空にかかる十字架
ウェントムが庭園まで降りたとき、そこから見える景色は既に絶望の一言だった。軍が誇る最強の部隊である機甲部隊はまるで原形を留めず撃破されており、胸部を高熱の何かが貫通したような跡が多く見られた。その一方で至るところで部下の面々が氷結されており、クリスタルのような結晶に閉じ込められていた。
「どういうことだ……これだけの実力を持つ魔法使いがこの国にいたのか? いや、それならばシャオフェイ様やヴェイロン様が知らないはずがない。きっと手を打っているはずだ」
ここまでウェントムを導いてきた男が、様子を見に行くと言ってさらに下の階へと降りようとした、そのときだった。
シュゥ――という何かが集まるような、力が一点に集められるような音と共に、階段を爆裂する閃光が突き抜けた。一つ下の階からウェントムのいる階に向けて撃ち放たれたその一閃はたった今降りていこうとした男を焼き払い、そのまま空へと伸びていく。続いて飛び出してきたのは小柄な少女、髪とマフラーが風を浴びてなびき、何層にも着重ねた服も空気をため込むように膨らんでいた。
およそこの戦場には似つかわしくない可憐な少女に一瞬不意を突かれたウェントムだったが、直ぐに思い直すことになる。彼女の背後に魔方陣が展開し、そこから人間を一飲みしてしまいそうな氷龍が姿を現す。
「貴様、堂々と目の前に現れ即攻撃とは。そこまで焦る必要はないんじゃないか?」
「列車砲が動き出しそうだしそうだからね、急がないと!!」
まるで家に帰ってからそのまま遊びに行く少女のような、無邪気な笑みをこぼしながら迫り来る女の子――メリオールにウェントムは道を塞ぐように立ちふさがる。走る彼女を追い越すように急接近する氷龍に、ウェントムは迷いなく剣を振るった。
大きく開いた口に水平に振りかざした剣は勢いそのままに氷龍を真っ二つに切り裂く。ウェントムは剣を振り抜かず、途中で勢いを殺して剣を引き抜きつつ回転する。そうすることで無駄な動きなく氷龍を躱して無防備な少女に回転切りを叩き込める構図となる。
「その程度の魔法でこのウェントムを突破出来ると思ったかッ!!」
「そっちこそ、私のかわいい顔に気をとられていたら背中をぱっくり食べられちゃうよ?」
少女の笑顔は一瞬だった。幸い回転していたウェントムは多少の油断があったとは言え、背後から迫るもう一匹の龍を視認する。その突撃を左手で持った大盾で防ぎ、受け流す。左脇を潜り抜けるように走るメリオールに対し、ウェントムは念じた。
「そう簡単には通さんッ!!」
氷龍を防いだばかりの左腕、そしてメリオールとは反対側に持っている剣。どちらでも彼女を止めることは出来ない。だが、予備動作を必要としない気で生成した壁ならば話は別だ。
突然にメリオールの眼前に現れた壁、流石にあまりに急に現れたその壁には反応しきれず、メリオールは尻餅をついてしまう。それだけの隙があれば、ウェントムの剣戟は十分に届いた。大きく振りかぶった剣が少女の頭上に振り下ろされたとき、その剣を弾く一撃が放たれた。
「ック、もう二人そろったのか!?」
ちょうど階段を上り終えたところ、そこにはまたも戦いとは不釣り合いな少女が一人、琥珀色の目を輝かせて立っていた。命拾いしたメリオールは大きく後方に跳び、シェリルと並んだ。氷龍をはべらせる少女と、不気味に輝く目を持つ少女、二人を前にしてウェントムは臨戦態勢を崩さない。
「お前達、何者だ。軍でもギルドでもないな……この国の人間か?」
「私は一応この国の人間だけど、ちょっと難しい立ち位置かな。少なくとも軍の敵ではあるけどね」
「私は…………えっと、勇者の仲間です!!」
「何、勇者だと?」
ウェントムはシェリルの言葉に強く反応を示した。もちろんウェントムは勇者について知識がある。勇者の味方にはモニカ王女も付いていることも知っていた。しかし、こんな少女がいることは知らなかった。間違いなく勇者よりも王女よりも強い目の前の少女が、勇者の味方など普通に考えてあり得ない、ウェントムはそう思った。
「全く…………訳が分からないな。何故ここで勇者の名を聞くことになる。それにもう一人、小柄な少女もワケありな様子。軍でもギルドでもない勢力によって、我々の目的は妨害されているのか」
