それは魔性の繋がり
「…………ヴァンは寂しくないの?」
「え?」
顔を上げたモニカは、今までとは打って変わって落ち着いた声色でそんなことを呟いた。僕は少し戸惑って、鈍感なりにモニカが何を言いたいのかを分かろうとした。
「えっと……そうだね、寂しい、かな」
「何が、何が寂しいの?」
……ヴァンよ、ここは絶対に間違えてはいけないところだ。何が寂しいのか。話題からすれば会談を迎えるに当たってヴァンは寂しくないのということだよな。となれば、会談によって僕は一人になってしまう訳だ。それは寂しいよな。ということは、アリスやシェリルが会談に行ってしまうのが寂しいと、そう言うのが正解か?
「それは、ア――」
――ちょっと待て。違う気がするぞ。これだといつもの僕だ。もっと考えるんだ、そんなことモニカが聞いてどうする。少し恥ずかしそうにモニカが問いかけてきているのだ。寂しくないのかと。
そうか、私がいなくなり、私と話せないのは寂しくないのか、ってことか!! それなら全ての辻褄が合うぞ。なんでそんなこと僕に聞くのかがよく分からないけど、これが一番正解に近い気がする。
「会談が始まれば、モニカとはしばらく会えなくなるんだろ? それが寂しいに決まっているだろ。それに聞けば聞くほど会談は危険そうだ。心配でもある」
「………………そっか」
よし、今回は怒らせなかったぞ!! 僕成長してる!!
「私も寂しい。でも、でもね、私ヴァンのために頑張るから。王国のためはもちろんだけど、王国のために頑張る勇者を私は知ってるから、だからヴァンのために頑張る」
「僕も理解者がいるってだけで心の支えになるよ。モニカ達がいなくなればまた僕は一人になるけど、なんとかやっていくよ。だからモニカも頑張れよ」
そこまで言うと、モニカは恥ずかしそうにクッションを横に置いた。何度か顔を横に振って、銀の髪を手で整える。やっぱりこうして見ると、モニカは普通にかわいいのだ。ちょっと仲良くなりすぎてしまうとそう言う目で見れなくなるだけで、俯瞰して見てしまえば結構僕のタイプかもしれない。
そんなことを思っていると、自分なりの準備が出来たのか、モニカは改まって僕を見つめた。
「私もヴァンが心の支えになってる。あんまり言う機会ないから言うけど、ヴァンが好きな気持ちはいつだって変わらないから。いろんな人に嫌われて、国にも嫌われても、私はずっとヴァンの味方だからね」
「あぁ、ありがとう――――え、あれ」
ボーッとモニカの顔見てたらなんかとんでもないこと言われた気がするぞ。今モニカなんて言った? 好きとかなんとか……隙、隙? ダメだ、聞き逃した。せっかく鈍感なところで怒られなかったのに、気を抜いてしまったみたいだな。
そうこうしてまた考えにうつつを抜かしていると、モニカが上目遣いで、
「ねぇ、会談前に会えるのはこれが最後だと思うの。だからね、一つお願いして良いかな」
「お、何だ?」
今度はしっかり聞くぞ。僕は二つのことが同時に出来るほど起用じゃない。一つ一つ、話をしっかり聞きないと。
「キス、したい」
――――あ?
え、今なんて言った? いや、しっかり聞いたじゃないか。キスしたいだ。いやでもそういうことじゃなくて、なんでそんなこと言われたのかって話で。聞き間違いか、いやいやあれだけ真剣に聞いてきたんだそんなことあるはずがない待て待て落ち着け落ち着くんだこういうときは魔法の詠唱でも思い出して気を紛らわせるんだうわぁ一つも分からない。
「ごめん、びっくりするよね。柄じゃないのも分かってる、だけどそれだけでちょっと頑張れるって言うか、勇気出るの。だから、貰うね」
僕がまたも思考に耽りパンクしかけているとき、ふと何かが唇に重なった。温かく柔らかい感触だった。その瞬間、頭の中でゴチャゴチャしていたものが全て吹き飛んだ。雲を抜け視界が開けたように明るかった。
時間にして一五秒くらいだっただろうか。お互い下手なことはせず、儚く重なった唇はふっと離れた。モニカは僕と目を合わせようとはしなかった。無論、僕だってあわせられる訳がない。その時間の間は何が起こっているのかまるで分からなかった。思考は明瞭でも、何も思い浮かばなかったのだ。ただただ青空が広がっているだけ、そんな感覚。でも、その後はしっかりとした感情が湧いて出てきたのだ。
名残惜しい、と。
するとモニカは頬を紅潮させ、でもそこから離れようとはせずに
「このままだと、なんか次会うときやり辛いよね。ヴァンにもしてほしい、かも。それでお互い、笑顔でバイバイ、みたいな」
彼女の言葉は何だかたどたどしかった。僕の頭の中は明瞭であったはずだけど、いつの間にか日の光を浴びているかのような感覚でボーッとしていた。まるで木漏れ日の下、暖かな光の下で眠っているような、心地よい感覚。
目の前には眼を閉じて背伸びするモニカがいた。心なしか顎を出し、顔を僕に向けているように思う。これまで感じたことのない心臓の音に、僕は急かされていた。そして、僕はもう一人の僕。いや、違う。もう一人の僕ではない、三人目の僕。そんな人格いやしないけど、まるで突き動かされるようにモニカの肩を掴んでいた。
顔を傾け、お互いが面と向かわないようにうまく互い違えながら優しく触れる。名残惜しさがあったからか、その柔らかな感触と形容しがたい幸福感に包まれる暖かさは純粋に僕の心を虜にした。
今度はどれくらいだったのだろうか。凄まじく短かったような気もするし、永遠のように長かったのかもしれない。どちらからともなく離れ、僕はモニカを見た。偶然にも、モニカは僕を見上げていた。若干息が上がっているのは、動揺している僕にも容易に見受けられた。
「うん、満足――それじゃ、またね」
「あ、あぁ、またな」
小さく笑って、モニカは家を出て行った。緊張しているのか、僕はまともに声を出すことが出来なかった。うわずった声で、精一杯言えた一言だったのだ。
さっきまでふれ合っていたのに、僕の唇はまたも暖かさを求めているようだった。でもその暖かさの正体がよく分からない。いや、分かっているけど認められないのか、それとも非現実的すぎて理解が及ばないのか。とにかく、パニックという一言で片付いてしまう状態ではなかった。
だが、そこで僕は突然現実に引き戻される。それは、勢いよく扉が開かれたから。大きな音で、僕は一瞬のうちに夢から覚めたように意識がはっきりとする。
「ヴァン、私もモニカ王女について行くことになったって本当!?」
「私がヴァンさんの勇敢さを証明しに行けるのですか? 私が言って良いのですか!?」
意識が鮮明になり、モニカがいなくなっていることである事に気がつく。それは一度聞いておこうと思った引っかかり。やがてそのこともアリスとシェリルからの質問攻めですぐに忘れてしまうのだが。
――僕が嫌われているのはモニカのせいだって言うヴェイロンの言葉の真偽、聞きそびれたな。
モニカの勘違いの理由を忘れてしまった方は、
第47部 勘違い、勘違い、そして勘違い
でご確認ください。




