罪の姫君
二対の剣はまるでレベッカを背後から抱きしめるかのように、レベッカの前で交差して浮遊していた。さらに他の浮遊するパーツは注視してみれば一つ一つが鳥の羽のような形に変形しており、数えてみれば十八個あった。
状況を整理する。レベッカは武器に施された封印の一部を一時的に自分に課す仮封印を行い、自分を縛った。その縛りを解き、武器の封印を解放するには願望魔法という願いに力を付与する魔法によって仮封印を解く必要がある。
その願いは四つ。『私を傷つけないで』『私を苦しめないで』『私に近づかないで』『私を愛さないで』。
どれも何かを否定するような悩みだ。
さらにレベッカはこうも言っていた。
仮封印がされている間は自由が利かず、負の感情と苦しみが強制されると。
考えろ、考えるんだ。要はどういうことなのか、どうすればいいのか。
まず、現状レベッカはかなり苦しい状態にいるということになる。それは見ただけで明らか。まるで獣のように暴れており、その度に魔法陣から伸びる拘束具が光り輝き拘束力を強めている。という事は、取り敢えずこの現状を維持すればレベッカは衰弱していくということともとれる。
「待てよ……最適解は逃げまくることか……? いや、そもそも逃げまくることが可能なのか……」
違う、それ以上に重要なのはレベッカの願望だ。それが成就してしまうと彼女の仮封印と武器の封印が同時に解けてしまう。
仮に逃げ続けるとしよう。すると彼女の願望の中で叶うのは――
第一の願望は私を傷つけないで。逃げていれば攻撃する時間はないだろう。という事はこの願いが叶ってしまう。第二の願望は私を苦しめないで。これはおそらく、既に彼女は苦しんでいるため、取り敢えず成就しないと思われる。第三の願望は私に近づかないで。逃げるのだから、基本的には彼女とあの武器から離れることになる。それはこの願いを叶えることに繋がる。そして第四の願望、私を愛さないで。これは……正直良くわからない。判定がどこから『愛する』に属されるのか、そもそも偽りの愛の気持ちでも反応するのか、何もわからない。
「ダメだ、逃げるという選択では最低でも二つの願いを叶えてしまう。じゃあどうすれば……まともに戦うなんて出来るのか?」
なんて考え終えたその時、鳥の羽のようなものがすごい勢いで飛んできた。一つ一つは小さく躱しきるのも容易く思えた、のだが――
「なッ!?」
その鳥の羽は直線的な動きだけではなく、僕の目の前でおよそ物理的には考えられない軌道で移動したのだ。ついさっきまで飛翔するだけの物体が突然急停止して左右に移動したり、三次元的な軌跡を描きながら予想のつかない挙動を見せたりと、やりたい放題だ。
まるで知能を持った何かのように、僕を弄ぶように何度も翻りながら後方から、上空から、地を這うように、様々な機動で襲い来る。
前方から時間差をつけて直線的な動きでやってくる三つの羽を一つ一つ、切り払う。でもそれは囮で左右に散開した計五つの羽が側面から飛んでくる。
それを後方に二歩跳んで視界に入れるとまとめて薙ぎ払えそうな軌道であることを確認する。ギリギリまで引きつけ寸前のところで振り抜く腕に力を込める、がその瞬間、またも直前で五つの羽は四方に散らばった。
「クソッ、なんでもありか!!」
振り抜く腕を止めて、羽も自分も静止する妙な刹那、一気に襲い来る羽を上半身を屈めることでなんとか回避する。だが、それを躱してもまだ十の羽が僕を狙い定めているのだ。
背後からきりもみしつつ弾丸のように飛んでくる羽は振り返りながらの斬り上げで対応するが、回転が加わっているためかそう簡単には弾き返せず、最初の二つは機動を逸らしきることができたが最後の一つを逸らしきれず右肩を掠めていく。傷は浅いが確固たる痛みを覚えた。
続いて真上から直滑降してくる三つの羽を半ば体を地面に叩きつけるようなダイビングジャンプでなんとか凌ぐ。しかしその結果地面に倒れて隙が生まれ、右斜め前、左斜め前、そして後方の三方から迷いなくやって来るそれを躱すだけの時間がなく、唇を噛んだ。
「があああああああああああっ!?」
ひとつは直撃、右脇腹のあたりを貫通した。残り二つは掠る程度だったが、どちらも足に被弾し一気に移動パフォーマンスが落ちる。
そのあとも休まることなく攻撃の波は押し寄せ、ほとんど動くこともできずに剣を振り回すこととなった。その場所に貼り付けにされているあいだに、レベッカに近付く事ができず、傷つけることも叶わなかった。だが、まだ仮封印が一部でも解けた様子は見られない。まだ願いが成就したとは認められていないということか。
だが本格的にマズい。これではレベッカに攻撃するどころか、近付く事さえできないまま僕がやられてしまう。もうかなりの傷を負っており、まともに立つのも難しい。実は視界も曖昧で、意識も曖昧だった。
「また結局何もできずに……無欲の世界に……」
だんだんまぶたが重くなり、意識も遠のいていく。これが気絶の兆しなのか、無欲の世界への没入なのか、それすらはっきりわからない。
霞がかる視界の奥では十八の翼が再度展開をはじめる。さらにその奥ではすっかりおとなしくなりつつあるレベッカの姿があった。そんなレベッカを抱きかかえるかのように、二本の剣が交差して彼女を守る。だがそれは見方によれば磔にされた罪人を前に裁きの剣を交差させているようにも見える。
「レベッカのあの力……なにか引っかかるんだけどな」
そんなわだかまりも、直に消える。それは意識が消し飛んでしまうから。悲しいことだ。レベッカの本気に対して、応戦するどころか彼女に触れることすらかなわず勇者の自覚を失っていくなんて。
飛び交う鳥の羽の軌道、通った軌跡を可視化すれば一つの芸術作品でもできるんじゃないかというその動きにすら、もう僕は何も思わなくなってきている。
意識は遠い彼方へ、その後のことは分からない。もうなるようになるのかもしれない。いっそのこと、無欲の世界で暴れてやろうか。
感情が湧かないとこんなことも平気で考えてしまう。
鳥の羽が迫る、迫る、来る。
その時だった。
獣の――そう、獣の声がした。
鳴き声だろうか、いや、叫び、遠吠え。
それどころか、そもそもなんでこんな時にそんなどうでもいいことに気が付いたんだろう。あれ、どうでもいいことなのか?
どうでも……いいのか?




