精霊の尺度で測られた悪魔の力
「中尉、ギルド構成員の沈黙を確認しました。クリアです」
「あぁ、戦列を整えた後さらにギルド方面へと進んでいくぞ」
「駅方面には行かなくて良いのですか?」
「駅? こんな時に暢気に鉄道を運転する呆けがどこにいる。運転する者がいない鉄道など抑える必要もない」
力なく倒れたギルドの少年、その腹部に突き刺さった刀を抜いてその刃先をゴミでも見るかのような目で睨んだ男、リーベルはその剣を鞘に収めるのを嫌った。その辺のなまくらとは違う名家の剣ではあるが、ギルドの血で汚れた事が気に入らない。しばし考えて、リーベルは渋々剣を収める。
整列して生存確認、点呼をする自分の部隊を見たリーベルは驚愕する。
「お、おいちょっと待て。生き残りはそれだけか!?」
「え、あ、はい。そのようです」
リーベルに問われた中年の男は虚を突かれたような表情で答えた。リーベル達王国軍はここアサイラムの入り口付近の制圧に成功していた。
小規模な部隊しか任せてもらえなかったリーベルはヴェイロンに多少の恨みを持ちながら進軍を開始した。さらに言えば、リーベルの部隊の目的は敵がいないルートを通ってのギルドアサイラム支部への最短到着であり、道中での戦いに関してはなんら期待されていないという事実は言外に明らかだった。
それでも、リーベルは自慢の部隊を率いて定められたルートで進軍し、想定通りほとんど戦闘もなくアサイラムに到着した。無傷でアサイラムに到着するという理想をクリアし、リーベルも達成感を得ていた。しかし、そこで想定外のギルドメンバーと遭遇、戦闘が始まってしまった。
幸い雑兵だったため、リーベル本人は何ら苦戦しなかったのだが、部下は思いの外苦戦していたようだった。部隊の八割を維持してギルドへ到着する予定が、半分近く戦力を削られてしまった。その事実にリーベルは頭を抱えた。
「参ったな。速度はともかく戦力を大きく削がれた。生きている者はみな直ぐ戦える状況か?」
リーベルの言葉に、頷く者は少なかった。よく見れば、根元から折れた剣を握る者や左手を失っている者、目からおびただしい量の流血が見られる者など、既に満身創痍だった。リーベルはさらに狼狽する。
「…………仕方がないな」
覚悟したようにリーベルは頷いた。整列する部下の元へ歩み寄ったリーベルは重いため息を一つ吐いて、絞り出すように言葉を選んだ。
「認めたくはなかったが、おそらく本部隊は斥候の位置づけなのだろう。進軍ルートもさることながら、実はアサイラムでは剣を抜くなとまで言われていた」
「剣を抜くな…………ですか?」
「そうだ、要するに命と引き替えにアサイラムの情報を後方に着ける部隊へ持ち帰れということだ。ほらな、これなら剣など必要ない」
淡々とそう言うリーベルに、部下の面々は眼前に広がった参上を目にしていた。そして心の中でこう呟く。もう剣を抜いてしまったぞ、と。
「端から期待されていなかったということだな、この部隊は――だがな、それでは納得がいかない、違うか?」
上官の言葉に点々と頷く頭数が増えていく。よくよく考えれば、仮に上官から剣を抜くなと言われていても、こうしてギルドと接触すればまず間違いなく剣を抜いて反撃していただろうと、皆同じように考えていた。
「そこで、だ。本部隊は今から威力偵察という体裁でギルドアサイラム支部へと猛進する。ギルドの構成員を見つけ次第、その首をかっ斬る事を許可する」
武者震いをする者、士気をあげる者、生唾を飲む者、反応は皆それぞれだったが、一様に皆気合いを見せた。やってやるという意気込みをリーベルは感じた。続けて彼は言う。
