エピローグ1
空にかかる十字架は、至る所で見られた。ハイドランスの国境付近ではモニカとドラケットがその光景を仰ぎ見ていた。
「あの光…………軍本部の方よね?」
「そうですね…………決着が、ついたのでしょう」
既に戦闘が終わっていたその場所は静寂に包まれていた。瓦礫だらけのその場所で、ドットは無言でその瓦礫の内の一つをひっくり返す。そこには眠るような傷だらけの少女が一人。
「身柄、拘束しますか?」
「そうね、そろそろ始めないといつ終わるか分かった物じゃないから、動き出しましょうか。ドラケット、無事な王国騎士や士官学校生を集めてギルドや軍の面々の確保を進めてちょうだい」
「了解です」
忠義の姿勢を見せ、ドットは走って行く。その姿を見送り、モニカは目の前の少女の元に歩み寄る。ぐったりとしているが、最後にドットが全力を出さなかったことで意識を失う程度で済んでいる。ただでさえ露出度が高いというのに、戦闘の際の裂傷や切り傷によって、破廉恥なことをされる役回りの少女のようになってしまっていた。
「いやぁ、同性ながらこの体は卑怯ね。羨ましさを通り越してもはや気味の悪さすら覚えるわよ」
魔法により手足を拘束し、いざというときのために動きを封じるが、それもまた彼女のいやらしさを助長し、何だかいけないことをしているような気分になってくる。
「ヴァンが見たら即効で悩殺されるでしょうね。まったく、不愉快な話ね」
今だ眠りについているシャオフェイを担ぎ、その場を後にするモニカ。目指す場所はハイドランスの王宮だ。既に動乱後の処理の準備が着々と進められているはずで、モニカにとってはここからが正念場となる。背中におぶる少女にも、話を聞かなければならない。
「洗いざらいしっかり吐いてもらうから覚悟してよね」
背中に押し当たる女性特有の膨らみに、自分にはない弾力を感じて眉間をひくつかせるモニカ。内心では、ほっと安堵していた。
どうにかヴァンとの約束を果たせそうだと、そんなことを考えていたのだ。約束をした方が守れないなんて事態は考えるまでもなかった。ヴァンは確実に生きている、確固たる確信がモニカにはあった。それは彼の成長をいつも肌で感じていたから。ヴァンが少しずつ、でも着実に勇者に近づいていることを感じていたから。
「…………ヴァン、次は私の番だね。頑張るよ」
アサイラムの地、僕はアリスと一緒に空にかかる十字架を見ていた。
「……ロストリオン、軍本部の方だ。これで終わった、のか?」
「終わったんですよ、やっと、やっと皆に会えるんですよ、ヴァンさん」
寄り添うアリスの肩をそっと抱きながら、僕には実感がなかった。これで長い戦いが本当に終わったのか、安心しても良いのか。それでも、アリスの体温を感じ、自分の心臓の鼓動を感じることが出来ている、それだけでも満足だった。
「モニカは無事かな」
「きっと大丈夫ですよ。だってこの国の王女様なんですから」
「なんだよその理屈、それを言ったら王女なんだから一番最初に狙われそうじゃん」
「それはどうでしょう? モニカ王女を相手にするのは、誰だって嫌だと思いますよ」
そっと離れて自分の足で立ったアリスは、夜明けと共に訪れた日の出を見つめながらそんなことを呟いた。
「その心は?」
「教えません」
大地に差し込む光がまぶしかった。その光はとても温かく、一気に心が晴れていくようだった。満足そうな笑みを浮かべているアリスを見て、僕はようやく本当に終わったのだなと思うことが出来た。
焦土と化した大地さえうかがえる王国の大地だったが、一日の始まりを告げるそよ風は冷たくそして凜としていた。左手に力を込めてみても異変はない。さっきまでレベッカと戦っていたことさえ現実味がなくなっていた。
「皆に、会いたいな」
「直ぐに会えますよ」
顔を上げると、そこには優しい笑顔のアリスがいた。朝日を浴びて、輝いている彼女の笑顔で、僕の残りわずかな不安もついに溶けていった。
「行きましょう!!」
「あぁ!!」
アリスに手を引かれ、僕も立ち上がる。王国の長い一日は、ついに終わったのだ。
「終わったねぇ」
「…………そう、ですね」
庭園のフロアから上はそもそもなかったかのように、まるごと吹き飛ばされていた。荒れ狂う大波のように暴れ回った二人はほっと一息ついて、地平線から昇ってくる朝日を眺めていた。
「たぶん、もう直に軍の残党が戻ってくるかもしれないね。それに、シェリルはここにいたらマズいんじゃない?」
「あぁ、そうだった!! 私ヴァンに逃げろって言われてて、王国の国境付近にいることになっているんだった!!」
そう言って慌てるシェリルに、メリオールは腕組みをして自慢げに
「ねえねえシェリル、瞬間移動させてあげよっか?」
「瞬間移動?」
「そう、私たちある仲間の力のおかげで瞬間移動出来るんだ。たぶんシェリル一人くらいなら一緒に移動させてあげられるんじゃないかな?」
新しい遊びを説明するように、うれしそうな表情で語るメリオールにシェリルは困惑していた。出会ったときからメリオールの規格外な存在感に疑問を抱いていたシェリルは、戦いも終わったのだからと、思い切って質問する。
「あの、メリオールって何者?」
「え、私? うーん、魔女かな!!」
「魔女!?」
飛び退くように反応したシェリルにメリオールは冗談だよと笑って手を振った。完全にのらりくらり躱されている自覚はあったシェリルだが、この眼の力を問われたら自分もまともな返答が出来ないために、おあいことすることにした。
「それで、どうする? 瞬間移動する? ここから王国の国境となると半日くらいかかるよ?」
「うーん。じゃ、じゃあお願いしようかな」
「ほい来た!!」
シェリルの同意を得て、メリオールは飛び上がって喜びそのままシェリルに抱きついた。背の小さいメリオールがシェリルに抱きつくその光景は、シェリルが小さな妹を抱きかかえているような光景に近かった。
「うわー、シェリルって意外とお胸大きい!! なのにウエスト細い!! 着やせするの?」
「ち、ちょっとメリオール!? 何してるの、そんなにくっつかないで、あっ」
「瞬間移動するにはちゃんと密着しないといけないの!! じゃないと体の一部が置いてけぼりになっちゃうかもしれないんだから!!」
「そ、そんな……ちょっと危険すぎない――って、顔すりすりしないで、胸に当たってるから、あっ、ん、やめよう、ね、ね?」
「よぉーし、じゃあククルやっちゃって!! 瞬間移動だー!!」
セクハラするメリオールをよそに、何者かによって大きな魔方陣が構築され、二人の体が分解されていく。その感覚は言葉に出来ないもので、シェリルは戸惑うばかりだった。
「か、体が……消えていくよ? え、これでいいの?」
「うん、最初は慣れないけど、これでいいんだよ。慣れれば体が分解されていくのも何だか楽しいよ!?」
「そ、そうなんだ――――うわっ、眩しいっ」
言葉はそこまでだった。二人眩い光に包まれて跡形もなく消え去ってしまう。一度分解された体は魔方陣によって管理され、再出現する場所に再構築される。瞬間移動とは案外魔法によって簡単にできるようになったのだが、単純だからこそ一歩手順を間違えると再構築に失敗し二度と人間には戻れない恐ろしい魔法でもある。その点を全く説明しなかったメリオールだったが、シェリルも無知だからこそ問題にはならなかった。シェリルは後でモニカにこの話を聞き、生きた心地がしなくなるのであった。




