激動前――王国軍2
ウェントムは軍本部の最上階、屋上の見張り台からヴェイロン率いる大隊が進撃していく姿を見送っていた。最小限の人員がここ本部に残されており、その部隊をウェントムが執り仕切っていた。そのメンバー全員で総司令官の進軍を見送って、ウェントムは一息つく。
「さぁ、各自配置についてやるべきことをやってくれ。逐一分からない事があったら聞きに来て欲しい。一つ下の階で砲を弄っているからいつでも来てくれて構わない」
抑揚の少ないウェントムの言葉を風切りに、慌ただしく部隊が動き出した。ヴェイロンの作戦が正常に推移すればここが役を持つことはないのだが、ウェントムは自分の働きが、ひいては自分の部隊がどれだけ頑張るかが大局を左右するような気がしていた。それはヴェイロンの作戦を危惧しているとかそういう話ではなかった。ヴェイロンは起こりうるイレギュラーな事態を考慮した上で、見て見ぬふりをしているような、ウェントムはそんな気がしていた。敢えて言えばわざと敗北を選ぶような、そんな直接的な話でなくても、最善解をあえて選ばないような選択をしていると、そう考えていた。
もしかしたら、それすらウェントムの杞憂でありそうすることで生まれる新たな最善解をヴェイロンは狙っているのかもしれない。だがどちらにしても、現状想定される普遍な事態の推移は起こりえない、ウェントムの思考はそこで打ち切られた。というよりも、打ち切った。考えずとも、任せられた仕事を全力でやるのみだと、ウェントムはそう考えることにした。
一つ下の階、そこにフロアは用意されていない。吹き抜けのような、丸々その階だけぽっかり空洞になっている。なぜそんな構造になっているかというと、そういう構造にしないと運用することができない兵器が格納されているからだ。
最前線ではないためここの兵士たちの軍服は皆綺麗だが、このフロアで作業する兵士たちだけは例外で皆黒い煤や油でまみれている。そんな面々が一同に介しているのは鉄道程はあろうかという規格外の兵器。この兵器が運用されるとき、それはこの国の終わりだとまで言われて製造された兵器だが、こんなにも早く砲弾を装填することになるとは誰も想像できなかっただろう。
バインダーにまとめられた書類と兵器側面部を交互に何度も見る兵士の傍らに寄ったウェントムは、足元の道具箱にある薄汚れた手袋を装着しつつ、声をかけた。
「整備の調子はどうだ。何しろ初稼働だからな、下手すれば動かないんてことも一応想定はしているんだが」
「それどころか寧ろ調子が良いみたいですよ。強いて言えば少なくとも国内に撃つ事は想定していないために発射角の調整をしないといけないですけど」
「調整なしだとどの位まで角度を下げられるんだ?」
「国内を射程に入れるのは無理ですね。どれだけ下げても水平砲撃は無理ですし、国内中枢部、また住居のない地点へ威嚇のための砲撃を考えても水平以下に砲身を下げたいので、ちょっとした工事が必要です」
「逆に迫撃砲のように一度上空に撃ちだしてから曲射で狙うというのは?」
「そうすると地面方向への反動で階下が吹き飛んでしまいますね。やはり射角を取れるように整備して、砲が吹き飛ばないように設置を強化して、ってところですかね」
「なるほど、なかなか難儀なようだな。では私は一度中に潜って標準関係の調整をしてみる。作業工程はどんなに些細でも逐一報告してくれ」
「了解しました」
バインダーを持ったウェントム直属の部下は慣れた調子で部下に指示を出していく。代わってウェントムはこの兵器、列車砲の詳細が記された分厚い紙束片手にコンテナのような列車砲本体に上る。砲身方向に歩いていくと、戦車のハッチのような入口があり、ウェントムはその中に身を滑らせるように入り込む。内部は人一人が入って少し余裕なくらいのスペースが有り、見渡す限りこの世界ではなかなかお目にかかれない技術がこれでもかと盛り込まれている。ウェントムはそういう事にあまり詳しくないためよく分からないが、高等な魔法の術式によって構成されているという事だけは知っていた。
そしてその標準系を司る術式をどうやって操作するのか、どこを覗いてどこを操作すれば狙いをつけて、その地点に正確無比な、無慈悲な一撃を見舞えるのか、しっかりとヴェイロンに教えてもらっていた。
何度もシミュレーションを繰り返した動きで、一つの無駄な動きもなく操作していく。ところどころ、詳細なデータを頼りに補正などを加えていき、円滑なロックオンから砲撃への操作を体に叩き込んでいく。
ロックオンと一口に言っても程度に種類がある。いくら高度な魔法を搭載していようと、初撃で狙ったところへ正確な砲撃をするのは難しい。そのため一度試射を行い、その時の風の強さや向き、温度、湿度、色々な要素を加味して二撃、三撃で仕留める。そういった方法も一つ。他にも対象物の詳細な情報を元に、そこに着弾するように術式を組むような方法も、とにかくいろいろ種類がある。
ウェントムは高度な技術で作られた透明のレンズを覗き込み、その先に見える点でしかない地域を捉える。そこには民家もあれば、宿もある。少し標準をずらせば、王城だって見えてしまう。
ウェントムは思う。
これから始まる内紛は、果たして何を生み、何を滅するのだろうか、と。




