仲直り
「しねしねしねしねしね、しねしねしねしね!! しねしねしね?」
「……えー、そういうのもアリなの?」
ここに来て一番酷いタイプが来た。ギルドの看板娘、レベッカちゃんが笑顔で『し』と『ね』の発音だけで会話しようと試みてくる。いや、無理だよ。っていうかだんだん適当になってきたね、めんどくさいなら止めればいいのに。
「しねしね? しねしねしねしね!!」
「……『ね』っ『し』ー」
「しね」
「ごめんなさい」
美女のしねは来るものあるよ、うん。いやでもさ、弁明の余地があるなら言うけどさ、ねっしーってこの王国から南下した湖畔にいるレアモンスターなんだよ? 本で読んだもん。その名前を言った途端に、マジトーンでしねはないよ。僕悪くない。
結局、ギルドでは会話すらままならず、懲りずに追いかけてきた子供たちが再度耳の周りという定位置について『し』と『ね』だけの合唱を始める。
もうこいつらいっつも来るから名前付けよう。このぼっちゃり坊主は『ゴブリン』、メガネのこっちは『ドルイド』。ちょっとイケメンで将来有望なこの子は『たけし』にしよう。うん、いいネーミングセンスだ。
よし、早速だがゴブリン、ドルイド、たけし、帰れ!!
さっきギルド脇で拾ったグリフォンの翼を3人に着け、強制的にお帰りいただく。それでやっとちょっとだけ静かな時間が訪れる。
「ふぅ。もうお昼だし、家で何か食うか」
午前中で得られた成果はかなりのものだった。いや、本当に求めてた勇者のお仕事は見つからなかったけど、それを補って余りある情報が手に入った。これは喜ぶべきことだ。
「一つ一つ、何でもないことに一喜一憂するようになってきたなぁ」
勇者になってから喜怒哀楽が激しく移ろうせいか、感情の起伏が激しくなってきた。よく言えば人間味が溢れてきた。悪く言えばキ○ガイ。
まぁまぁ、順調だと思えば順調だし、不調だと思っても気にしないタチだし、さっさとご飯を食べて腹を満たそう。
■
「うん? あれは……」
家に付くや否や、お客さんの姿が目に入ってきた。珍しいこともあるものである。
「あ、やっと帰ってきた!!」
「あれ……モニカ王女!?」
玄関前で待っていた少女は、現王国の王女、モニカ王女だった。いつから待っていたのやら、やたらと嬉しそうに飛び跳ねて歓迎してくれていた。
「どうしてモニカ王女がここに?」
「モニカでいいよ。なんかこの前の別れ方が納得いかなかったからさ。ちょうど仕事も片付いたとこだったし、ご飯でもつくってあげよかなって」
自前のエプロンを取り出し、くるりと回って体にあてがう王女。色々言いたいことはあるが、まずは――
「と、取り敢えず中に入ってよ。ね!?」
「う、うん。それじゃあ……」
強引に肩を押しながら、王女を部屋に案内する。何より先に家に逃げ込んだ理由は、簡単。『ゴブリン』が猪突猛進で突っ込んできていたからだ。どうやらゴブリンは家が近いようだ。っていうかゴブリン他にすることないのか。
ひとまず安心して、お冷とおしぼりを王女に差し出す。王女、おしぼりで顔周りを拭くのは止めた方がいいですよ。
「……プハッ、割ときれいにしてるんだね」
なんだかすごく楽しそうに微笑むモニカ。実際問題、こいつのせいで勇者になってしまっているのは紛う事なき事実なので親しく接するべきか逡巡してしまう。
「物がないだけだよ」
「そっかぁ。ビンボーなのかな?」
この女、悪気なしで言っているんだろうから腹立つ。お前から見れば国民全員がビンボーだろうが。
「うるさいわ」
「ごめんごめん」
笑顔を絶やさないまま、手を合わせて謝罪するモニカは、その後立ち上がるとエプロンを着て勝手にご飯の準備をする。
士官学校での調理実習以来となるその姿は、かなり新鮮だった。特に、三角巾をつけたあとに髪を結ぶ動作。あの頃はこんなに髪が長くなかったから今では随分大人びて見える。
「まだでしょ、ご飯。ちょっとまってて。すぐ作るから」
