最狂で最凶
僕が向かったのは、おそらく戦いが激化しているであろうギルドアサイラム支部だった。そこに行くまでにも逃げ惑う人々や、そのあまりに非現実的な光景に足を止めてただ呆然としている人など様々だったが、その誰もがこの現状を受け止めきれていないようだった。それは僕も同じだ。
王国が誇る最大戦力組織二つの全力のぶつかり合い、机上の空論でしかなかったはずの事態が今現に起こり得てしまっている。
果たしてこの状況、どうすることが求められるのか。現状の勢力を王国勢、王国軍、ギルドと三分して考えたとき、衝突しているのは後者二勢力。王国勢としてはこの衝突を早く沈静化したいところ。単純に考えれば両勢力を無力化したいところだが、その二つは王国の最大戦力組織だ。今の王国勢はその最大戦力が抜けてしまっており、戦力的に言えば抜け殻状態。
「じゃあどちらか一方を叩くか? いやいや、王国勢としてその選択は後々面倒くさいことになるぞ。それにギルドも軍も狙いは相手勢力への襲撃であって、王国を壊したいわけじゃないはずだ…………」
じゃあどうすれば、という話にまた戻る。結局のところ、これは王国に攻め入ってこられている訳じゃないため、こちらが攻撃されることはあまり考えられない。だからと言って、思惑を邪魔するようなら手を下すのだろう。どちらかに肩入れした場合は、2対1という構図になるため事態こそ鎮圧出来るかもしれないが、衝突中の二勢力はどちらも王国内で好き放題暴れており、そのどちらであろうとも肩入れするということは、あまり良い行動ではない。
モニカは言っていた。勿論この事態はなんとしてでも収束させなければいけない。だが、既にこのプラトー王国はこれまでのグレーな出来事に加えてこの大規模内戦、世界的に見てかなりの落ち度を作ってしまっており、本当の地獄はこの内戦の後だと。
これ以上国内の出来事への不適切な対応が目立てば、王国としての立場が危ういのだと。
偉い人達で執り行われている諸事は分からないけど、まぁ僕が勇者になっていたりとかそういうことがたまり溜まって隠しきれなくなっているとか、そういうことなのだろう。
ただ、まるっきり何も考えがないわけじゃない。取り敢えず、話をしなければならない。それも出来るだけ両勢力の幹部以上のクラスと。これだけの惨劇を改めて見直させる機会が必要だ。
なんて考えながら走っていると、ようやくギルドに到着した。これまですれ違った人たちが皆僕と逆方向に走っていったことから、やっぱりここはかなり危険なのだろう。そう思ってよくよく目を凝らしてみると、そこには絶対に今会ってはいけない、いや、ある意味絶好の相手ではあるのだが、でもそれ以上に今会うのは危険すぎる相手がそこにいた。
「よりにもよってレベッカ…………」
「…………………………」
そこにはレベッカがいた。正確には他にも何人かいる。だがレベッカ以外の奴らは皆地面に倒れており、動こうとはしない。燃え盛るギルドを背に、レベッカは静かに仁王立ちで構えていた。
……最近特にひどいな。あまりにレベッカ運が強すぎる。なんだこれ、普通なら良い方に捉えて仲良くなる未来にうつつを抜かしたりするのかもしれないが、これだけははっきり言える。
「……こいつは冗談抜きで殺しに来る」
思えばこの間、恐ろしい程別人のような振る舞いを見せた彼女だが、この時のための伏線だったのかもしれない。もしかするとこの戦い、その発端となったのも元々は僕を殺すためのこじつけ的既成事実だったのかもしれない!!
そういうことを考えていないと、あまりの緊張感に膝が抜けて、指が痺れて、そのまま倒れてしまいそうだった。どんどん乾いていく唇、何か喋ろうすると直ぐに皮が切れてしまう。それが今のこの現状そのものを表しているようだった。どちらかが動いた瞬間に、張り詰めた何かが切れてしまう、そう思えた。
だけど、そう思っていたのは僕だけのようで――。
「こんなに早く会うことになるとは思わなかったよ、ヴァン」
レベッカはあっけらかんとして、こんなにも簡単に行動に出るのだった。
うん? 今レベッカは僕のことをなんて呼んだ?
