだ。だからさ、そんなこと言うなよ。俺はもっと一緒にいたい。俺とレイはこの世にたった一つの”家族”なんだから。」
「この世界は、私には眩しすぎます。でもここにいるのは、それ以上に温かい。
私もいつか、あなたのようになれるのでしょうか、あなたのような”人”になれるのでしょうか、」
「なれるよ。レイはずっと前から、誰よりも優しい人だから。」
「これからもよろしくお願いします、林様」
「あぁ、よろしく レイ」
長かった




