意地
「望んでいたって……この惨劇を望んでいたっていうのか!?」
「少し違うけど、まぁ大方合っているよ。そう、この惨劇を望んでいたの。だから説得は無駄、それどころか積極的に攻撃を継続、過激化していくよ」
「ちょっと待て、それは軍もなのか? 軍もこうなることを望んでいるのか?」
「それはないんじゃないかな。私はあくまで私の立場からすれば望んだ結果であって、ギルドや軍からすればまた違う見方なんだと思うよ」
淡々と述べるレベッカに、僕は追い詰められていた。説得の余地どころか、積極的に僕たちに攻撃する理由があることが判明してしまった。
「じ、じゃあ聞くがレベッカ、お前の立場っていうのはどの立場なんだ」
「…………《トラジェディ》、」
「え?」
「《トラジェディ》だよ。私は《トラジェディ》の一員として意見しているの」
それは聞き覚えのない名前だった。それが人物名なのか、組織名なのかすらわからない。それを聞こうとしたところで、異変に気がつく。
レベッカが臨戦態勢に入っているのだ。
「じゃあそろそろおしゃべりは終わり。さっき言ったとおり私にはヴァン、あなたと戦う理由がある。さっき殺そうと思ってないとはいったけど、容赦はしないよ。殺そうとしなくても死ぬことなんてよくあることだもんね、こいつらみたいに」
そう言ってレベッカは足元の死体を蹴り転がした。彼女の手にはレイピア――ではなく、小柄な剣が握られていた。ダガーサイズの小剣を両手に、腕を広げるようにして彼女は告げた。
「始めよっか。この国の象徴、勇者がどれほどの実力か私に見せてよ」
僕は言葉を返さなかった。脇から剣を抜き、体を屈めて地面を駆けた。思ったよりレベッカとの間合いは離れており、肉迫するにはそれなりの時間がかかりそうだった。
単調な動きはいけない、そこで僕は蛇行を織り交ぜ、次の行動の予想を遮るようにした。下からの斬り上げか、胴を裂くような突き刺しか、それとも跳躍、空中姿勢制御からの切り下ろしか。
判断をつけさせないように心がけた。そして一歩も動かないレベッカに向かって接近し、おおよそ狙った距離まで近づいたところで剣を持たない方の体を相手に向け、体を垂直に向ける。そのまま剣の握り手、形、型を半身で隠しつつ接近、直前のところで逆手に持ち替えた剣を真横一文字に一閃した。
「遅いよ」
それだけ聞こえた。ずっと見ていたつもりだった。視線だけは切らなかったつもりでいた。なのに剣を振るう直前彼女の姿が消えていた。慌てて手を引こうとするものの、頭では考えていても筋肉に伝わらない。手遅れだった。
思い切り空振りする直前、突然視界下部から飛び出してきたレベッカが片方のダガーで一線を弾き、がら空きになった僕の胸元で笑ってみせる。まるでこの瞬間に殺してあげられるんだよ、とでも言わんばかりに。
がら空きの胸に刃が突き刺さり肉が裂けるような事はなかった。代わりに拳による打撃、鈍痛が全身を走り、その繰り出された拳の勢いで相当後方まで飛ばされる。地面を引きずられてようやく静止した頃には、咳が止まらず息が苦しかった。
立ち上がり間合いを詰め直そうと起き上がる、すると目の前にレベッカはいて、
「だから遅いんだって」
体を半回転させ、後ろ回し蹴りが叩き込まれる。狙いすまして繰り出された一撃は顔面に突き刺さる。しかしそれだけでは終わらず、蹴り終えたレベッカはすかさず蹴った足を軸足にして踏ん張り逆回転すると、そのまま空中に浮く僕に回し蹴りを放つ。その間何秒だったのだろうか、まるでストンプするように打ち付けられる連撃に意識は瞬時に薄れた。
気がつくと背中が燃えるように熱く、またかなり吹き飛ばされ引きずられたのだとぼんやり思う。全身が痛くてたまらない、一撃も剣の攻撃を受けていないのに、既に満身創痍だった。
「意識……飛んだらまたあれの出番か」
せっかくの修行、言っても数回アリスと魔獣を倒しただけだが、それでも自分の成長を感じられて嬉しかった。そして、無欲の世界だけじゃないんだと、ちょっとだけ誇らしくなれた。自分が勇者として歩みを進めているんだと思えた。