「詳しくは何も仰らなかった総司令官だが、きっとここは要所の一つ。強敵の一人や二人いてもおかしくない。だが決して臆するな、背を向けるな、甘えを見せるな。その目が血で染まり、その腕がひしゃげ折れ、その心臓が鼓動を止めるそのときまで、戦い抜くのだ」
「「「「「サーッ!!」」」」」
満足のいった笑みを浮かべて、リーベルは踵を返す。部下を率いて背水の進軍を開始する。負ける気なんて微塵もない、斥候として最速でやってきたリーベルの部隊にとってこれは好機だった。勝ち鬨を上げ、その成果を総司令官に献上すれば自分たちの見方も変わるかもしれない。リーベルはそんなことを思っていた。
だが歩き始めて数分、部下の一人がこんなことを言う。
「中尉、前方に妖しげな光が…………」
「妖しげな光だと?」
その言葉に従ってリーベルは前方を注視する。辺りは火の手が上がり、黒煙も立ち上がっていて薄暗い。だからこそ、その妖しげな光は目立っていた。ゆらゆらと漂うように揺れる二つの光が、確かにそこにはあった。
風で揺れるランプのようにも見えるその明かりは琥珀のように輝いていた。やがて進軍を止め、敵襲に備える陣形に変形しながら動向をうかがうリ-ベルはその明かりの正体が人間の目であることに気がつく。しかし気づくと同時、その光を放つ人間の前に四層の魔方陣が形成される。エネルギーが四層の魔方陣で凝縮されていき、最後の層を通過したとき、そのエネルギーは一閃となって大地を引き裂く。リーベルは反応が遅れて射線から外れることが出来ない。
「なっ、しま――――」
「中尉ッ!!」
死を覚悟したそのとき、リーベルは背中を弾かれて右に大きく飛ばされる。衝撃の勢いで振り返ったリーベルの視界には、咄嗟に上官を助けた部下の姿が映った。直後、リーベルの目の前を強烈な一撃が一閃する。大地を裂き、空気を焼き、捉えた者をこの世から消し飛ばす圧倒的な威力。
次の瞬間には、部下達の姿は消えてなくなっていた。亡骸すらも残らず皆灰燼と帰した部下を前に、リーベルは抜けた腰を持ち上げることが出来ない。突然の現実を受け入れられない。
だが迫り来る少女は待ってくれない。魔方陣を転写したような琥珀色の目を輝かせるたび、射線に魔方陣が形成された直後空間を千切るような衝撃の咆吼が駆け抜ける。リーベルはほとんど転び続けるような格好でなんとか躱していたが、それももはや限界が近づいていた。ゆっくり歩きながら何度もリーベルの命を刈り取ろうとする少女、琥珀眼を持つシェリルはひどく重たい、低い声で呻くように告げる。
「あなた、コボルト村の村長を手にかけようとした、名前は……リーベルさん、でしたっけ」
「クソッ、この女調子に乗りやがって!!」
リーベルはようやく魔法攻撃が止んだ隙を狙って駆けだした。脇の鞘から剣を抜き、地を這うように身をかがめて走る。魔法の正体こそ分からないものの、あれだけの超威力で超射程の魔法をこの速度で接近する移動物には当てられるはずがない、中尉の経験がそう判断を下した。
あと十歩、あと五歩、あと三歩。最高の一撃を見舞える間合いまであと数歩、ここまで肉薄すれば魔法も撃てない。撃てたとしても、それは自らの体も犠牲となる一撃。リーベルの口元が緩んだ。剣を握る手が肉を捉えた重みを欲する。
だがリーベルの体は吹き飛ぶ。ギリギリまでシェリルに接近したリーベルは一瞬のうちに弾き飛ばされてしまう。
リーベルは見ていた。剣を振る直前、魔方陣が刻まれた琥珀眼に睨まれるのを。その瞳が輝き、彼女と自分を囲むように数多の魔方陣が生成されたことを。
引きずられてようやく勢いが死んだリーベルの体が止まる。まだ息がある事に驚きながら、リーベルは起き上がろうとする。だがおかしい、起き上がるためのある物が見当たらない。
そこで彼は目の当たりにする。自分の右半身、その肩から先がなくなっている事実を。




