救援
何十と突き刺さった柱が魔法のエネルギーへと昇華していき、崩壊していく。それはシャオフェイに刻まれた刻印、魔法回路が原因だ。その魔法回路は柱をも侵食しており、それは同時に回路の持ち主は既に相当侵食されているということ。
モニカも既に戦闘は終了したと思っていた。魔力は魔塔に集約している。既に相当の魔力が溜まっており、これ以上戦闘を継続しても既に勝敗は決しているようなもの、そう思っていたのだ。
そもそもあの柱が凄まじい勢いで突っ込んでいったのだ。無事でいるはずがない。
なんて常識は、王国軍最強の少女には通用しなかった。
崩れ行く塊の中、そこに深い紫紺に輝く一筋の光が見えた。モニカにはそれが消えいくシャオフェイが魔力へと変わっていく最後の抵抗かなにかだと思った。だが違った。
そこには確固たる意志で地に立つシャオフェイの姿があった。多少流血している箇所も見られるが、その表情には笑顔すら見て取れる。
「いてて……やってくれるねぇ。ちょっとスケール大きすぎない?」
「あなたのボディガードを見てから言ってくれる?」
こんな問答をしていても埒があかない、モニカがそう思い次の追撃を準備しようとしたとき、シャオフェイが耳に手を添えてモニカを煽った。
「え、私のボディガードが何だって?」
「だからあなたのデカデカとした化物に比べれば――」
言い切る前にモニカがシャオフェイを見ると、そこにはシャオフェイと同じくらいの背丈の気神がいた。右目が青く輝き身体も青い霧のような、気神特有の半透明の体を持つ青の気神。そして左目が赤く輝く赤の気神。それぞれ青の気神は剣と盾を持った騎士のような格好、対して赤の気神は大きな槌を両手で持っている。
「私の気神は何も一体だけじゃないんだよね」
「…………」
モニカはパクパクと音を出さないまま口を開けたり閉じたりすることしかできないでいた。本来このシャオフェイの芸当を魔法で実現するにはどれだけ困難なのかをモニカは知っている。だからこそこんなにも簡単にそれをやってのけるシャオフェイが魔法を使っているわけではないということが理解できてしまう。自分の知らない境地で繰り広げられる光景が、ひどく恐しいのだ。
「王女様の一撃にはビックリしたけど、所詮驚いただけ。こっちもそろそろ本気で行くよ」
言葉尻を上げつつそう呟くと、シャオフェイは魔法陣を展開して再度紫の大きな気神を召喚する。そうして気神三体に紫紺のオーラを纏うシャオフェイという構図が完成した。
そして彼女は動く。
次の瞬間モニカの視界から赤の気神と青の気神が消える。咄嗟に魔法を展開、モニカは自分の体の表面に薄い魔法障壁を張り巡らせる。
その行動が終わると同時、眼前に急に現れた青い気神は光の尾を引きながら右目を輝かせてモニカに迫る。その速さにモニカは対処が間に合わない。
声もなにも音を発さずに肉薄した気神は一瞬剣を振りかぶり、間を置いて逆手の盾でモニカを突き飛ばした。その打撃でモニカの障壁が砕け散る。
「こいつ……魔法障壁があることを分かって――!?」
モニカが直前に張った障壁は物理的衝撃を無効化するものだった。ただ完全無効化する代わりにたった一度で砕け散ってしまうというもの。気神は距離を詰める間にモニカの動作から障壁が張られたこと、そして何より障壁がどういうものかを知っていたことになる。
障壁がなくなり無防備になったモニカに振りかぶった剣が振り抜かれる。風を切る嫌な音ともに迫り来るそれに、モニカは咄嗟に反応した。予備動作なしで繰り出せる魔法には限度があったが、そんな中でもモニカは体内に埋め込まれている魔法回路を駆動させて小規模な魔法を発動、手のひらから勢いよく魔力を放出するだけの攻撃性のない魔法だったが、それを推進力としてモニカの体が少しだけ浮き上がる。
足をかがめたその瞬間、青の気神の振るった剣がその空間を切り裂いた。次の攻撃行動には多少の余裕がある。モニカは構えた。
「もうっ、出たり消えたりなんなのよッ!!」
今度は予備動作、魔法回路の起動とともにイメージする。鋭さ、速さ、そして加速。そのイメージが昇華して回路を伝播、魔法となって放たれる。
「使徒の意のままに。超動せよ!!」
気神の足元、地面から光が溢れる。飛び出したのは光の槍。白の槍。気神を突き上げ貫くように鋭く加速して気神を――
かすめる。捉えきれない。
「なッ!?」
魔法によって繰り出した槍が気神に突き刺さる瞬間、青の気神はその半透明な体を霧散させた。霧状になって消えいくその気神に槍は虚しく空振る。そして代わりに、モニカの斜め上に急に粒子が集い始める。やがて人の形を形成し始めたそれは、赤く色付いた左目を浮かび上がらせる。
振り被るは赤の槌、見ただけで相当重いことがひしひしと伝わるその質量物が気神の力強い腕によって振り上げられている。粒子がどこからともなく集まって気神の足先までをも形成する頃には、音もなくその鉄槌は振り下ろされていた。
モニカはあまりの恐怖に声すら出せずに小さな魔法を連発した。イメージを省略し、魔法回路に全てを任せて放つ魔法。勿論単純な魔法しか撃てないことはモニカにもわかっている。だが今は手数が欲しかった。
無数の光の刺のようなものが気神に向かって撃ち出される。だがその全てが気神を通り抜けていってしまう。半透明でありながら確かにそこにいる、なのにモニカの攻撃の時だけその箇所は粒子に変換され、攻撃を躱してしまう。
そうして気神の一撃は一切の妨害もないまま振り下ろされる。
「モニカ王女、障壁をッツ!!」
そんな時、鉄槌が今まさに振り下ろされたというその時、モニカは聞き覚えのある声を聞いた。一刻を争うような状況、その声はとても焦っていた。スローモーションのように時が流れ、モニカは状況を理解しかねていると、
「今すぐに障壁をッ!!」
再度その声が轟いた。もうモニカは何も考えないことにした。
「ああああああああああ、もうどうにでもなれェッ!!」
両の手を振り下ろされる鉄槌に向かって伸ばし、今度は先程とは違って傘のように正面からの衝撃を防ぐ障壁を張る。この一瞬で出来る障壁はこれが限界だった。でもこれでは障壁は粉砕され伸ばした腕は木の枝のように折れてしまう。誰かに言われなければ絶対にこんなことはしない。モニカには後悔する時間すらなかった。
だが、目を閉じたモニカにはこんな言葉が聞こえていた。
「ありがとうございます、あとはお任せ下さい」
そして音もなく振り下ろされる鉄槌に、一閃が走る。
「衝撃を喰らえッ、パウンドトリガァァアアッー!!」