「妨害じゃないよ、利用しているんだよ。多分貴方はヴェイロンに何も聞かされていないんでしょうけど、ヴェイロンは私たちに踊らされ、私の目の前で敗北したんだよ」
「………………そうか」
メリオールの言葉にウェントムは少しうつむいて応えた。会話について行けていないシェリルを置いて、メリオールはすました様子で、
「あれ、あんまり驚いていないんだね」
「あぁ、ヴェイロン様から連絡が来るはずだが来ていない。良くない事が起こっているのは承知している。その原因がお前というのは信じがたいが、その点の審議など今はどうでも良い」
力強く目を開き、気を惜しみなく放出させて身体能力を大幅に向上させたウェントムは一歩踏み出す。その一歩は大地を奮わせ、凄まじいプレッシャーを放つ。メリオールこそ余裕の表情だが、シェリルは元々一般人だ。その男の気迫に圧倒され、全身が痺れて今にも腰が抜けてしまいそうだった。
「私にはたった一つの使命が残されている。その使命を全うすること、それだけが今の私のするべきことだ。それを邪魔しようとするならば、どんな者であろうとも振り払うのみッ!!」
「シェリル、大丈夫だよ。私の合図で魔法を撃って。狙いは上、あそこにある列車砲だよ。自分の目で見た驚異だもん、分かるよね?」
「え…………あ、待って」
「大丈夫、私を信じて」
言葉はそれまでだった。めまぐるしい速度で地面を駆けたメリオールは左右に召喚した氷龍をウェントムにぶつける。大盾で簡単に防ぎきるのに対し、メリオールは両の手袋を脱ぎ捨てる、そのままウェントムに肉薄し氷龍を防いだ大盾に両手で触れる。
「力で盾を退かそうというのか? 止めた方が良い、体格差を見るに力の差は歴然だ。そんなことをしても無駄だ」
「退かすんじゃないよ。壊すんだよ」
そんなことを言うメリオールに、ウェントムは失笑した。笑えない冗談だった。その大盾は例えシャオフェイの気神による一撃だって防ぎきることが出来る盾だった。規格外の一撃さえも防ぎきる盾をこんな小柄な少女によって壊されるなど、ウェントムにはただの強がりにしか聞こえなかった。
だが、それがただの出任せではないと気付くのにそう時間はいらなかった。
一瞬、たった一瞬で大盾は凍り付き、次の瞬間には砕け散ってしまう。ウェントムとメリオールの間に何も阻む物がなくなり、ウェントムは目の当たりにする。
メリオールの両手から白い煙が上がっているのを。そして、飛び込んできた彼女の手が自分の腰に触れ、一瞬にして温度が奪われ鎧ごと凍り始めているのを。
「今だよ、シェリル!! 列車砲をぶっ壊しちゃえ!!」
「クソッ、ふざけるな、そんなことさせるか!!」
殆どシェリルは立ち尽くしているだけだった。メリオールの言葉を聞いて、列車砲の方を見る。琥珀の瞳で列車砲を捉え、思い描く。臨戦態勢どころか、ただおっかなびっくりに列車砲を見ただけ。それでも、精霊の加護によって琥珀の目を通して映る世界には精霊界の条理――フェアリースケイルによって現象がもたらされる。
「いっけええええええええええええええええええええええええええええ!!」
半ば強引な叫び、願い、どうにかなってくれという無鉄砲な祈り。それが形となって、魔法となる。射線が通り、シェリルと列車砲をつなぐ。
五つの魔方陣が展開され、その全てを貫く細い線がシェリルと列車砲を結ぶ。
ウェントムは気によって凍結を阻止し、強化した身体能力でもってしてその射線に割って入る。魔方陣五つが発動する前に射線に割り込んだウェントムは持ち得る気を全て使って大きな盾を生成する。
その盾が完成した瞬間、シェリルの思いの丈全てを乗せた魔法が放たれる。彼女の後方へ凄まじい衝撃が走り抜け、その一撃の威力を物語る。疾走する光はウェントムを捉え、拮抗する暇なく無慈悲に喰らう。大盾によってある程度逸れた光は十字を描くように地上と空へと分かたれ、それでも尚力のままに突き進む光がその道を阻む盾も鎧も肉をも屠る。
ウェントムは光の奔流に抗いながらも、列車砲を見た。時間は二分と四四秒、列車砲の弾頭は未だ発射されていなかった。
「…………申し訳ありません、ヴェイロン様」
直後、列車砲を鋭い光の剣が貫き、その存在をかき消した。




