また会おう
けたたましい騒音、ボックスの緊急連絡時のアラームが夜中に鳴り響いた。寝ぼけ眼をこすって皆ボックスの前に集まる。僕はどちらかといえば寝起きはそんなに悪くない方だが、そんな僕でもこんな夜中に突然起こされれば腹の一つも立つ。寝起きがあまりよくない二人なら尚更だろう。もうどこからどう見ても不機嫌な女の子二人を目の当たりにするというのはなかなかに幻想壊しな光景だった。朝の女の子ってこんなにも違うのかって。
なんて適当な話をしている場合ではなさそうだった。この緊急用のアラームは王宮にあるボックス、即ちモニカからしかかかってこない。よってモニカがなにか緊急に、いち早く伝えたい事情がある際に使われることになっている。
「こんな時間に何の用だろう?」
恐る恐る接続を許可し、王宮との通信をはじめる。すると始まるやいなや、ボックスを通した向こうの方が騒がしい。喧騒や怒号が飛び交い、まるでお祭りか何かのようにも思えた。
通信相手、おそらくモニカであるのだが、なんとなく声は聞こえるもののイマイチ詳細をつかめない。僕は呑気な調子ではいられないような気がしてきた。
「モニカだよな? そっちの音がうるさくて全然何を言っているかわからないんだけど」
その時だった。ガラス越しでも目を抑えたくなるような、爆発的な閃光が家の窓を通して目を突き刺した。アリスもシェリルも悲鳴を上げながらその場に倒れ、僕もしばらくの間目そのものがくり抜かれてしまったのではないかとすら思った。
視界の遮断と同時に併発した長期の耳鳴りがやんだ頃、視界もようやく元に戻ってきて、僕はボックスの向こうにいるであろうモニカに声を上げた。
「モニカッ、いきなり閃光が走ったぞ!! 尋常じゃない威力だ、何かわかるか?」
「最悪の事態よ、この国最悪の事件が現在進行形で起こっているのよ!!」
モニカの声は周りの喧騒を跳ね除けるような声量と通りで響いた。今一体何が起こっているのか、なんとなくわかるような気もしつつ、でもこんなに早くそんなことが起こるなんてと、どこか信じられない自分がそこにいた。
「ギルドと軍が衝突した。ギルドが報復攻撃をしようとした時、それを見越した軍は兵を大量展開していたの。ギルドの正式な報復行動を大義名分として軍もほとんど全戦力を挙げてギルドの殲滅を開始している。今の王国はどこにいようと戦場なのッ!!」
切羽詰った相手の声が止まるまでにも何度か小規模な爆発音が鳴り響き、その度に家の窓が振動していた。へたりこんでしまったアリスとシェリルは心配そうな表情で僕のことを見ている。ここはギルドが近くにある、すぐに巻き込まれることは瞬時に理解できた。
「どうすればいい?」
「まず、一旦合流しましょう。ギルドと軍の内紛となると王国に残された戦力で対応するのはかなり難しい。そういったことも含めて一度話し合う必要があるわ」
「場所はどこにする? 僕たちがハイドランスに向かえばいいか?」
「いや、ハイドランスはもう完全に戦場と化しているわ。辺りは燃え盛る炎や倒壊する家屋で阿鼻叫喚よ。軍もギルドも手加減なしに魔法や兵器を使うものだから生きた心地もしない。とにかくハイドランスは既に手に負えないからアサイラムの方にしたい、そっちはどう?」
言われて僕は玄関の扉を開け、外の様子を見てみる。そこらじゅうで黒煙が上がり、夜空に漂う雲は地上の炎で色づいていた。しかし直接的な被害はまだ到達しておらず、ここらに住む人々は皆何が起こっているのか分からず、立ち往生しているようだった。もしかしたらもうギルドの方は戦場なのかもしれない。
「僕の家の辺りは大丈夫、まだギルドも軍もいない。もしかしたらギルドの方は危険かもしれないけど、僕の家なら大丈夫そうだ」
「よかった、じゃあ急いで向かうから」
通信はそれで終わった。言葉なきまま何分経っただろうか、不意にシェリルが言葉を投げた。
「えっと……これって悪い夢……じゃ」
「ヴァンさん、一体何が起こっているんですか?」
そんな不安そうな言葉に、勇気づけられるような、勇者の言葉を返すことはできなかった。困惑して状況がまるで理解できない、一人の少年の言葉でしかなかった。
「ギルドと軍が、全面戦争を開始したらしい……」
■
