潰えた未来
ハイドランスのとある一角。護衛を引き連れずに闇で満たされた路地裏を行くのは隠密が最優先だからだ。軍の最高司令官はたった一人で戦火渦巻く住宅街を走っていた。
彼はここである人物達と待ち合わせをしていた。ヴェイロンにとって、ここでその人物達と会うことが戦いに勝利すること以上に重要なことだった。だから彼は一人で行くことを選んだ。ヴェイロンにしてみれば、自分以上に強い仲間など数えるほどもいない。下手に護衛をつけたところで邪魔になるだけだと判断したのかもしれない。
ここでヴェイロンが会うのは軍と関係を持つ諸外国。この後の行く末を話し合う最後の機会でもあった。何度も何度も周囲を見渡し、警戒を厳にして移動するヴェイロンはようやく待ち合わせ場所にたどり着く。その場所も、ランドマーク的なところではなく何の変哲もない家の前。とにかく目立たないところ。
ヴェイロンが到着すると、まだ当該人物達の姿はなかった。ゴミ箱の陰に隠れながらヴェイロンは自分の有り余る気を抑えるように努力していた。
「それにしても、ハイドランスの住宅街は背が高いな。これだけ摩天楼と化している住宅街があれば、まず間違いなく見つからない。見つけろという方が難しいだろう」
何があっても直ぐに対処できるように緊張状態を維持しながら、待つこと十数分。ようやく集合場所に二人の人影がやってくるのを発見した。何人で来るかは定まっていないため、ヴェイロンはぎりぎりまで判断を待った。知らない人物なら、容赦なく殺してしまうくらいのつもりでいた。
浮かび上がってきた二人の人影は、一人はかなり小さく子供と思われ、もう一人はその父親のように見える。ヴェイロンは間違いなくそれが待ち合わせをしている人物ではないと見越して、幻術にかけようとした。辺り一帯を自分の気で満たして、相手の脳に直接気を作用させる。ヴェイロンの得意な戦い方だった。
「申し訳ないが、今は不安因子はすべて取り除きたいんだ。たとえ、無害な存在であってもね」
言いつつ、気を解放したそのときだった。突然重い何かが地面に落ちたような音が響いた。慌てて視線を音の方に向けると、そこには先ほど見えた二つの人影に加えて、何か塊のようなものが増えていた。それが何なのか確認する前に、低くずっしりとした声がヴェイロンの心臓に鈍く突き刺さる。
「おーい、誰だか知らないが隠れてないで出てきたらどうだ」
「そうだそうだー!!」
おそらく最初に見えた二人の人影と思われる人物からの声だった。もう気も抑えていないため、分かる人ならヴェイロンの圧倒的な量の気を感じてしまっている。存在がばれてしまっているなら仕方がないと、ヴェイロンは立ち上がった。
「いつ流れ弾で死ぬか分からない時に子供を連れてこんなところに来ちゃだめでしょう、お父さん」
「おい、子連れだってよ」
「わーい、アギスおとーさーん」
ヴェイロンの言葉に、二人はまるで世間話をするかのような反応を示した。流石のヴェイロンも勘に障り、情けは無用と判断した。
召喚されたのは獣型の気神が二体、四足で地を駆け、器用にラインを入れ替えながら親子と思しき人影に牙をむいて迫る。それに反応した片方の影、親と思われるその人物は塊から何かを掴み取ると、それを盾に気神の攻撃を防いだ。
間髪入れずにさらに二体気神を召喚するヴェイロンだったが、今度は小さい方の人影によってなぜか気神の攻撃は相殺される。次第にヴェイロンの表情、その雲行きが怪しくなっていく。
「…………随分手慣れているな、ギルドか?」
「いやぁ、ギルドなんてそんな高潔な存在じゃありませんよ。私たちはただの――」
「――通りすがりだよ」
小さな女の子の声が聞こえた直後、ヴェイロンの眼前に迫り来る何かがあった。咄嗟に躱したヴェイロンが見たのは、氷で出来た龍。まるで生きているかのように牙を剥き、体を波打たせてヴェイロンの側を掠めていく。
そこでようやく、ヴェイロンは自分の方が追い詰められたウサギなのだと直感した。その直感を裏付けるように、重い足音が迫る。もはや逃れられまいとヴェイロンは両の手を気で武装化して迎え撃つ。
そこにはヴェイロンよりも一回り歳が上に見える、男の姿があった。
「やぁ、最高司令官殿」
彼の持つ刃こぼれした剣の一閃を辛うじて避けきるヴェイロンに、続いてもう一つの影、異様に厚着の少女による一撃が迎え撃つ。
魔方陣から出でし氷龍によって腹部を噛みつかれたヴェイロンは、受け身をとって体勢を整え、気を使って直ぐに治癒して見せた。だが荒くなった呼吸を見るに、動揺は明らかだった。
「お前達、一体何者だ?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。どうも、総司令官殿。俺の名前はアギスって言うんだ、よろしく頼むぜ」
「私はメリオール、アギスとは血縁関係にないからよろしくね」
余裕の笑顔で対応する癖毛の男と茶に染まったやや長い髪の少女。ヴェイロンは見覚えがない顔に戸惑っていた。自分が後れをとる存在など国内に数名しかいない、それは事実であり、そのほとんどを知っているヴェイロンにとって、眼前の二人に見覚えがないことは恐怖以外の何物でもなかった。
「お前ら、所属は…………?」
警戒心を全く解かずに低く呻くように呟いたヴェイロンに、アギスは頭をかきながら不抜けた声で、
「あー…………それもいいんだけどさ、その前に総司令官殿はこれを見ておいた方がいいんじゃないですかねぇ」
力の抜けた格好で指さされた塊、先ほどヴェイロンの攻撃を躱すのにアギスが使ったその塊だったが、言われてそれを見たヴェイロンの血の気が一瞬で引いていく。
「な、な、…………」
その塊は、死体の山だった。別に悲惨な死体ではなく、ただの死体。軍の最高司令官ともなれば、死体の一つ二つでは驚きはしないだろう。だが、そこに積み重ねられた死体は、ヴェイロンがこれから会うはずであった諸外国の面々のものだったのだ。
恐る恐る視線を動かすヴェイロン、先ほどヴェイロンの攻撃の身代わりにされた死体は、中でもヴェイロンと深く関わりのあった国、ペングストの関係者だった。
この戦いの最大の目的、それが今ヴェイロンの目の前で潰えたのだ。
「遅れました、俺たちトラジェディって言うんですよ、一つ、よろしくお願いしますよ」
「よろしくねー!!」




