諭し
モニカはハイドランスにやってきていた。道中、数多の戦いが繰り広げられており、それら全てギルドと王国軍という仲間同士のはずである組織の対立で、どちらの陣営であろうとも劣勢を強いられ、命の危機に瀕しているのを見ると割って入りたくなるモニカだったが、心を鬼にして見過ごし、ヴァンに言われた通りにロストリオン方面、ハイドランスの端の方へと走った。
そして、王国軍本部があるロストリオンへの道、ハイドランスとロストリオンをつなぐその場所で、モニカは足を止めた。その道はある者に阻まれており、そう簡単には通れそうにない。
「…………よりにも寄ってあなたがここに」
「こんにちは、王女サマ」
そこには美しい女性がいた。桃色の髪をなびかせ、切りそろえられた前髪から鋭い眼光をのぞかせている。特筆すべきはその服装だろう。軍服を独自に改造しており、傷だらけのノースリーブに迷彩柄のショートパンツ、モニカには見覚えがあった。
「名前は確か……シャオフェイって言ったかしら」
「覚えていただき光栄です。本当なら勇者に借りを返したかったんだけど、予定が変わったんなら仕方がないよね。誰が相手でも本気で行くよ、今回は負けられないから」
状況の推移は早かった。全身の紋様から気を溢れ出し、背後に魔法陣を展開するシャオフェイ。両の手甲が怪しく輝き、朧な気の流れを纏う。
今何が起こっているのか、モニカには分からなかった。魔法ではない、その程度しかわからなかったのだ。
「遊んでいる暇はない、死んでもらうよ、王女様」
ただ単に、速かった。
一瞬で間合いを詰められるモニカ、既に魔法使いとしては分の悪い距離まで詰められたモニカはあまりの速さに困惑することしかできない。
「まずは、王女様の気を頂くよ」
「ッッツ!?」
目の前で思い切り振り被るシャオフェイの姿に、モニカは咄嗟に一瞬で唱えられる防御力上昇の魔法の力を付与する。だが、シャオフェイが振り被るのは右手。シャオフェイが右手に装着する手甲は気の奪取という力を持つが、戦ったことのないモニカにはそんなことわからない。
受身をとって衝撃に備えるモニカに、シャオフェイ渾身の一撃が放たれる。思わず目を閉じたモニカ、全く衝撃がないことを疑問に思ったその時だった。
ゆっくりと目を開けた刹那、右手での攻撃を終えたシャオフェイはその勢いで回転しながら魔法駆動による超打撃を実現する左手で裏拳を構えていた。
受身も空かされ、意表をも突かれたモニカにもはや為す術はなかった。
気がついた頃にはモニカの体はくの字に折れて地面に叩きつけられていた。背中に突き刺さるような衝撃を感じ、それと同時に口の中が鉄の味で満たされた。なんとか起き上がるモニカ、そんな彼女が目にしたのは信じられない光景だった。
「嘘でしょ……こんな魔法」
「魔法じゃないよ」
シャオフェイの背後には紺に薄く色づいた半透明の巨人、その上半身が召喚されていた。両の手に大剣を握ったその異形の存在は、彼女の気によって生み出された気神。
モニカには気の知識がない。これほどの存在を魔法で召喚しようとすると、どれだけ力を使うか、どれほどの高等魔法が必要となるか、という知識はある。たった今魔法の可能性を否定され、モニカは今何が起こっているのかを理解することすら許されなかった。
シャオフェイは多くを語ろうとはしなかった。すぐさま自らの右手を天に掲げるように垂直に上げる。それと同期して気神の右手も天高く振り上げられる。
「あなたたち軍の――!!」
吐き捨てられるようなモニカの声が響いた。
「――目的は、一体何なの……?」
かろうじて動きを止めたシャオフェイは、モニカの言葉をつまらなそうに聞いていた。そして至極気分を悪くしたようだった。
「勇者が可愛そう」
「……え」
上げた腕をゆっくりと下げるシャオフェイ。気神の下がっていく腕をゆっくり見送りながら、モニカは今ここで何故勇者の名前が出るのか訳が分からないでいた。
「私だって一応王国民だからね。最近異例の即位をした王女とか、その王女に指名された異例の勇者とか、その勇者が世間でひどく嫌われていることとか、いろいろ知ってるけどさ」
全てを亡きものにしてしまいそうな気神を擁しながら淡々と話し始める光景は少し歪だった。一度気神の剣が振り下ろされれば命すら吹き飛ぶ状況下のモニカは息を飲んでシャオフェイの言葉に食い入る。
「王女様はなんで勇者が嫌われているのか分かっているの?」
「勇者が嫌われる理由……?」
そんなことを今聞かれるなんて、モニカは夢にも思っていなかった。そもそも、確かにモニカは勇者が世間に嫌われていることに関して心配こそしていたものの、その原因に関しては大した関心もなかった。今頃になってその事実にモニカ自身が驚いていた。いや、ほんの些細な、そう、言ってしまえば勇者が嫌われているのなんて、ヴァンが怠けているから嫌われている、その事実の延長くらいにしか考えていなかったのだ。
「まぁその様子だと分かっていないみたいだね。なら王国軍がなんでこの時期にこのタイミングで、こんな暴挙に出たのかなんてわかるはずもないよ」
シャオフェイは呆れたように続ける。
「まさかとは思うけど、本当にギルドと対立しているとでも思っているの? そんなわけないよね。多分だけど、勇者だって真相には気づいていないかもしれないけど、ギルドと軍の対立という線は殆ど切っているんじゃないかな」
「どうしてそんなこと……」
「この戦いが終わるまでに、いや、命が尽きるまでって言ったほうが正しいかな――」
再度シャオフェイは腕を持ち上げる。気神の大剣は天を高く貫きその力強さを誇示する。主の腕が勢いよく振り下ろされたとき、気神は一寸の躊躇なくその全てを薙ぎ払う一撃でもって主への応とする。
「――気付けるといいね、全ての真相に」
そうして今、シャオフェイの腕が振り下ろされた。




