激動直前――トラジェディ
「レベッカはいちいち立場を考えないといけなくて大変だな」
「本当にそう思ってる?」
「ああ、思ってるさ」
夜のハイドランスに繰り出した三人、そのうちの唯一の男はボサボサの髪を適当にかきあげて、寒そうにしている小柄な少女の頭の上にポンと手を乗せた。
「大丈夫か、今日は冷えるしレベッカは別行動だ」
「え、何それ。冷えるのは、うん、心配ありがとうだけど……別にレベッカがいないのはいつものことでしょ?」
「ま、まぁそうなんだけどな。その……あれだ、俺だけで不安じゃないかってことだ。お前はレベッカに全幅の信頼を置いているからな。そして俺への敬意はゼロに等しい」
口を尖らせながら斜め上を見上げて不器用に呟くアギスの言葉をメリオールとレベッカのふたりは一度目を合わせて寸後、ふふっと笑いあった。
「何急に、久しぶりの大仕事にナーバスにでもなった?」
「アギスのくせにぃい~?」
二人の意地悪い表情と言葉に、アギスはちょっとでも心配をした自分を殴ってやりたい気持ちになった。こいつらは俺なんかよりよっぽど強靭な精神してやがると、舌打ちを一つ見舞う。
いつも以上に冷える夜、白い息を吐きながら立ち往生している三人の前に慌ただしく階段を下りてくる人影がひとつ。気弱そうな様子の少年はバックパックに両手の荷物とどこからどう見ても雑用のそれだった。
「お、お待たせしました」
「ねぇアギス。一応トラジェディの新たな一員でありながら結構重要な役回りになったんでしょ、この子。流石に荷物持ちっていうのはどうなの?」
「そんなこと知るか。俺は今までお前ら女達のせいで言いたいことも言えず、良いように丸め込まれてきたからな。男の新入りなら容赦はしない、年功序列とはなんたるものかを叩き込んでやるよ」
人一倍白い息を吐いて肩を上下させる少年にアギスはまるで隙を見せようとはしなかった。そんな様子を見て、レベッカは何やらこそこそと少年に耳打ちをする。アギスはどこか遠くの方を見ており、それには気がついていない。中腰で耳打ちし終えたレベッカを見る少年の目は怯えているようだった。それでもレベッカはウィンクすら見せて陽気な調子だった。
「あ、あの……」
「あ?」
若干怯えた声色でアギスに声をかける少年、アギスは今回ばかりはこれまでのように威厳が瓦解するようなことは避けようと強面の表情を作る。
「言ってなかったんですけど……僕、女です」
「――――――――は?」
表情が変わるのに一瞬として必要なかった。レベッカは後ろの方で震えており、それを見てすべてを察したメリオールは火に油を注ぐ勢いで助力する。
「なんかおかしいと思ったら、アギスはククルの事男の子だと思ってたの? まぁ確かに中性的な容姿だけど……流石に酷いよね、ねぇククル」
「あ、あの……え、あのレベッカさん?」
当のレベッカはというと堪えきれずにずっと背中を向けて声を我慢していた。ニヤニヤとしているメリオールはどんどん悪化していくククルの立場に若干の情けもあったのだが、それ以上に興味が優ってしまっていた。
「その…………悪かった」
「いや、あの……えっと……」
「ぷふっ……ね、ねぇアギルさ、なんで相手が女になるとそんなに仕立てに出るのさ、ふふっ」
流石にククルがかわいそうに思ったのか、レベッカが笑いこらえようとしながら助け舟を出す。あわあわと震えるククルをよそにレベッカは全部冗談であることを伝える。唖然とするアギルだったがすぐに舌打ちと髪をかきあげるという一連の動作をし終えると、ため息をついた。
「まぁ男は女に一生逆らえねぇ生き物だからな。仕方ねぇよ」
と言いつつ、ククルの首に腕を回す。
「おう新入り。どうせレベッカの入れ知恵だろうがな、トラジェディのボスは誰だっけなぁ」
「で、でも男は女に逆らえない生き物だってさっきアギスが――」
「それはもっと人生経験して女を知ってから初めて言えるんだよ」