でもそんなのは当たり前だ。僕のスタートはゼロどころかマイナスだ。そんなスタートなら毛ほどの努力でも成果が出て当たり前なのだ。勇者に求められる技量、力、器、その全てがプラス一万くらいの世界にある。そして目の前にいるレベッカは二万くらいの世界の人間。
戦おうとすることすら、馬鹿げていた。
「隠している力、使いなよ」
不意に聞こえてきた声は、目の前からだった。かなり吹き飛ばされたはずなのに、既に目の前にレベッカはいた。倒れふす僕をしゃがんで見下ろし、膝に肘を付きながらのんきに話していた。
だけど僕は無欲の世界をそう簡単に使う気はなかった。
「……まだだな」
「まだ?」
「まだ使う時じゃない、そんなに容易く使えるものでもないんだよ」
「へぇ」
僕の挑発じみた言葉にも、レベッカは覚めた対応だった。立ち上がり、手を二三度払って腰に当てると、ダガーを逆手に持ってかなり低い姿勢を取った。そのまま斬りかかってくるのかと思いきや、まるで舞を踊るかのように美しく回転を始めた。すると空気が巻き上げられていき、近くにいる僕の体もふわっと浮き上がった。その瞬間回転の勢いそのままにダガーの剣戟が闇に煌めく。
既のところで気がつき、咄嗟に剣を自分とレベッカのあいだに挟み込むが、重すぎるその一撃を御しきれることはなく、剣を弾かれながら自分もきりもみして燃える家屋の中に吹き飛ばされた。家屋を突き破り、火の粉を浴びながら立ち上がると、そこにはつまらなそうに立ち尽くすレベッカの姿があった。
「私は別に強い奴と戦いとか、血に飢えているとかそういうんじゃないから、使わないなら使わないでいいよ」
そう言い残して、弾丸のように迫り来るレベッカ。もはや無欲の世界どうのこうのではなく、普通に意識が飛びかけていた。自分の体が危険な状態になると半ば強制的に移行するのがあの力だったが、それも何日かの修行で強く拒否の意識を持っていれば回避することができることが分かっていた。
こうまでして無欲の世界を使わない理由、それはくだらないプライドでもあった。
「僕は僕自身の力で勇者をこなす。勇者である自分を強く意識して、肯定して、信じ抜いて勝つ!!」
カッと目を見開き、集中した。
まるで化物か何かのような速さで突貫してくるレベッカが見えた。今度はダガーの刃を向け、切り裂きにかかってきていた。
だから僕も相対する。
満身創痍の体、それはいつもの僕の戦闘スタイル。僕が優勢なんてことはまずない。いつだって劣勢、だからこそ慣れ親しんでさえいる。
ダガーの構えを見て剣戟に無理の生じる上段に隙が生まれると見越して、小さくジャンプする。上段に隙が生じるということは、下段中段への攻撃が濃厚ということ。だから上に飛び、下段を透かし中段を誘発させる。
一瞬突然の躍動に困惑を見せたレベッカだったが、直ぐにダガーをやや構え直し、中段への斬り込みを試みてきた。
僕はそれを狙いすました一撃で迎え撃つ。ダガーをクロスさせ中段に繰り出される一撃、それを僕は両手でしっかりと持った剣の振り下ろし、隙の大きな一撃で持って相殺、並びに撃墜する。
直線的な動きを斜め上からの強力な一撃によって崩されたレベッカは、剣の刃が滑り合ってあらぬ方向に流れることを恐れて意図的に力をどこかへ流そうとする。しかし、流せる方向はひとつだけ。強力な斜め上からの一撃を流せる方向は斜め下、つまり地面への衝突。
振り下ろした僕の一撃によってレベッカは突っ込んできた勢いそのままに地面にぶつかり、そのまま自分のスピードを殺しきるまで地面を抉り進んでいった。
僕の後方十メートルまで滑っていったレベッカ、致命的な一撃どころか、本人へのダメージはほとんどないだろう。だが僕は彼女の一撃を御しきり、それどころかそのまま受け流してみせたのだ。
意識はある。強く勇者であることを自覚している。僕は振り返りまではせず、やや首をレベッカの方に回して、ニヤリと笑ってみせた。
「これくらい、勇者なら当然だね」