「あ、材料殆どないぞ?」
「大丈夫、それも自前だから」
そう言って取り出したマジックポシェットからはいくつかの食材が出てきた。あ、マジックポシェットっていうのは大きさに関係なく30個まで道具を入れられるアイテムなんです。
「この食材だけで何作るかわかったでしょ?」
「ふむふむ、魔獣系の肉にスライム系の体液、香料として用いられる薬草に幾つかの調味料。これは『ライトステーキ:スライムソース風味』だろ?」
「ぶっぶー。世界は『モニカ特製お手製料理』でした!!」
やっぱりこいつバカだ。そのお手製料理が何かを聞いたんじゃないのかよ。そしてそんなに嬉しそうにするな。
「えーい、ちょりゃー」
時々、不安な感嘆詞が飛んでくるけど、モニカが料理上手なのは知っている。何度か士官学校でもご馳走になっている。
「はい、お待ちどう様!!」
やっぱり出てきたのはライトステーキだった。スライムソースがステーキの上に意味あり気な模様を描いている。
「これは?」
「私が最近覚えた呪文の詠唱記号だよー」
なぜそれをステーキに描く。それにこの呪文、確か僕の知識が正しければ……
「ちょっと使ってみるね。えーい」
簡単な詠唱を始めて直後、目の前にあったステーキが消えた。
そう、これは対象が光を反射しなくなる魔法なのだ。割と簡単ですぐに覚えられる。名前は忘れた。
「……解いてくれないと食べれない」
「……解けない」
いや、もうなんなのこの子!! 残念すぎでしょ!! この子王女なんですよ!? にっちもさっちもいかない世の中ですよ、全く。
「私の方、食べて!!」
まだ魔法がかかっていない方のステーキを差し出してくる。それを制したりはせず、黙って受け取ってご馳走になる。ナイフを入れただけで美味しさが伝わってきた。
「おいしいよ」
「よかった!! じゃあ私も……」
何も乗っていない様に見える皿の上で、慎重にナイフを動かしてそれを口に運ぶ。
「おいしー」
そしてまたこれまた満足そうに笑う。ホントによく笑う。やっぱり変わったなぁ、モニカ。
■
綺麗に平らげた皿を片付けて、束の間の休憩。特に会話もなく雑誌でも読もうかと思ったところでモニカが動く。
「あ、あのさっ……勇者の件は、ホントにごめんなさい!!」
頭を下げて、謝罪する。国の王女が、一剣士に頭を下げている。
でもそれ以前に、なんだかもう気持ちは晴れていた。
「いいよ、もう。顔上げろよ」
「で、でもさ……勇者の素質が欠片もないヴァンにまたお話したいってだけで勝手に指名しちゃって、よく考えたらそれはすごく悪いことだったって思ってさ」
事実は事実だけど、もう少し言い様があるだろうというセリフを臆せず語るモニカ。途中、気になることを言っていた様な気がしたけどよく聞こえなかった。
「まぁなったものは仕方ないだろ。これからどうなるにせよ、取り敢えずは頑張ってみるよ」
「……うん!! 私も、できるだけ協力するから!!」
またもモニカは笑った。もうなんだか見てるこっちまで笑いたくなるような気持ちのいい笑顔だ。やっぱりモニカは変わっていた。高圧的な態度どころか、かなり大人の女性らしく変貌を遂げている。まぁ、王女だしそんなのもなのかな。
「じゃあさ、一つ相談していいか?」
「うん? なになに?」
「まず、俺は勇者として何をしたらいい?」
「あー、それはねー」
パッと何か気づいたようにマジックポシェットを漁るモニカ。白く輝くカールヘアがゆらゆらと揺れ動く。最初から、彼女に聞いていればよかった。
「あったあった。このクエストを達成して欲しいの」
モニカから手渡された手記には、何やらいろいろ書いてあったが、一番上に書いてあったある項目を見て戦慄する。
『凶暴モンスターの討伐:対象は中級戦術者』
……あのぉ、中級って書いてあるね。
「モニカ……悪いんだけどさ」
「??」
「まともに剣握ったことないんだよ、俺」