モニカは数名の村人を連れていた。その村人と僕の家の周りにいた数名には事の事情を簡潔に伝え、出来るだけ王国の外側、国境線の方まで逃げるように伝えた。かくしてモニカを加えた僕たち四人は外で鳴り響く地獄のような音に意も介さず話し合いを始めた。
「本当だったらこんなことすらしている暇はないわ。でもそういう私も一体どうすればいいかよくわからない、わからないのよ。まずどうするべき……?」
普段なら敵の規模や熾烈な衝突地点となるホットスポットなどを参考に戦力を鎮圧に向かわせるが、今回はその鎮圧するはずの戦力が衝突してしまっていた。無闇に現場に行こうものなら否応なく命を失うだろう。
「この戦いの目的っていうのはなんだ?」
「それは……普通に考えると両者の関係摩擦を発端として相手を潰すということだと思いますけど」
「それも王国全土に渡ってだ。もうなりふり構っていられないのだろう。そうなると心配なのは国民への被害。まず各地で安全を確保する必要があるだろう」
「でもそれって――」
「結局のところ、軍とギルド……当該人物達を無力化しないと話は解決しないだろう。やっぱり僕たちが戦わないといけない」
「………………」
いつもは強気なモニカもこの時ばかりは押し黙ってしまう。当然だ、モニカはこの国の王女であり、この国を守る戦力がどれほどのものなのかをよく知っている。だからこそ、相手にしたときにそれがどれだけ強大な存在になるのかも。
「既に王宮は動いているのか?」
「うん、騎士たち数名が事の収束にあたっている。でも本当に雀の涙程度の話よ」
「ともすれば、僕たちがすることは唯一つだ」
今も尚外は轟音が降り注ぐ煉獄、あんなに過ごしやすかった王国がたった数分でここまで変わり果ててしまう。そんな国の窮地を救うのは、やはり勇者なのだ。そして勇者を取り巻く選りすぐりの仲間たちもまた然り、そこまでしっかり相場で決まっているのだ。
「おそらく軍もギルドも要所を絞って戦力を投入しているはず。だからあまり要所とされていないところは手薄に、重要な城や拠点などを僕たちで抑えなきゃいけない」
アリスとシェリルも静かに聞いている。モニカは今にも泣き出しそうになりながら、僕の言葉を聞いていた。
「僕はここアサイラムを担当する。ギルドもあることだしきっと要所の一つだと思う。次にモニカはロストリオン方面に面したハイドランスの一角、あそこはギルドが軍本部に攻め入る際の最後の砦だし、拠点攻撃の要になるところ。必ず幹部格がいるはずだ」
自分の手を見つめるモニカ、つい先日謎のローブ集団と戦った際、自分のあまりの弱さに絶望したばかり、それなのにこんな大役なんて、そう考える彼女の体は震えていた。だけど僕は告げる、こんな時だからこそ前を向いて戦う事の重要さを。
「気にしすぎなくていいんだ、僕だって最初は剣すら握ったことない底辺剣士だった。それでもここまで来れたじゃないか。モニカは士官学校でその実力をちゃんと証明してる。僕たちだってやれば出来るんだよ」
「……へっぽこ嫌われ勇者にそんなこと言われたら、結果で見返すしかないわよね」
モニカの決意が固まった。正直僕だってどうしていいか分からない。いくら僕たちが強くなっていたってギルドの面々を相手に、ましてやあの軍の幹部格を相手に果たして生きて抗うことができるのか。
「やってみないとわからないしな、というかやらないと国は終わるんだ」
いよいよもってここアサイラムにも戦火が飛んできた。魔法によって降り注ぐ隕石が僕の家のそばに落下し、大きく揺れた。話し合いはここまでだった。
「よし、各自行動を開始しよう。次に会うときはお互い英雄同士だ。もっと奮起の近いとか色々したいのは山々だが、そうもしていられない。王国にはギルドでも軍でもない、勇者っていう存在がいることを知らしめるいいチャンスだとさえ思うよ。だからこの危機を無事乗り越えて、またみんなで会おう」
「……なんだかヴァンに言われると緊張感にかけるけど、そのとおりね。生きて会いましょう」
「アリス、アリスは少しここらの敵の足止めをしてから僕を追いかけて、付いてきてほしい。そしてシェリル、シェリルは少し心細いかもしれないけどアリスが制圧しているうちに逃げてくれ。必ず迎えに行く」
「「…………」」
二人は無言で頷いた。
王国の長い長い夜が幕を開けていく――。
王国動乱編、急加速の終盤へと突入です。
それぞれの目的と、そのぶつかり合い。
各陣営の戦いにご期待下さい!!