理不尽な物言いに戸惑いながら、ようやく解放されたククルは内心こんなところでやっていけるのか不安で仕方がなかった。第一この人たちが実際に戦ったりしているところを見ていないので、もはやタチの悪い集まりにしか見えないのだ。もし今回起こるであろう戦いで大したこともないようならば、早々に出て行ってやろうと、そんなことを考えていた。
「じゃあそろそろ私は行くよ」
「次に会う時はこの国もすごいことになっているんだろうね!!」
「柩を拝むことにならないように祈っておいてやるよ」
「ご、ご無事で!!」
三者三様の言葉を受け取り、レベッカは歩き出した。手をひらひらと振りながら、
「そっちこそ。メリオールは強いけど、アギルは歳だからねぇ、若い力に負けないようにね」
「お前一度でも俺に勝ったことあったっけか?」
「ボスに勝っちゃったら面目とか組織の雰囲気とかねぇ?」
「……もうさっさと行け」
呆れたようなアギスの言葉にレベッカはにっと歯を見せて笑った。そのままレベッカはハイドランスの中心部、明るい方へと歩いていってしまう。
「あの……レベッカさんはギルドとトラジェディを兼任しているんですよね? 今回はどう立ち回るんですか?」
「さあな、あいつが好きなようにやるんだろう。俺たちは俺たちがすべきことをするんだよ、それだけだ」
そう言うとアギスはレベッカとは反対方向、さらに暗くなる住宅街の奥の方へと歩いていく。焦って付いていこうとするククルはその荷物の重さに邪魔されよろけてしまうが、それを厚着に厚着を重ねてもうダルマのようになっている少女、メリオールに助けられる。比較的軽めな荷物を代わりに抱えたメリオールは新入りのククルの前を歩きながら首だけ回して声をかける。
「レベッカはね、本当に話にならないほど強いんだよ。アギスも強いけどそれ以上。トラジェディの目的は分かるよね?」
「……王国の主権、悲劇の回避――」
「トラジェディはレベッカのための組織、レベッカの意志によって生まれ、レベッカの意志を叶えるために生まれたの。私たちはレベッカを思うボスの元でせっせと働くのだ、それだけッ!!」
空いている手で空に輝く星を指差すメリオール。ククルはそれに釣られて空を見上げた。今同じように空を見ている人たちも、きっと数時間後にはそんな余裕なくなっているだろう。でもそんな大仰なことだって、ククルにはまだ他人事にしか思えない。一組織として国と戦えというのなら、戦うだけなのだ。
■
レベッカはハイドランスの中央通りを歩きながら、道行く人々を見ていた。例外はあれど皆幸せそうだ。これから何が起こるかなんて、誰もわからないのだからそんなものなのだろう。
「王国の終わり、世界の始まり、王国の始まり……」
既にトラジェディのレベッカからギルドのレベッカへとスイッチは切り替えていた。これから始まる計画された戦い、綿密を極めているため特に考えることはないのだが、何故かふと頭に思い浮かんだのは勇者の顔だった。
「……怠け者のヴァン、怠け者の勇者、か」
演技で嫌うことなど容易いが、圧倒的なまでの拒絶となるとなかなか体力や気力を使うものである。そこまで嫌ってもいない相手を拒絶するというのは言うほど簡単でもない。ただそれが間接的に効果があるのだから、そしてあまりに浸透してしまっているから、やらざるを得ない。
「……出来れば、戦いたくない相手なんだけどね」
なぜ戦いたくないのか。
戦力的に? それとも感情的に? はたまた立場的に?
レベッカは面倒臭くてそれ以上考えることはしなかった。そろそろ業を煮やしたギルドの一員がどこかに攻め入っている頃だろう。影討ち程度で済ませるつもりなのだろうが、それをトリガーとして全ては動き出す。たった数名の行動が発端となって、それを利用して――
――王国は激動する。
その日、その時――
――戦いは始まった。




