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レベッカの本気

 両手で剣を握っていたというのに、骨の髄まで振動が伝わって痺れていた。だが、そんなことどうでもよく思えるくらい、今の剣戟には意味があった。


 後ろで起き上がったレベッカの表情を見ても、それは伺えた。


「……流石に驚いた」


「だろ?」


 付いた泥を払い落として、レベッカは立ち上がる。表情は冷え切ったままだが、一度見せた驚きの表情、そして今口にした驚きという言葉。無欲の世界がなくたって何もできないわけではないと証明するには十分だろう。


「やっぱりあの力はまだ使わない。たとえ相手がレベッカだとしても、僕には勇者を自覚して戦うことに大きな意味があるんだ」


 モニカには偉そうなことを言ったが、僕だってやっぱり勇者である自分に維持やプライドが存在する。無欲の世界は自分の全てを投げ打って、いわば自分に潜むもう一人の自分のような存在に力を借りている感覚に近い。今、国は未曾有の事態に巻き込まれている。この事件を勇者として解決することが、勇者としての自信、そしてひいては国民からの信頼獲得に繋がるのではないか、そう考えていた。


 だからまだ僕は無欲の世界を使えない、使わないのだ。


 レベッカは一度目を閉じて、そして少し呼吸を深くし終えると、再度目を開いた。と同時、彼女は両手に持ったダガーを地面に落とした。


「私が驚いたのは、窮地に追い込まれてもヴァンの力が発動しなかったこと。聞いていた話ではピンチになると一瞬で形勢を逆転する程の力を見せるはずだった」


 空いた両の手を横に伸ばす、すると手の先に魔法陣の円が形成される。これまで魔法を一切使っていなかったため、かなり手加減していることは分かっていた。ここからが本番だ。


「じゃあ何だ、あのレベッカの一撃を躱したことについては驚いていないってことか」


「そうだね、あんまり驚いていないよ。私は別にヴァンを弱いだなんて思っていないから」


 言いつつその魔法陣はバチバチと閃光を散らしながら顕現し、レベッカはその魔法陣に手を入れて勢いよく引き抜く。両の手には銀に輝く細長いケースが握られていた。


「だから、私は全力を出すよ。出し惜しみしたり、勿体ぶったりしても意味なさそうだしね。全力を出せば勇者は倒せる、それが分かっているからもう遠回りはしない」


 あくまで平然と言ってのけたレベッカ。確かに、僕だって本気を出したレベッカに勝てるなんてそんな都合の良い事思っていないが、こうも堂々と言われると中々に絶望的だった。


 続けて、レベッカは両手に持った細長いケースを勢いよく正面でぶつけ合う。すると衝突の瞬間、また幾つかの魔法陣が展開してケースがはじけ飛ぶ。残ったのは二つの細長い剣、そして幾つかの部品のようなものが地面に落ちていた。


 レベッカに握られた二本の剣、見た目はとても大きなはさみを二つに分解してそれぞれ左右の手に持っているような見た目に近い。ケースが吹き飛ぶと同時に地面に転がった幾つかの部品のようなものは、様々な造形の物が見られた。円形のものや、尖ったもの、本当にジャンクが転がっているようだった。


「これから何をしようって言うんだ……それがレベッカの本気に繋がる武器か?」


「その通り、でもこれはまだガラクタ。封印を解かないといけないんだよ」


 両手の剣すら地面に投げ捨て、あんなに仰々しく武器を引き出したというのにその全てを地面に捨て置いて、レベッカは堂々たる構えだった。


「《レプリカントナハト》の起動を命じる。封印を解放するための仮封印を受諾するよ」


 謎の文字列、その意味は僕にはわからなかった。しかしその言葉の後、シャオフェイとの戦いで見覚えのある大きな魔法陣がレベッカの背後に現れる。その出現は確かに危機感を煽られた。だがそれ以上にレベッカから放たれる圧力が尋常じゃない程に激化していた。魔法陣の出現とともに雷のような光の稲妻が迸り、魔法陣とレベッカから風が奔流しはじめる。


 全身の神経がマズいと警鐘を鳴らし始める。でも僕には、それをただ見ることしかできない。どう考えても今攻撃行動に出るのは寿命を縮める、それだけははっきり理解できた。


「そんなに驚かなくていいよ。別にヴァンにとんでもない一撃を放つ準備をしているとか、そういうんじゃないから」


 そんなことをつぶやいてから、レベッカは説明をし始めた。余裕の現れか、まるで子供をあやすかのような優しい微笑みだった。


「今から行う仮封印、この封印された武器、《レプリカントナハト》の封印を一時的に自分の身に移す行為。本当ならこの武器に施された封印はかなり高等だから下手すれば一生音が聞こえなくなったり、光を絶たれたりなんて酷い封印を背負うことになる。だけど私は自分に課せられた封印を解き放つ術がある」


 言葉の一つ一つを食い入るように聞く。何が起こったとしても、今から始まる戦いは自分の命を天秤に預けない限り、均衡は取れないのだから。


「願望魔法――私は今から自分に課せられる封印に願望の力を封じ込める。封印の力に魔法を仕組む。仕掛けは簡単、願望が叶えばあらゆる束縛を解き放つ、それだけ」


 突如、レベッカの背後の魔法陣から鎖のようなものが飛び出す。思わず身構えるが、それは僕に目がけてではなく、レベッカに巻き付く。両の手足、そして目を覆うように巻き付いたその鎖によって、レベッカの体は宙に浮き、磔にされたような格好になる。


「第一の願望――『私を傷つけないで』」


 地面に落ちている剣の一つが光り輝く。


「第二の願望――『私を苦しめないで』」


 地面に落ちているもうひとつの剣が輝き出す。


「第三の願望――『私に近づかないで』」


 地面に転がる部品の数々が光を放つ。


「第四の願望――『私を愛さないで』」


 その言葉で輝く物はなかった。代わりに魔法陣の光がより一層強くなる。


 もう何が起こっているのか、まるでわからなかった。夢を見ているような、そんな気分。魔法すら超越しているようにも見えたが、これも魔法だっていうのか。


「願望魔法は元々幽閉された罪多き姫君の生み出した魔法だからこんなセンスない願いばかりなんだよね。ついでにこの仮封印、身動きは勿論、見たとおり目は見えない、封印が解けるまで負の感情と苦しみを強制する、散々。これじゃあまるで本当に処刑される直前の姫だね」


 レベッカは笑っていた。まるで演劇を見ているようだった。


 それは喜劇、クライマックスへの完璧な布石となる一幕のような。


 それは悲劇、救いのない結末へひた走り出す一人の少女のような。


「願いが叶えば封印は解ける。封印が解ければ私は自由になり、《レプリカントナハト》の封印も解ける。全てが終わるんだよ」


 もう言葉はなかった。苦痛に歪むレベッカの表情が垣間見えた。もがくように鎖が軋み、人が変わったように暴れだすレベッカ。そしてそんなレベッカを護衛するかのように、それとも仮封印によって封印の力が薄れ久々の自由を手に入れたからなのか、《レプリカントナハト》を構成する光り輝く二対の剣、そして転がるパーツの数々がまるで意識を持ったように浮かび出す。


 もう一度言わせて欲しい。


 これは、夢か何かじゃないのか。

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