不可能を可能にする眼
引き裂かれた自分の肉体を見たリーベル。目の当たりにしたその瞬間から現実を受け入れきれずに逃避したものの、痛みと共にその光景がありありと事実を伝える。
「あ、ああぁ…………あぁ、ああああ、あああああああああああああああ!?」
悶えながら転がろうとも体は元には戻らない。どうしたって逃れることの出来ない痛みに半狂乱で暴れ回る男を琥珀色の瞳で哀れむ少女は厳しい表情になる。
「あなたたちの目的は何? 何のために自分たちの国でこんな戦いをしているの?」
「知るかぁ!! こっちが聞きたいくらいだ、クソッ、何がどうなっている? 俺は何をしているんだ、俺は何をすればいいんだ!!」
のたうち回った挙げ句、その痛みを無理矢理抑えきって立ち上がる。改めてリーベルが目にしたのは年端もいかない少女だった、栗色の髪を揺らし、まだあどけなささえ思わせる顔立ち、服装に至ってはそのまま買い物にでも行くのかという軽装、リーベルは自分の目を疑った。
「お前、何をした…………」
「それこそ、私も分からないよ。でも、おかげで私は戦える。私はこの国のためにあなたを倒す」
足をやや開いて、臨戦態勢になるシェリル。その姿を見てリーベルはぎょっとする。もはや視界はほとんど不明瞭で、痛みのせいで意識すら危うい状態。物事を考える事すら、もう今のリーベルには難しかった。それでも、リーベルは戦い抜くことを選ぶ。
慣れない左手で落ちている剣を掴み取る。荒い息づかいを聞いて、シェリルはどうするか迷っていた。そもそも、彼女はこれまで命をかけた戦いなどしたことがない。胸の内では恐怖で震えているのだが、それでも彼女の視界は開けていた。戦う方法なんて知らないはずの彼女が、目の前の敵を退かしたいと思うだけで魔法が構築される。その状況に、シェリルはまだ理解が及んでいなかった。
「止めた方が良いんじゃないかな。このまま続けても、あなたは死ぬだけだよ」
「大きなお世話だ、部下は皆死に残ったのは俺一人。行くも地獄、引いても地獄。ならば俺は剣を握るぞ」
よろけながらその手に剣を握り、うつろな瞳でシェリルを睨む。その決死を覚悟した様相に一歩後ずさるシェリルだったが、そこでヴァンの言葉を思い出す。
今の自分はヴァンの言い伝えを破っている。逃げるようにと言われながらも、戦火の真っ只中に身を置いている。もちろん、ヴァンが自分の安全を考慮しての選択をしてくれた、その事実は痛いほどよく分かっている。
それでも、シェリルはなぜ自分が勇者について行きたいと考えたのかを思い返す。自分の身の安全を優先するためだっただろうか。
「だったら、私はヴァンのために戦うことを選ぶ。ヴァンと一緒に、王国のために戦うことを選ぶ!!」
リーベルが駆けた。直線的な動きではなく、大きく迂回するように右に飛び出してシェリルに近づこうとする。身体能力では間違いなく劣るシェリルは無闇に回避行動をとるようなことはせず、その輝く瞳でリーベルを捉えて逃がさない。
射線が通り、眩い一筋の光が貫く。その線に魔方陣が重なっていき、五層の魔方陣が形成される。訪れるのは、何者も生き延びられない嘆きの閃光。
「狙いが甘いなぁッ、届いていないぞ!!」
全てを炭へと還す一撃はリーベルを掠めて捉えきれない。その一撃が部下を殺した一撃なのだとそう思うと、その一撃にだけは殺される訳にはいかなかった。リーベルはそのまま足を止めることなく距離を詰める。
「ッく、攻撃が当たらない、どうして!?」
その後も何度も琥珀眼による瞬間的な魔法攻撃を繰り返すのだが、どれもリーベルには届かない。戦闘経験の差か、まるで次どこに攻撃が来るのか、それを把握したような動きで何度も強烈な攻撃を避けていた。
次第にどんどん両者の距離は詰まっていき、いよいよシェリルも焦り始める。選択肢の幅が圧倒的に少ないシェリルは当たらない攻撃に慌てて甘い狙いのまま魔法を放ち続ける。その結果、なおさら当たらない攻撃が連続してしまう。
