無力
ものの数分だった。ものの数分でギルドは半壊した――ローブに包まれた一〇名によって。
戦術は人それぞれ、剣を使う者もいれば槍を使う者も、武器を必要とせず後方から支援をする者もいれば、一撃の魔法で建物に風穴を空けるような者もいた。レベッカやモニカを始め、ギルドの面々は奮戦したもののまるで歯が立たなかった。
彼らは金銭を奪うようなことも人を拐うようなこともしなかった。ただ突然現れ、恐ろしい強さでギルドをの面々をねじ伏せ、ギルドを半壊させて消えていったのだ。
既に片付けや復興作業など、いつもギルドにお世話になっている村の人々たちが中心となって始まりはしていたが、モニカは傷つき汚れたドレスも気にせず――というか気にすることもできず頭を抱えていた。傷の方は大した事なく、その小さな傷を気にするレベッカはモニカに付き添い、そして跪いていた。
「申し訳ありません、私がいながらこんなことに」
「…………」
レベッカの言葉に返す言葉は聞こえない。ただ頭を垂れ続け重量に流れる金の髪を見つめつつ、モニカは自分の白い髪を乱暴にかきあげた。
「…………レベッカ、もういいから。後片付けや負傷者への対応に加わって」
「……ですが」
「いいから」
有無を言わさないモニカの言葉にレベッカは後ろ髪を引かれるような未練の眼差しを残しつつその場をあとにした。一人になったモニカは頭を抱えなければいけないその要因、今までを少し振り返った。
ローブの集団が現れたとき、モニカは焦りと共に王女としての威厳と風格を忘れていはいなかった。幸いにもドレスを着ておりひと目で王女と分かる出で立ち、カモフラージュも何もしていなかったために、存分にこの存在を目にしなさい、そして怯えなさい、モニカはそう誇ってすらいた。
だが事態はモニカが思うようには推移しなかった。ドレス姿で喧騒をかき分け、無差別な攻撃が振りかざされる前線へ歩み出る。王女の存在を知らしめ、次いでモニカはこう告げる。
「貴様ら、何をしているッ!!」
名前を言えば尚良し、モニカの中では完璧な構想だった。これまでも蛮族と対峙する機会が数回あったが、王女の存在を主張することで無力化することができていた。だからモニカには王女としての威厳と風格があったのだ――
――無駄に。
王女モニカの言葉はまるで響かなかった。ローブの集団、その先頭にいる人物は腰から剣を抜くと凄まじい勢いでモニカとの距離を詰めた。魔法使いのモニカにとっては即死レベルの間合いにモニカは対応しきれずただ驚くことしかできなかった。
そんな窮地を救ったのはレベッカ――どこから飛んできたのかというほどの速さで二人の間に入ると掌底を繰り出しモニカからローブの人間を突き放した。掌底は躱されたものの、その一撃を風切りにギルドの面々は勇ましく剣を掲げた。その瞬間はモニカもすぐに気を取り直し、スタッフを手に取った。
モニカは後方支援をしている魔法使いらしきローブの人間とマッチアップすることになり、権威がダメなら得意の魔法で応戦するのみと意気込んだのだが、まるで歯が立たない。
モニカの放つ魔法は見えない障壁のような物に防がれ、傷をつけるどころか見向きもされなかった。それに憤りを覚え、そしてえも言われない屈辱のようなものすら覚えたモニカは詠唱時間が少し長いディザスター系魔法で目にもの見せてやろうとほくそ笑んだ、その時だった。
詠唱による魔法陣の一つ目が生成され始めたとき、急にモニカの方を向いたローブの人間は両の腕をモニカに向けて伸ばした。その時モニカはローブから微かに覗く長い黒の髪を見た。その直後――
――モニカの体はくの字に折れて背後のギルドの看板に直撃した。モニカには何が起こったのか分からず、腹部に感じた強烈な衝撃に抑えようのない吐き気を催した。これまでレベッカに守ってもらったり、王宮の騎士に守ってもらったりでここまで強い一撃を浴びたのはこれが初めてだったのだ。
立ち上がることができず、お腹を押さえてうずくまることしかできない。イモムシのように腰を浮かせては激痛で地面にひれ伏す。気づくとモニカはスタッフすら手放し放り出していた。モニカはとにかく魔法を放つためのスタッフだけは持っていなければと必死で顔を起こして目の前のスタッフに手を伸ばした。
そうして上げた視線の先にはスタッフ、だがそのさらに先には明らかに近づいてきているローブ姿の存在があった。思わず体が反応し、喉が締まる。悪寒が全身を駆け巡るのがここまで恐ろしい感覚だとモニカは初めて知った。
ゆっくりと両腕を突き出すその姿をモニカはまるでスローモーションで再生されているかのように傍観していた。またあの激痛が襲い来る、その思いでもう体は痺れたかのように力が入らない。
「――助けて、ヴァン」
この期に及んで頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。
刹那、レベッカの一閃がモニカの眼前からローブの存在を消し去り、来るはずだった衝撃もその一撃によって封じられた。モニカになにか声をかけようとしたレベッカはすぐに背後から襲い来る剣戟に対応すべく、振り返り応戦した。レベッカに吹き飛ばされたローブ姿の人間も対象をレベッカに切り替えモニカから離れていった。
それからギルドが半壊し、ローブ姿の面々を一人も捉えることができずに彼らが撤退していくまで、モニカはうずくまったまま動くことができないでいたのだ。
一連の光景をモニカは鮮明に覚えていた。そして、思い出せば出すほど自分の存在が情けなくなり、器にあぐらをかいていたのだと思い知る。王女の権威を失えば、今の彼女はまるで音を立てて崩れ去るほどに無力であった。
気を使ってモニカに声をかけないギルドの面々、モニカにはその面々が言外に自分への不満をあらわにしているのではないかと思えてしまい、目を向けられなかった。
なによりついこの間まで偉そうに戦闘に関するアドバイスを助言していた格下であるはずの存在、勇者ヴァンに助けを求めていた事実。思う前に言葉に出ていたその瞬間を思い出そうとするモニカだったが、何度思い出そうとしてもその時の頭の中は思い出せず、鋭く突き刺さるような酷い痛みと目尻を溢れる涙しか思い出せなかった。
かくして、アサイラム勇者宅付近ギルドは半壊した。モニカ王女は身体的な軽傷と精神的な重傷を負い、ギルドメンバーはおよそ四割が仕事に支障の出るほどの傷を負った。目立った傷を負わずに戦闘を終えたのはレベッカのみだった。
ヴァンがこの事実を知るのは、その日の晩になる。




