勇者に漂う死の香り
「……え、本当?」
「うん、本当」
そりゃあね。写真撮影でしか剣握ってないんですもの。中級もへったくれもないよ。あ、でも精神力はすごいよ。上級を遥かに凌ぐと思うよ。
「それなのにあの勇者を決める場にいたの?」
なんだこいつ、自分の立場分かってものを言っているのか。わけのわからん決め方で決めるからそんななまくら剣士を選んじゃったんだよあなたは。
「うーん、そっかぁ」
そんな王女も僕のあまりのレベルの低さに言葉もでないみたい。そりゃそうだよね、勇者が近所の子供より弱いんだから、そりゃ失望されますね。
でも、なんかモニカ王女すごく嬉しそうだ。もしかして自分より弱い僕を嘲笑ってるのか。ちくしょう、でも事実。
「ふふっ、そっかぁ。そうなんだぁ、そっかそっかー」
「…………」
王女じゃなかったら今すぐ追い出していたところだ。さっきから心底嬉しそうにニコニコしやがって。でもこんなヘボ剣士に勇者を任命したのはお前だからな。同罪じゃ、同罪!!
「それじゃあさ、一緒に経験積もうよ」
「…………え?」
■
そんなわけで、ギルド前。王女がいるからか、非難の声も飛んでこない。レベッカも看板娘らしい立ち振る舞いだ。
「さてと。ねぇ、レベッカ、初心者用のクエストはないかしら?」
そしてモニカ王女も王族らしい言動。さっきまでの残念系少女はどこへやら、そこには立派な最年少王女が立っている。
「はい、モニカ様。それでしたらこちらなんてどうでしょうか」
「ふむふむ。ちょっと敵が強すぎるかしら。もう少し簡単なのはない?」
おぉ、モニカ様わかってらっしゃる。今の僕はそんじょそこらのクエストでも即死してしまう。多分、最底辺下等モンスターの攻撃でも一撃だろう。
「……失礼ですが、お聞きしてもよろしいですか?」
「?? 何かしら」
「モニカ様のレベルなら、もっと難易度の高いクエストでもよろしいかと思うのですが……」
うん、レベッカの言うことは正しい。だけど、今モニカが受注しようとしているのは僕のためのクエストなんだ。
「それはその通りよ、レベッカ。だけどね、今日は私じゃなくて勇者のためのクエストなのよ」
「勇……!? しねッ」
「うん? し……何?」
うわ、レベッカ言いやがったよ。勇者の名前を聞いた途端に口をついて出るってもう反射的な問題なの? しかもその後王女を前にしているというのに舌打ちしたし。思いっきり。王女いても言うものは言うし、怒るものは怒るのね。
「いえ、なんでもないです。それにしても困りましたね……これ以上簡単なクエストなると――グシャ」
あ、今見たぞ。ちゃんと見てたぞ。右手に持っていたクエストの詳細が書かれた用紙を握りつぶした。あれ、絶対もっと簡単なクエストだよね。ちゃんとあるんだよね?
「もうありませんね」
レベッカ……こいつ生魂腐りきってやがる。数いる王国民も言葉の侮辱や投石はするものの、こういう陰湿な嫌がらせはしてこなかったぞ。このやろう、顔は可愛いくせにやることエグい!! 金髪ショートカット似合うくせにエグい、かわいい!!
「そうなの……? うーん、じゃあこの中で一番簡単なのは『オークの群れの撃退』ね。でも私、オークはあまり得意じゃないのよね……」
うわー、すごい悩んでる。魔法使いのローブフリフリして、真っ白な髪をゆらゆら動かしてすごい悩んでる。あ、こっち見た。
「……いえ、やるわ。私も苦手だからって克服しないでいる訳にもいかないものね。受注するわ」
おお。さすが協力すると言ってくれただけはある。ローブの隙間から見える細い足がガクガクしてるのが気になるけど頼もしい!! こっち見ながらひきつった笑顔でこっそりピースしてるけど頼もしい!!
「では王女、さすがに新米勇者一人に王女を任せるわけにもいかないので」
受注書を持ってレベッカが自分のサインをする。でもサインする場所がおかしいぞ、提供責任者は分かるけど、参加メンバーにもって……あ、すごく嫌な予感が。
「私も同行いたします。王女への忠誠なるままに」
それはマズイ。絶対にダメだ。唯でさえオークとの戦いに集中しなきゃいけないのに背後にも気を付けないといけないなんて、あまりにハードルが上がりすぎる。モニカ、却下だ!!
「謹んで受け入れるわ。バックアップ、期待しているわね」
「ありがたき幸せです」
満足そうに頷くモニカに、十割殺意の視線でこっちを見てくるレベッカ。
うん。いろいろ問題はあるけれど、とりあえずは。
「僕は最後尾を歩かせてくださいお願いします」