惨劇と違和感
戦果を報告するためにギルドに着いたのは日も沈みきった晩のこと、その惨状は言葉にできないほどのものだった。ちょっとした騒ぎどころではない、誰がどう見ても壊滅的な被害と言えるその状況に僕は目を疑った。
一番被害が大きいのはギルド、建物は半壊し見る影もなくなっている。近隣の建物や看板も所々被害の様子が垣間見え、地面には何かを引きずったような痕や、薙ぎ払うような魔法の痕も残っている。いくら僕でもここで強力な魔法を衝突させて壮絶な戦いが繰り広げられたことくらいは想像できた。
魔法の力で灯した街灯や焚き火を光源として傷ついたギルドメンバーの介抱、破壊されて残った瓦礫の撤去などを辺りの人々が協力して行っていた。ほとんどのギルドメンバーが息をするのも辛そうにしており、片付けられた瓦礫の集まるところは既に瓦礫の山で数階建ての建物を遥かに凌ぐ高さまで積もっていた。皆に言葉はなく、黙々と、淡々と、いや、やるせなさなのかもしれない。悲壮感漂うアサイラムに僕は言葉にできない恐怖を覚えた。
「……どうなっているんだ、何が起こったんだよ?」
後ろで口元を抑えるアリスに言葉はなかった。声をかけることすら躊躇われる状況だった。するとそこに先程まで片付けを手伝っていたシェリルがやってきて、息を荒げつつ足早に告げる。
「……モニカさんがヴァンの家にいるよ。ヴァンが帰ってきたら早く家に戻るようにって言ってたから」
「……分かった、すぐに戻るよ。でも僕はこの国の勇者だから、一応自分の口で街の人たちに事情を聞いてみる。アリスを連れて先に帰っていてくれ」
小さく頷いたシェリルはアリスと連れ添い家の方へと歩いて行った。僕は深呼吸をして、頬を一つ叩き現実を受け入れる。
僕が魔獣を討伐しに行っている間に何かあったことは事実。勇者として、この街に住むひとりの住民として僕は手伝いと聞き込みを始めた。
僕を見て街の人は皆うんざりしたような表情になるだろうと思っていた。当たり前だ、僕は怠け者のヴァンであり忌み嫌われる勇者なのだ。散々嫌われ続け、今回に限っては肝心な時に街におらず、そこを更に言及されて怒られるだろうな、なんて思っていたのだ。ただ、だからと言って自分の住む街のこの事態を王女から全て聞くだけで納得するのは違うと思った。それだと僕はいつまでも嫌われ続けるような気がしたのだ。
少しでも近づき、力になる。そのために僕は自分から声をかけることにしたのだ。
いつものように死ねと言われても、今回ばかりは真摯に受け止めつつも引き下がらない。自分の思いを姿勢で示すのだ。
だが、声をかけてみると反応が違った。それも明らかに。
「あの……協力させてください。僕に何か出来ることはありませんか?」
「じ、じゃああの瓦礫をあっちに運んでくれるかな」
声に無念な思いや残念な気持ちが現れていたが、粗悪な言葉が飛び交うようなことはなかった。念のため勇者のヴァンだと名乗っても、特に変わった反応はなく中には遅いのにどうもありがとう、と感謝を述べられたりもした。あまりの変化にここまでの一連出来事が全て夢なのかとすら思った程だ。
事の状況も知ることができた。ローブの正体は見ていないため何とも言えないが、ギルドを襲い、ほかの人々や金品を盗んでいないことから襲撃者はどう考えてもひとつしか浮かばない。
瓦礫を運び終えたところで、僕の視界には幸か不幸か、ある少女が立っていた。アサイラム支部のギルド内最強クラスのレイピア使い、レベッカだ。僕への当たりも人一倍強く、その殺気はヴェイロンやシャオフェイと似たりよったりなところがある、要注意人物だ。
レベッカは小高い丘のようになった瓦礫の上に立ち、空を仰いでいた。月が大きく美しく輝く夜空を見上げ、黙ったまま眺め続けていた。風になびく彼女の髪が月光を反射して煌めいていた。細い一本一本の髪が繊細に揺れている。
やがて僕と目が合ったレベッカは、瓦礫の丘を降りてゆっくり歩いてきた。殺気こそ感じなかったものの、レベッカが僕に何もしないわけがない。僕は甘んじて受け入れる覚悟をしつつも肩を強ばらせて緊張をあらわにしていたと思う。普段ならこんな僕を見てレベッカは、気持ち悪いから死ね、なんて言ってくるのだが――
――彼女は何も言わずに僕の隣を通り過ぎていった。ゆっくりと歩いたまままた復興作業に戻って行ったのだ。
僕はなにか声をかけなくてはと思った。
「あの……えっと、ごめん」
「…………何が?」
「僕は勇者なのに、この国を、街を守らなきゃいけないのに、肝心な時にいなくてごめん」
「…………………………」
長い沈黙があった。もしかしたら僕はレベッカに
「お前なんていてもいなくても変わらなかっただろ。調子に乗るな、死ね」
なんて言って欲しかったのかもしれない。いつもように、普段の平和なアサイラムの光景のように、笑顔で街の人々が語らう中で僕がさりげなく罵倒されているような、そんな光景を望んでいたのかもしれない。なぜならそれが普通で、平和であるという代え難い証拠のようなものだからだ。
だけど、レベッカは今まで見たことのない、いや、正確には僕の前では見せたことのない柔らかく優しげな表情で呟いた。
「うん」
それだけ、それだけを優しく呟いて、レベッカは作業に戻っていった。僕はその言葉で完全に戸惑ってしまった。それは毎日続いていた平和な日常が崩れ落ちたような、恐ろしい何かが始まってしまったような、そんな感覚。
罵倒されなければ危険を感じるというのは、とんでもない変人であるかのように聞こえる。だが僕にとって、僕が罵倒されている毎日が平和な日常だったのだ。だから僕が罵倒されず、風当たりが弱まっているというこの状況は、なにかの異変、その前兆――言うなれば嵐の前の静けさのように思えてしまうのだ。
僕にまともな意識を向けることもできないような状況、あの怒涛の罵倒すら衰えてしまう状況――それも完全無欠のレベッカが、だ。
「何が……この街で、この国で何が起ころうとしているんだ……?




