出発
王国の運命を決める会談が催される場所、叡智の塔へとモニカ達が向かうその当日に、僕はコボルト村を訪れていた。その理由は多々あれど、一番はモニカが気を遣ってくれたことが大きい。
「当日は見送りなんてしなくて良いわよ。王国中の人々が一堂に会する場所にヴァンが来たりなんかしたらどうなることやら……自分が一番よく分かるでしょう?」
全くもってその通りだ。考えるまでもなかった。とは言え僕もモニカやアリス、それにシェリルの姿を一目見ておきたい。だからルートの上にあるコボルト村にいるのだ。
アリスやシェリルも会談に行くことに関しては、モニカが付いているので何も心配していない。それどころか、皆僕より強いくらいの実力の持ち主なのだ。逆に心配されそうである。シェリルは少し気が乗らないようなことも言っていた気がするが、アリスの方は僕の勇姿を説明出来る唯一の人間ということで、責任を感じているのかやる気に満ちあふれていた。是非とも頑張って貰いたい。
でも僕も人のことばかり気にしてはいられない。モニカ達が叡智の塔に行ってしまうということはつまり、王国がかなり手薄になってしまうと言うことだ。国の中心人物が集まる叡智の塔ももちろん危険だが、逆に中心人物達がいなくなった国はつけいる隙を露呈してしまっていることになる。特にプラトー王国は国内動乱の影響で戦力が衰退、疲弊していることは明らかであり、格好の餌食となり得てしまうのだ。
いきなり攻め入るのはリスクが高いから確率は低いかもしれないけど、偵察段階で軍もギルドも解散して作りたての国防軍数名と出来損ない勇者が一人だと知れば、わざわざ部隊を編成するまでもなく偵察が威力偵察に変わることだってあり得る。
つまり、残る僕たちも責任重大だと言うことなのだ。国境の門をそう簡単には潜ることは出来ないとは言え、慎重になるに越したことはない。
とまぁ、僕にもやらなければいけないことはたくさんあるのだが、とりあえず今はそれをいったん置いておく。
今僕が来ているコボルト村、モニカ達の移動ルートと言ったが、それ以上に大きな目的があるからここに来ていた。それはある調べ物のため。
村長から許しを得て、僕は村の古い倉庫に来ていた。扉を開け放つと、しばらく閉めたままであったのか、一気にほこりが飛び出し煙が舞った。適当に手で払いのけながら、僕は奥に進む。目当ての書物は、彼女の眼に関する情報について書かれた物だ。
ある日、シェリルはこんなことを言っていた。
「この眼、ほんとに急にこうなったのにそれほど驚かなかったのは、村で何度かこの眼によく似た話を読んだり聞いたりしていたからかもしれない」
子供を寝かしつけたり喜ばせたりするための読み聞かせ、そんな感じだったと彼女は呟いていた。しかしそのことについて村の人に話を聞いてみても、そんな話は知らないと首を振っていた。
そんな中、村長だけが読み聞かせのおとぎ話ではなく、その眼について詳しく書かれた書物が倉庫にあったような、と言う情報を教えてくれたのだ。だからこうして許可を得て倉庫を漁らせて貰っているのだ。
「うーん、この中から目当てのものを探すのはなかなかに骨が折れそうだな」
倉庫の中は真っ暗で、山のように重なった者も近づいてみてみないと何が何だか分からない。あるのは殆ど四角い入れ物のようで、村長の言う書物を見つけだすには一つ一つ中を確認しないといけないようだ。
モニカ達がここを通るのはあと4,5時間後、それまでになんとか見つけたいところだ。
■
「ヴァン、どこかで見てたりしないかな……」
「無理を言っちゃダメですよシェリルちゃん。こんな大勢が集まるところにヴァンさんが来てしまったら…………ね?」
「それはそうですけど…………」
浮かない様子のシェリルはアリスと並んで大行列の後方について歩いていた。少し前にはモニカ王女の乗る厳重に守られた乗り物が見える。魔法で駆動しているその乗り物のすぐ前にはアイナが部隊を指揮する。
既にアサイラムを越えて野原を通る大所帯はこのまま大門を通り叡智の門を目指す。途中中立国での休息を挟む長旅だ。
王国本土を抜けたというのにまだ続く沿道の観衆を流し見ながら、シェリルはため息を一つ吐く。
「アリスさんはヴァンと離れること、どう思ってます?」
「うーん、確かに寂しくはありますけど、ヴァンさんの動乱での戦果を証明するという重大な責任がありますし、寧ろ誇らしいですよ!!」
それを聞いてさらに大きいため息を一つ。シェリルはうなだれるように
「良いなぁアリスさん。私何のために行くのかまだよく分かったないですもん。戦闘能力をかわれてって事でしょうけど、ちょっと納得いかないんですよね」
「だってもしシェリルちゃんが行かないことになれば、ヴァンさんと二人きりだもんね」
「言わないでくださいよー、一層足が重くなるじゃないですかぁー!!」
「ふふっ」
他の面々は結構緊張した面持ちで更新しているのに対し、二人はとても自然体だった。その内シェリルは頭の後ろで手を組んだり、アリスはやけにきょろきょろしたりして、国防軍の部隊に変な目で見られてしまう。
しかし、そうしてアリスがきょろきょろしたことによってある発見が一つ。
「あ、シェリルちゃん、あれ!! 見て!!」
「え、どうかしたんですか……あ」
■
「なんとか間に合ったみたいだな…………」
目当ての者を探すにかなり苦労して、見つけた時はもう6時間近くかかっていた。一度急いで村を出て、近くにある小高い丘に登ったところで、眼前に草原には余りに目立つ人の隊列が見て取れた。適当に流し見ながら手を振っていると明らかに緊張が足りない二人の女の子が眼に入る。
「あれ…………あの二人、アリスとシェリルじゃないか?」
凝視していると、かなりの距離があるというのにアリスらしき人物が隣の女の子に話しかけ、一緒にこちらを見ているようだった。とりあえず確信が持てないのでそのまま手を振る僕だったが、次の瞬間――
「なっ!?」
眩い閃光が走ったかと思えば、それは一瞬の出来事。でもそれだけで、ある少女が僕のことを特別な目で見たことが明らかになる。
「シェリル、本当にどういう仕組みの力なんだよそれは……」
その光の影響でちょっとだけ隊列が動揺しているようにも見えるが、まぁ直ぐ落ち着くだろう。こんなところにいる僕を見つけることが出来るのは、野生の眼を持つアリスと特別な眼を持つシェリルくらい。あの二人が間違いなくその二人だったことは明らかで、最後に姿を見ることが出来て素直に満足だった。
「さてと」
僕はそのまま村にいったん帰り、そして件の書物を村長に差し出した。
「この書物、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「ん、まあ良いが、別に村で読んでいっても良いのだぞ?」
「ちょっと流し見したんですが、なかなか複雑な力のようで。家で落ち着いて読みたいんです」
「そうか、分かった。気が済んだら返してくれれば良い」
「ありがとうございます。それでは」
右手に握るは決して厚いとは言えない一冊の書物。家に帰る僕の足は心なしか急いでいた。
何だか少し、嫌な予感がしたのだ。




