自信
鉄槌は弾かれた、いや、正確に言い表すのなら――
鉄槌は喰らわれた。
歯茎むき出しの爬虫類を思い起こさせる大顎が現れ鉄槌をまるごと喰らったのだ。その光景を目の当たりにしたモニカは、驚きとともに聞き覚えのある声に少し安堵してた。
モニカが振り返ると、そこには思い描いていた仲間がいた。制服に身を包んだ黒髪の少年は片手に一般的なものより大口径の拳銃を持っていた。これが彼の本来のスタイル。
「ドラケット!!」
「遅くなりました、モニカ王女。戦術強化生五年A組委員長兼戦略隊長兼指令隊長ドラケット、只今参上しました」
長い肩書きをわざわざ全て言うあたり、真面目という言葉がよく似合う。見た目は少し悪そうな少年、ドットの愛称で呼ばれヴァンを酷く恨む少年は挨拶を終えると拳銃を構える。
「一度これまでの経緯をお伝えしたいので、相手を黙らせます」
モニカの前に出たドット、眼前には槌を失った赤の気神が霧散して消え、青の気神が対峙していた。冷静に戦況を読み合う状況、先に動いたほうが負けるとでも言わんばかりの状況だったが、動いたのはドットだった。
制服のポケットから赤いマガジンを取り出すと同時、流れるような動作で拳銃のマガジンを落とし空にする。続いて拳銃のマガジン挿入部分に魔法陣が生まれ、ポケットから取り出したマガジンが魔法陣を通って装填される。そのまま片手を伸ばして拳銃を突き出すと、そこでようやく気神も動き出す。盾に身を隠しながら距離を詰める気神に、ドットは反応すらしかなった。
「魔法を喰らえ、ドラゴントリガー」
小さくつぶやき、トリガーを引く。すると銃弾が撃ち出され、瞬時に弾ける。光を散らしながら弾けた銃弾は魔法の力によって再構築され、現れたのは赤い竜のような生き物だった。竜と断言するには少し小ぶりなその竜は牙を剥き出しにして青の気神に襲い掛かる。しかし青の気神を喰らうことはなく、そのまま通り抜けてしまう。その光景を見ていたモニカはハッとする。
「ドラケット、あいつの召喚獣は魔法によるものじゃないわッ!!」
「……ありがとうございます、大丈夫ですよ。なんであろうと国に、モニカ王女に楯突く奴は許しません」
尚も迫る気神に怯える素振りは一つも見せないドットは、同じ動作でマガジンを抜いて新たなマガジンを装填する。今度は黒いマガジンだ。
さらに、今度はトリガーを引く前に拳銃に手をかざす。すると銃口に魔法陣が展開される。そうしてようやくドットが銃を構える頃には気神の剣は既に振りかぶられ、今にも突き出されるのではないかという状況だった。
それでもドットは動じない。することは一つ、トリガーを引くだけ。
「全てを喰らえ、エビルトリガーダブルヘッド」
撃ち出された銃弾は魔法陣を通ったあとに弾け、今度は禍々しく気持ち悪ささえ覚える悪魔のような化物が現れる。顎の部分だけ異様に発達したその化物はその大きすぎる口をこれでもかと広げ、青い気神に喰らいついた。
その光景を見て、モニカはドットの前に障壁を張ろうとしていた。彼女は知っているのだ。どんな攻撃をしてもあの気神は空気に溶けて躱してしまう事を。今来たばかりのドットにはそれがわからないんだと、モニカはそう思っていた。
しかしモニカは見る。その目でしっかりと。
青い気神がその悪魔のような顎に噛みちぎられるのを。霧散することなく、ひしゃげるように粉々になるのを。
「…………どうして」
「だから大丈夫と言ったじゃないですか」
ドットは余裕の表情だった。気神に噛み付いた悪魔のような生き物はすぐに消え、同時にドットの持つ拳銃、その側面にある牙の紋章が赤く色付く。
一旦攻撃が止んだのを見計らって、ドットはモニカのもとに走り寄る。
「かいつまんで説明します。現在戦術強化性の中で戦闘可能なものは皆出払い状況を開始しています。ただ相手勢力は強く、相当劣勢であると思われます。それでも陥落した街はなく、私はモニカ王女を追ってここに来た次第です」
「あ、あんたよくこの状況で落ち着いていられるわね……」
「モニカ王女の無事を知るまでは生きた心地がしませんでしたけどね」
ようやく笑顔がこぼれたドットに、モニカの緊張も少し和らいだ。
「まったく、その忠誠心には感心するわね。勇者にも見習って欲しいわ」
「……モニカ王女、ヴァンはどこに?」
「ヴァンならアサイラムだと思うわ。あそこはレベッカのいるギルドがあるから、もしかしたら死んでるかもしれないわね」
冗談のつもりで言ったのに、よくよく考えればその可能性もあるなと若干心配になってしまうモニカをよそに、ドットは渋い表情になる。
「アサイラム……レベッカ……」
「どうかしたの?」
「いえ、ちょっと気がかりがあったのですが。それより今はこっちを何とかしないといけませんね」
ドットが言い終えると同時、すべてを圧倒するようなサイズの気神を携えたシャオフェイが声をかける。見覚えのない少年を馬鹿にするような口調だ。
