迫り来るリアル
僕は勇者だから、最終的にはすべてがうまくいって何とかなるような気がしていた。今回に関して、この騎士の槍や鋭利な鳥の羽が間近に迫るこの状況、こんな状況さえもどうにかなるんじゃないかって。
でもそんなことはなかった。そんなはずがなかった。
騎士の槍が八、鳥の羽が七、計一五の刃が否応なく僕の体に突き刺さっていた。もはや僕の体の面積ではその全てを受け止めきれずに、貫通したり掠りながら肉を裂いていたり、はたまた器用にも細い腕にだって突き刺さっていた。そうしてすべての攻撃を受けてしまった僕は、痛みを通り越して一種の死を感じていた。
体がふわりと浮いていくような感覚。まるで自分の体が自分のものではないような感覚。時間の感覚もとてもゆっくりに感じられた。
少し奥の方にはアリスが見えた。どうやら人間の姿に変身しているようで、僕の方を見ているようだった。両の手で顔を覆っていたために表情まではわからなかったけれど、その目尻には光る何かが見えた。
僕の体を貫通した鳥の羽はそのまま再度円弧を描いて上昇すると、急転直下でアリスに牙を剥いた。一方で半透明の騎士たちは僕に突き刺したスピアランスを一度引き抜き、大きく振りかぶって再度突き刺す。無機質な騎士達はまるでそうすることだけを命令されているかのように、僕に槍を刺し続けた。
やがて僕の体は地面に倒れ、覆い被さるように数体の騎士が槍を構える。もうここまで来ると僕は死んでいた。正確には、意識のある僕は死んでいた。
結局、こうなってしまった。無欲の世界、その世界への没入。
だが、見ている様子では今回ばかりはもうひとりの僕でもどうしようもなさそうだった。為す術なく槍を抜き差しされ、体はもう穴だらけ、血だって流れ切ったようにも思える。
ふと、叫びが聞こえた。微かにアリスの声質を聞き取ったが、人間性が崩壊したような、そんな叫びだった。嘆き悲しむ叫び、それは多分僕に寄せられるものだろう。いや、僕だったらいいなという単なる希望的観測かもしれない。
今回こそはダメだった。今までいいようにピンチを凌いできたけど、今度こそダメみたいだ。ごめんアリス、シェリル、そしてモニカ。
やっぱりレベッカは本気みたいだよ。
騎士たちが退いていく。鳥の羽に変貌して急旋回しながらアリスの方へと飛んでいく。そうして代わりに降りかかる災厄。
レベッカを守る二対の剣、その二つが振り下ろされていた。地面に倒れて息の根絶え絶えの僕には、避ける術なんてない。いつもはいきがってしゃしゃり出るもうひとりの僕も、今ではおとなしい。
結局、僕は勇者を全うできなかった。今になって心残りがひとつ。
最後の最後まで僕は――
――嫌われ者で終わってしまうのか
■
アリスが粗方の兵士、そして暴徒化したようなギルドの面々を制圧した勇者宅付近、そこに一人の少女がいた。みんな国境付近まで逃げていった中、その少女だけは岩陰に隠れながら悶々としていた。
「…………よし、決めた」
栗色の短い髪に付いた煤を払って、シェリルは決心した。ヴァンからは逃げるように言われたシェリル、言われてから今の今まで悩んでいた。
果たしてこのまま逃げていいのだろうか、と。
勿論、命は惜しいし逃げることが一番安全、ヴァンもそれを望んでいるというのは理解していた。だが、シェリルは既に命の危機をヴァンに助けてもらっていた。そしてそれ以上に、ヴァンのために何かできないかと日頃からいつも考えていた。それは自分のことをもっとよく見て欲しいという少し疚しい気持ち半分、そして自分の存在意義を見出したいという思いが半分。
モニカは王女、その凛々しい立ち振る舞いと魔法使いという役職で戦闘だってヴァンのサポートだってお手の物。アリスはヴァンとの固い繋がりが有り、戦闘能力だって並外れている。
――じゃあ私は?
もともと、シェリルは自分のことを女の子らしい女の子ではない方だと思っていた。でも人並みに、体の傷は嫁入り前の自分にとって大きな汚れとなる、そんな世俗的な考えも持っていた。
でも結局、そんな考えもこんな状況ではいつの間にか吹き飛んだ様。
「私って以外に行動派だったのかな」
黒煙上がる戦場と化したこの場所に、シェリルの姿は酷く似合わなかった。だがシェリルにはそれが少し誇らしかった。御伽噺の主人公になったような、そんな気分だった。
「絶対に、めでたしめでたしで終わらせてみせるからね」
駆け出したシェリルはこれからどうしようかと考える。戦う力がない彼女には選択肢が限られる。戦わずしてヴァンのために何か出来ることする、またはシェリルでも戦うことが出来るだけの武器や装備を得て、戦闘に参加する。
後者はそういう可能性があるというだけで、シェリルは本気でそんなことをしようと考えているわけではなかった。
「今ヴァンさんの前に行ってもすごい形相で怒られるだけだろうな。だったら、今私にできて、後々ヴァンさんを助けられるような事――」
その時、シェリルの目が金色に輝いた。本人は何も気付いていないが、シェリルの目が琥珀のように輝き、その目に魔法陣のような紋様を浮かび出したのだ。シェリルは視界が明るくなったように思えて、心も晴れていった。何でも出来るような、そんな気持ち。
「戦況を、先を読まなきゃ」
彼女は知らぬ間に琥珀眼を開眼した。