ヴァン――って言わなかったか?
「どう、勇者にはもう慣れた?」
「……お前本当にレベッカか?」
なんだか調子が狂った。緊張感そのものは変わらない、場の支配、殺気も変わることはない。ただそれ以上に違和感が尋常ではなかった。別にレベッカはうるさいようなキャラじゃないが、それでもこんな仮面のような張り付いたような表情をする人ではない。何かがおかしい、僕の脳がそう告げていた。
「正真正銘レベッカだよ。寧ろ、今までヴァンが見てきたレベッカの方が偽物、本物はこっち」
「偽物……本物?」
「そう、良かったね。いつも死ね死ねいうレベッカは偽物ってこと。私は別に勇者に死んでほしいなんて思っていないよ」
仁王立ちを崩し、片足に重心を預けて腰を乗せる。至極余裕そうな表情でそう呟くレベッカに、えも言われない恐怖を覚えながら、素直にちょっと喜んでいる自分がいた。
ただ、それならかなり話は早い。第一条件、どちらかの勢力の幹部格に合う。第二条件、落ち着いて話をする。
軍はともかくとして、ギルドの幹部、即ち一番手っ取り早いレベッカと話ができるか、これが当面の問題だった。合うことができても息を吐くようにレイピアを突き出されることが目に見えていたからだ。
それがイレギュラーにも早々にレベッカと出会い、そしてこんなにも落ち着いて会話をすることができる。かなりの幸運に恵まれていた。それでも、いつでも剣を引き抜けるようにはしている。全てが罠ということも考慮する。
「……いろいろ気になることはあるが、どうやら嫌われてはいないようで良かったよ。毎日毎日金髪ショートのどストライクの女の子に死ねって言われるのも相当キツくてね、夜な夜な禿げる思いだったよ」
「ごめんね、私結構顔は整ってるもんね」
キャラが迷走しているようなしていないような、とにかく今は隙を見せずに現実を受け入れさせなくては。
「それはそうとレベッカ、今お前たちがやっていること、ちょいと派手すぎやしないか? 見てみなよ、辺りは燃え盛り民も皆混乱して何も分からずぬ逃げ惑っている。この空、まるで戦場の空じゃないか。ここは王国内だぞ、僻地の血で血を洗う用な戦場じゃない。ギルドだってこんなこと望んでやしないだろう」
僕はジェスチャーを交えつつ、まるで演説をするかのように謳った。レベッカだって、王国がこうなることを望んでいるわけがない。この言葉で、少しでも我に返ってくれればと、本気でそう思っていた。
「だから、偽物なんだって」
そんな僕の言葉に、レベッカは冷め切った表情で答えた。軸足を変えて、重心を移動する。僕が見て欲しかった惨状の目の当たりにして、尚も冷えていた。
「いつもの、ギルドのレベッカは偽物。本当のレベッカは今ヴァンの目の前にいる私なんだよ。それがどういう意味か、まだよく分かっていないみたいだね」
そういったレベッカは、指だけで倒れている人物、おそらく死体であろうその一つを指差す。それはギルドのメンバーのようで、反対側に倒れている軍の人間と戦って倒れたのだと推測できた。
「違う違う、よく見て」
レベッカは僕の内心を知っているかのように、続けた。諭され、僕はその死体を注視する。すると、なんとなく見えてきた共通点があった。
「みんなうつ伏せに倒れている?」
「惜しいね、正解はギルドのメンバーは皆背中を切り裂かれてうつ伏せに倒れ、軍の兵士は胸を切り裂かれ倒れているということ」
「それがなんだって――」
――ハッとした。
気づくのが遅かった。思えば偽物のレベッカは最初の襲撃の際、悲壮感すら漂わせて復興作業をしていた。なのに、それ以上の地獄絵図となっている現状では悲壮感どころか感情すら伺えない。
それが、答えだった。
「お、お前……」
「ヴァンはさっき『ギルドだってこんなこと望んでやしない』って言ったよね。それはそうだと思う、間違ってない。だけどさ、私はギルドのメンバーじゃないからさ――」
血の気が引いてくようだった。歯軋りすら震えてできないような、感じたことのない感覚。生きた心地がしなかった。
「――これは心から望んだ光景なんだよね」




