知能
「いくぞアリス、連携だ!!」
「分かりました、先陣切らせていただきます!!」
アリスの気高く凛とした声が開けた森の一角で轟く。相対するは体中に苔を生やし、二メートル強の巨漢を躍動させる森の番人グリーンアトラス。右手に持った大木の棍棒は空気を薙ぎ、首から下げた怪しげなアクセサリーは魔法系の道具。こう見えて知能の高い魔獣だ。
アリスは薙刀の刃を下に、下段の構えをとる。軸足を中心として逆足に力を貯めた後、草の揺れすら許さない繊細な踏み込みによってグリーンアトラスとの距離を詰める。
刹那、グリーンアトラスの右肩をしなる薙刀が捉える。アトラスは反応することができず、呻くように後退することでしか対応できない。しかしアリスはそんな相手を眼下に捉えたまま追撃の体勢に入る。肩に刺さったままの薙刀を使い体を振り子のように振るって得た推進力で薙刀の刃をスライドさせ斬撃を見舞う。そのまま振り切り今度は柄でアトラスの頭を突いたかと思うと、その力でアトラスの上空へと舞い上がる。
「次の一撃で動きが止まるはずです、思いのままに!!」
「分かった、頼むぞ」
よろけながら数歩後退したアトラスの頭上、アリスは半身翻し空中で逆立ちをするような体勢をとると、伸ばした足を勢いよく回転させる。空気を巻き込むような軌道で回転し始める下半身に対して、上半身を多少の時間差をもって回転させることでねじれが生じる。結果、総じて凄まじい回転力を得ていく。そのまま自由落下する先はアトラスの足元。
一陣の風となった回転によって振り抜かれる薙刀は一瞬のうちにアトラスの腱を引き裂く。何が起こったのか分からずに膝をつくアトラスを横目に、背中で着地したアリスはそのままブレイクダンスを踊るかのように渦巻く体を制御してそのまま立ち上がる。
「よくやった、今度は僕の番だ」
アリスの飛翔と共に駆け出した僕は右手に剣を構え、身動きの取れないアトラスに向かって走る。この戦いの意味、その一つ目を確認する。
まず一つ、僕は《気》を扱えるのかということ。
走りながら自分の覆う大きな流れをイメージする。シャオフェイとの戦いでぼんやりと覚えているイメージを再び思い起こす。再現しようと奮起する。
間合いが詰まるほどに息が詰まる、汗も滴り落ちる。でもイメージすることを止めない。アトラスは眼前に迫り来る存在を察知して咆哮を上げる。
「グオオオアアアアアアアアアアアアアア!!」
「…………………ッ」
使えない、どれだけイメージをしても使うどころか自分の周りに力の流れがあることすら感じられなかった。ということは、僕は通常状態では《気》を使うことはできないということになる。
「ダメだ、使えそうもない!! Bケースに移行!!」
「分かりました!!」
僕の声を聞いて、黙って見ていたアリスが再度行動に出る。手にした薙刀を頭上で振り回し、大気の渦を作り出す。アリスの近くにいるアトラスはこの暴力的な風によって体勢を崩す、その間に突貫していた僕が体勢を整える、という算段だったのだが。
「ゴガアアアアアア!!」
「マジかよ!?」
アトラスは強靭な肉体でその流れに抗い、そして背後のアリスに見向きもせずに正面の僕に向かって棍棒を振り上げる。これは予想外だ。僕は今気を使えないと知って急ブレーキをかけ、右手を軸にして地面をつかみ、方向転換を試みている。よって防御体勢をとることができない。
未だに止まることない体止めようと必死で地面に食らいつき、速度を殺す。アトラスの後方に位置するアリスではアトラスの行動に干渉することはできても体躯で勝る巨漢の動きは止めきれないだろう。
最高点まで振り上がった棍棒が静止する。同時、僕の体も静止する。ただこれでは遅いのだ。このあと僕は再加速する必要がある。魔法も使えない僕は筋肉を躍動させて走り出さなければいけないわけだが、筋骨隆々の右腕によって振り下ろされる棍棒の一撃を果たして躱しきることができるのだろうか。
答えは否だ。そして棍棒での一撃を剣で防ぐことも叶わない。終焉だ。
これは本当にヤバイ、そう思った。
しかしアトラスの棍棒が振り下ろされる直前、まばゆい光が見えた。そして同時、神々しい狼によって首元を捕まれた僕は一瞬のうちに間合いをとることに成功する。先程まで僕がいた場所へ悲痛な一撃が下され、地表が無残に陥没した。
「大丈夫でしたか、ヴァンさん?」
「……アリスがコボルトになるのがちょっと遅かったら死んでた」
少し離れたところで下ろされ、僕はアリスを撫でた。人間の姿に戻ったアリスは嬉しそうに微笑んでいる。
さぁ、次の目的を確認しよう。次は意図的な無欲の世界への没入だ。シャオフェイ戦で行き当たりばったりで施行した切腹による強制的な方法、これが果たして有効なのかを確認したかったのだ。
「よし、行くぞ!!」
僕は剣の切っ先を腹に押し当てる、直前まで持っていく。勇気を決する、手に力を入れる、あとはその力を押す力に変えるだけ。
しかし、いつまで経っても意識が遠のくような感覚は訪れず――
「――だぁッ!! 死んじゃうよ、僕何やんてんだよ、僕が死んじゃうだろ!!」
なんて意味わからない言葉で僕じゃない僕に文句を言うのだった。結果、意図的な方法はあの時たまたま、もしくはあの時と似た状況が必要条件であり、いつでもできるわけではないということ。
よし、これで今回の確認目標は完遂だ。
「確認終わり。アリス、仕留めちゃおう!!」
「では私が致命傷を与えます。トドメの一撃を!!」
「オッケー!!」
それだけ言葉を交わすと、アリスは息吐く間もなく疾走した。薙刀を片手に構え上体を低くして駆ける彼女はまだ剣戟の届かない距離で小さくホップする。一メートル程浮いた状態で加速度のままに前進するアリスに、アトラスは振りかぶった棍棒を横になぎ払う。
「そう来ると思いましたよ」
直前、アリスは空中で薙刀の長い柄を勢いよく地面に突いて急激に上昇する。それで一撃は完全に躱しきり、さらにアトラスのがら空きの頭上を取る。先程と同様上半身と下半身のねじれによって得た力を薙刀に込め切り下ろす。その軌跡は間違いなくアトラスの頭を捉えると思われた。しかしそうはいかなかった。
「え?」
アリスが着地したそこにはアトラスの姿はなかった。遠目から見ていた僕の目ではアトラスは消えたように見えた。
アリスは前後左右上空全て見やるが、どこにもいない。静寂があたりを包み、逃げたのかと思ったその時だった。僕は思い至る。
「アリス、魔法だ、魔法を使ったんだ!!」
「そ、そんな……相手はアトラ――」
その時だった、振り返るアリスの背後、つまりアリスの目の前に霞がかった輪郭をあらわにするアトラスがかすかに見えたのだ。その右手には振りかぶられた棍棒が構えられている。
「アリス後ろだ!!」
「――――え」




