垣間見える真実
その後、モニカの言葉もあったため十数分程度に留めておいたが、いくらか瓦礫の撤去などを協力した。その間も街の人々やレベッカは僕のことを無碍にするようなことはなかった。それどころか
「魔獣を討伐したり帰ってきたら事件に巻き込まれたり、大変だな」
なんて同情の言葉すらかけられた。人間過酷な状況に慣れると、豊かな生活を恐ることがあるという。全くその通りだった。
もしかして、その件のローブの者たちによってここらの人々は皆洗脳されているのかもしれないとすら考えた。結局、それを裏付けることも否定することもできず、シャオフェイ達が使っていた幻術の類かなにかだろうと、そう考えることで何とか平静を装っていた。
レベッカから話を聞き、モニカがかなり追い詰められているということは知っていた。王女すらも手にかけようとしたローブの正体を確かめるためにも、僕はそろそろ家に帰ろうとしていた。
「では、僕はここで一度家に戻ります。もし人手が必要であればいつでも呼びに来てください」
僕の言葉に、街の人々は手を振って応じた。そんなことすらも、僕には信じがたい光景だった。そんな時、一人の男が僕に近づいてきた。歳は五十くらいの初老の男は少々言いづらそうにしながら
「なぁ、お前に言っておきたいことがあるんだ」
「は、はぁ」
「この際だ、本当は言わないほうがいいのかもしれないが私は言うべきだと思ったから言わせてもらうぞ。お前が勇者としてど――」
言葉はそこまでだった。言いながら段々、何かに追われるかのように切迫感極まりながら言葉を吐く男の肩に華奢な少女の手が置かれた。レベッカだ。
彼女は笑うでも怒るでもなく、なんと表現すればいいのか――静かな表情というのだろうか、そんな表情で初老の男を見つめて、そして首を横に振った。
それを見て、男も力が抜けたかのようにふぅ、と大きく息を吐くと僕を見て一つだけ呟いた。
「モニカ王女を――守ってやってくれ」
そうして僕は帰路につく。ひとり帰る夜道は妙に寂しかった。いつもは感じない孤独感を感じていた。いくら死ねと言われても、孤独感は感じなかったのに。
すべてが違和感、違和感の連続であり、なにかがおかしい、何かがズレている、そう思えて仕方がないのだ。
「……アリスもシェリルも、それにモニカも。きっとみんな今回の事件を不安に思っているはずだ。僕がしっかりしないといけないんだよな」
僕は無理やり自分の頭でそう決め打つと、一度気持ちをリセットして明るい我が家へと歩みを進めた。
■
家ではモニカ、シェリル、アリスの三人が静かに話し合っていた。モニカは時間が経ったためか落ち着きを取り戻しており、逆に時間が経つことで現実味を帯びてきたのか、震えながら怯える様子の二人をモニカがなだめる様な構図だった。僕の帰りを確認したシェリルとアリスの二人は安心しきったように強ばった表情を緩めたが、何かを察したように思いとどまると、
「ヴァンさん、今日は早めに休ませてもらいます」
と、二人揃ってそう言うと早々と自分たちの部屋に戻っていった。居間に残ったのは僕とモニカの二人、何とも言えない雰囲気が部屋を包む。
「まぁ座りなさいよ」
え、なんでちょっと上からなんだ。いや、王女だから当たり前なんだけど。そうじゃなくてもっと傷心しているというか、衰弱しているのかと思っていたけど。
とりあえず言われるままに椅子に腰を落とす。足を組んで肘をつき、少しの間を取ってモニカは意地の悪そうな視線を流す。
「まずは、どうして王女をこんなにも放っておいたのかしら?」
「え、いや…………ちょっと復興作業手伝ってたんだけど……」
「シェリルやレベッカから話は聞いていなかったの?」
それはモニカが追い詰められているという話のことか。聞いてはいたが、なんとなく傷の癒えない内にモニカに会えば
「落ち着くまで待つって考えはなかったの!? 空気読みなさいよ!!」
なんて理不尽に怒られるような気さえしていたから敢えての行為だったけど、深読みだったのか。
「いや、そんなにモニカが僕を求めているなんて知らなくて、ごめん」
「調子に乗らないで、全部冗談だから。でも私は王女なのよ、もっといろいろ考えて欲しいわね」
「…………そうだな、悪かった」
ここは我慢、我慢だ。確かに勇者として肝心な時にその場にいなかったのは良くないことだ。甘んじて受け入れる姿勢で取り敢えずこの場を収めよう――
なんて仏のような心で怒りを沈めていると、対するモニカは何故かなおさら不機嫌そうな表情で震えていた。
「……そんな王女は……ただの飾りでしかなかったけどね」
「?」
「最初は剣すら握った試しもないヴァンだって、勇者になったという責任をしっかり背負って正面から向き合ってる。でも私は王女という名をただ叫び、その型枠が持つ形だけの権威を振りかざすだけ、王国の一大事に私はどうしたと思う? 王女の名を叫んで相手がひれ伏すのを待ったのよ。それでも尚刃を向ける彼らに、私は殺されかけた」
「…………何が言いたんだ?」
「私って、王女である以外に何ができるの? 王女じゃない私なんて何の役にも立てない、王女失格どころかこの国の人間として……どうしたら」
それは懇願のようだった。自分とはなんなのか、そんな迷宮のような悩みに直面した彼女の心からひねり出された言葉のようだった。
だからこそ僕はそのモニカの言葉がいただけなかった。
「それは甘えだな」
「え?」
「なんで王女であることから逃れるんだ? お前はいま王女だろ、なのになんで王女じゃない自分を考えるんだよ、考えることが違うんじゃないか?」
「な、な……」
「自分が王女なら王女の権力を使おうが、王女の型枠の力を使おうが、国を守って国民から慕われる王女になればいいだけだろ」
適当な調子で言ったからか、赤面しながらわなわなと震えるモニカは僕の言葉が無責任な言葉に聞こえるのだろう。だが、今のモニカの思いは少し前の僕が押しつぶされる程に感じた感情だ。
「言っておくけど、多分モニカがその悩みに出会うずっと前から僕はその悩みと戦っていたよ。勇者という部相応な役職に重ねて理不尽なほどの暴言の数々にね」
誰のせいでこうなったのか、は言わなくてもいいだろう。そういうことを蒸し返したいわけではない。
「今やるべきことは先を見ることだ、あのローブの正体は十中八九軍の人間かその差金だろう。追撃や反撃、混乱を回避するためにも僕たちは明日から、いや、なんなら今からでも行動を開始しないと」
「もう、ヴァンのくせにッ、もうッ!!」
僕の言葉を肯定するでも否定するでもなく、行き場のない怒りをヒラヒラと舞う紙にぶつける様によくわからない言葉を連呼し、やがて頬をふくらませながらムスっとしたまま黙り込んだと思うと、こっそりと上目遣いで僕の表情を伺いつつ、腕を組んでふんぞり返る。
「ヴァンに相談した私がバカだった!! もういい、さっさと明日からの話をするわよ!!」
なんだそれ、と思ったが、まぁこっちのほうがモニカらしいと言えばモニカらしい。調子が戻ったようで何よりだ。
でも僕は同時に、なにか引っかかりを感じていた。
モニカを諭したとき、さっきの初老の男性の言葉が思い浮かんだ。
レベッカに止められたけど、何を言おうとしていたんだろう。
それはとても大事で、重要で、この状況を覆してしまうような、そんなことのような気がしてならなかった。