「おっと、そっちの少年は勇者じゃないみたいだね。誰?」
「お前に名乗る必要はない。ついでに言うと俺を勇者と比較するようなことはするな。命が惜しければな」
「命が惜しければって、ふふっ」
シャオフェイの笑いに、ドットは反応しなかった。人が変わったように対応が変わるドットに感心しつつ、モニカはそっと声をかける。
「ドラケット、情けないけどあいつ私じゃあ手に負えないくらい強いわ」
「問題ありません。モニカ王女はこの動乱のあとが本当の戦いですからね、任せて下さい。私なら勝てます」
ドットは手に持った拳銃をモニカに見せるように掲げた。モニカは興味深そうに見入る。ドットが剣より銃を好んで使うことは知っていたが、あそこまで気神を圧倒できるとは思っていなかった。
「この銃の名はバレル、魔法回路を積んでいます。そしてこのマガジンにはトリガーと呼ばれる特殊な銃弾が装填されています」
「トリガー?」
「はい、トリガーには四種類あってその全てが相手を喰らいます。ドラゴントリガー、パウンドトリガー、ギルティトリガー、エビルトリガー、それぞれ魔法、衝撃、感情を喰らい、エビルトリガーはまぁ、雑食といったところです」
ドットは小さな魔法陣を展開しながら続ける。
「さらに、これらのトリガーは冠名を持ち、冠名がない場合が最弱、魔法を付加して冠名がつくと徐々に強力になっていきます」
「あのダブルヘッドっていうのが冠名?」
「そうです」
モニカは素直に驚いていた。もともと学生時代一緒に過ごしていたとは言え、ここまで強力な得物は持っておらず、それどころかどちらかといえば銃が得意というだけで、そこまで銃に突出していた印象はなかったのだ。さらに言えばドットは剣を使ってヴァンに敗れている。あれだけヴァンに敵意をむき出しにしている人間がわざわざ得意な武器を捨てて絶好のチャンスを潰すとも思えなかったのだ。
「そんな強力な武器を持っているなら、ヴァンとの練習試合で見せてやればよかったのに」
「あいつには剣で勝つことに意味があるんですよ。それにこんな本気で戦わずともあいつには勝てなきゃいけなかったんです」
相変わらずプライドが高いなぁと思いつつ、モニカはいいことを考えつく。突然含み笑いを浮かべるモニカにドットは訝しむ。
「モニカ王女、どうかなさいましたか?」
「ドラケット、ヴァンはあいつに一回勝ってるよ」
「なっ」
モニカの指差す先には余裕の表情で待つシャオフェイがいた。いつの間にか赤青それぞれの気神も復活して彼女のもとで鎮座していた。
「いいことを聞きました、ありがとうございます。では、少し下がっていてください」
「じっくり見させてもらうわ」
ドットはゆっくりと前に踏み出すと、長い前髪をかきあげた。あらわになった瞳はモニカに向けられていた瞳とは打って変わって冷酷だった。深い緑の瞳に映るのは、眼前の少女。
「シャオフェイとか言ったか」
「……そうだよ、王国軍のシャオフェイです。よろしくねー」
「先に言っておく、お前は爆発して終わる」
「は?」
「お前は爆発して、終わりだ。それがこの戦いの終わり」
唐突に放たれた言葉の意味のわからなさに、シャオフェイは爆笑した。腹を抱えて笑った。それを特に反応することもなく見守っていたドットは、落ち着いてきたシャオフェイに続けて言う。
「勿論、その前にお前が死ぬこともあるかもしれない。ただ、お前がこの戦いで迎えられる最高の結末は爆発だ」
何度も続けられるその言葉に、ついに苛立ちを覚えたシャオフェイは舌打ちを一つ、赤と青の気神がドットに向かって弾き出されたように飛んでいく。シャオフェイも地を蹴る。紫紺の気神が凄まじい速さで迫る光景はかなりの迫力だった。
「好き放題言うねぇ少年、人を笑わせるセンスあるよ、ホント」
「それはどうも。お前は多分爆発するセンスあると思うよ、ホント」
初対面であるはずの対面なのにここまで煽り合う二人を見て、モニカは急にしみじみと思った。
「……やっぱり私は無理して戦わなくていいのかもしれないわね。ヴァンの言葉はそう言う意味だったのかも。私の役目、何も戦う以外にも守り方はいくらだってあるんだもんね。こんな敵意むき出しの殺し合い、私には出来ないかな」
自分の無力さをネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに捉える。少し前までのモニカなら死の瀬戸際をドットに救ってもらったことを重く捉え、また負の感情に押し潰されていたかもしれない。だが今は違う、ある意味ドットとヴァンのいがみ合いに助けられたのかもしれない。王女が凹めば国が凹む。王女が落ち込めば国が落ち込む。自分の存在を、ようやく少し理解したのだ。
「ドラケット、しっかり見せてよね。ヴァンに土産話の一つでも作ってみなさい!!