軍人にしてみれば、一般人の動揺を表情から読み取るのなんて容易だった。リーベルは満身創痍でありながら、今彼女に攻撃すれば通ると確信していた。どれだけ致死率の高い一撃であろうと、体に当たらなければそれは意味をなさない。どの道自分は長く持たない、それを分かっているからこそリーベルはいつも以上に思い切った動きで翻弄することが出来ていた。
「どうした、どこを狙っている? 怖いか、怖いのか!! 迫る剣は怖いか!?」
「ッ!! なんで、どうしてッ、さっきまであんなに簡単に――」
困惑するシェリルの視界からリーベルが消える。一瞬の静寂の後、シェリルはリーベルが極端に身を屈めて自分を挟んだ逆サイドに跳躍したのだと理解した。でも遅い。その跳躍で、リーベルは自分の剣戟が届く距離まで近づいていた。
「しまッ――――」
「後悔しろ、大した覚悟もないまま戦場に足を踏み入れたことをッ!!」
琥珀眼が輝く。それでもリーベルは迷わない。振り上げた剣を下ろしたりはしない。その刃が散っていった部下の無念を晴らすまで、一歩も引く気などなかった。
だがここで一つ、リーベルはミスを犯した。確かに経験も運動能力もシェリルとは比にならない物を彼は持っていた。でも、リーベルは知らなかった。
彼女の目が持つ力の正体を。ただ一辺倒に前方を薙ぎ払う強力な魔法が撃てるだけ、これまでの戦闘でそう信じていたのだ。
それは仕方がないことだった。何故ならばその目を持つ本人すらもその魔法を意図せずに撃っていたのだから。目の前の敵を退けたい、その思いを琥珀眼が魔法によって叶えようとしていただけだったのだから。
その目の持つ力は無限大。これまでシェリルが放っていた魔法はその目が持つ力のほんの一部。それをリーベルは考慮できていなかった。
「なっ――――」
剣を振る直前、リーベルは言葉を失った。手が届く距離、目と鼻の先にいた少女の目が輝いた直後、蜃気楼のように揺らめき姿が揺らいだかと思えば、風に吹かれる煙のように霧散して、数歩後退した場所に再び姿を現す。剣は何もない空間を力なく通り過ぎ、攻撃の動作でリーベルの体は大きな隙を生じていた。
ふと、垣間見えた少女の表情が驚きで満ちあふれているのを見て、リーベルは心底うんざりした。
「どうして、私あそこから移動して…………」
驚きの後、大きな隙を見せているリーベルに意識が向けられる。
その後はこれまでと同じ。リーベルを射線に置いて、ただ願う。
――邪魔者を吹き飛ばして。
鳥の鳴き声のような甲高い音が響く。馬が駆けるよりも早く、星が煌めくよりも明るく、肉を食らう牙よりも鋭く、赤と白で彩られた魔法が方陣を砕いて咆哮を上げる。その光に飲み込まれた男はどうすることも出来なかった。
それは否応のない抹消。やがて光が散って静寂が訪れ、シェリルの荒い呼吸の音だけが聞こえるその場には、何も残らなかった。地表は一直線に抉られており、そこに命はなかった。
時間が経っても、状況を把握することは出来なかった。ただ、自分は何か大きな力を得ているのだと、そんな曖昧な結論に至るだけ。
それでも死の恐怖は感じていた。一瞬、あの瞬間移動をする直前まで振り上げられた剣に視線を注ぐほかない命の危機を覚えていたのは事実。
だが彼女はその恐怖が誇らしかった。今までアリスやモニカ、そしてヴァンが感じていた戦場での恐怖。それを安寧の地で生活していた自分は知る由もなかった。その恐怖が、何物にも代えがたい勲章のような物に思えた。
「ヴァン、見てて。私、絶対に生きて帰るよ。約束だもんね」
琥珀色に輝く瞳は魔方陣を描いて彼女に力を与える。魔法によって異常に強化された視力で見つめるは、ロストリオン。王国軍本部は高い位置に建っており、本来なら見えるはずもないが魔法の力でシェリルは見通してしまう。
そこでは何やら良からぬ事の準備が進められている。シェリルは早々に次の目標地点を定めた。
「先を読む…………させないよ、どんなことだって」




