呼び捨てと膝枕と時々モニカ
「た、ただいま……」
僕がようやく自分の家に帰ってこられたのは夜の一〇時を過ぎた頃だった。目を覚ますと、シャオフェイは未だに意識を失っており、僕も記憶が曖昧なのとシャオフェイの格好がどこを見て良いものやらといった感じだったため、適当な布を被せて電車に乗り、歩いたり階段を上り降りしたりするだけで全身を痛みが駆け巡るのを堪えてようやくたどり着いた。
幸いなことに、道中人と会うことは少なく死にそうな時に死ねと言われることはなかった。一度だけ、スライディングタックルをかまされ木箱の山に吹き飛ばされたけど。
「ヴァンさん、大丈夫ですか!?」
「どうしたんですか、その傷!?」
慌てて駆けつけてくれたアリスとシェリルを見て、僕は涙が出そうになった。あぁ、家に人がいるって、素晴らしい。
「聞いてくれよおおおお、あのねええ、そのねねえええええ!?」
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というわけで、事の次第を二人に洗いざらい伝えた。要所要所に僕の愚痴、というかほとんど僕の愚痴によって構成されたその話を二人は真剣に聞いてくれた。そして慰めてくれた。僕も言いたいことをすべて言い尽くして、相当心穏やかになっていた。
シェリルの出してくれたお茶を飲んで一息ついて落ち着くことにした。
「あああ、死ぬかと思ったよね」
「その《無欲の世界》というのは、なんなのでしょうかね?」
「うーん、よくわからないんだけど、意識が完全になくなって気がついたときには事後!! っていうパターンと、まるで夢の中の僕を見ているような気分の時と二パターンあるみたいなんだよね」
アリスの問いには僕もその程度しか答えられなかった。例えば、ドットことドラケットとの戦いでは意識を失い、気がつくとボロボロのドットがそこにいた。一方今日のシャオフェイ戦では曖昧ではあるが、意識も記憶もある。この違いが何によって分かれているのかは、僕にもわからなかった。
「ということは、ギルドも軍も有力な情報は言ってくれなかったんですね……」
「まぁ、あれだけ勢いで会話を断ち切ったんだから怪しいのは確かだよ。これからの動向を警戒していかなきゃいけないってことがわかっただけでもオッケーだよ」
僕は笑いながらシェリルの心配そうな表情に親指を立てて応じる。まぁ実際のところほとんど何も分かっていないことに変わりはないけど、もう今は無事に帰って来れただけでよかった。多分あの戦いは僕もあっちも大事にはしたくない感じだしね。
「それに、僕が戦ったシャオフェイって女の子、すごい可愛い子だったんだ!! 背は高いしクビレはすごいし胸は大きいしね…………あれ」
僕が冗談めかして言った言葉に、アリスとシェリルはなんだか不機嫌そうに僕のことを見ていた。その瞬間に、この状況で取り扱ってはいけない話題を出してしまったのだと理解する。疲れと安堵で頭が働いていなかった故の過ちで、いきなり頭が冴え渡り始める。
「へえ、その話を今するんですか?」
「ヴァンさん、私ちょっと気分悪くて魔獣化しそうです」
うわあああああああ止めてくれ、シェリルはこっそりと拳を握りしめているし、アリスは薙刀を掲げる準備してるよ!! アリスもやばいけどその拳を握り締める動作はタイムリー過ぎて僕の臓器が疼き出すからやめて、ほんとッ!!
「ああああああ、ちょっと待ってちょっと待って、じゃあこうしよう。迷惑と心配をかけたお詫びに何か言う事を聞いてあげよう!! アリスとシェリル一つずつね!? 死ねとか消えろじゃなきゃ多分叶えてあげるから、ね!?」
「…………なんかちょっと不憫になりますね」
「……そうだね」
可哀想なものを見つめるような、そんな蔑みの視線すら感じる中、シェリルとアリスは、じゃあ、と呟いて、悪戯な笑みを浮かべるのだった。
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「じゃ、じゃあえっと、ヴァン」
「……別にそんな緊張しなくてもいいよ、僕もその方やりやすいし」
なぜか自分で呼び捨てで呼ばせて欲しい、と言っておいて、いざ言うと直ぐに顔を赤らめたり体をもじもじさせたりするシェリル。僕の個人的主観で言えば、呼び捨てで呼ばれる方がより近しい間柄になれた気がするからやりやすいのだが、女の子はそんなものでもないのだろうか。
そんなことを考えている僕は、アリスの膝の上に横たわっていた。いわゆる膝枕というやつで、これはアリスのお願いを聞いた結果。これからしばらくの間、寝る前にアリスに膝枕してもらわなければならないという言葉にしても意味がよくわからない規則が出来上がった。
「えっと、アリス、重くないの?」
「重いわけないですよ。むしろこの重さが心地よいです」
「え……重いんじゃん」
僕が頭をあげようとすると、否応なく手で制される。またもアリスの太ももの谷間に顔を埋めさせられる。
「言葉の綾ですよ」
「アリス、声が怖い」
そんなこんなで僕はようやくいつものヴァンに戻ることができた。こうやってふざけながらもまた楽しい日常に戻してくれる彼女達には感謝だ。若干恐ろしさが垣間見えるのはこの際無しとする。
その後、僕はなぜかアリスにそのまま頭を撫でられまくったあと耳掃除をすると言い出したアリスに言われるがまま、耳掃除をされながらシェリルとの話題は電車でのボックスへと移っていった。
「そういえば、アリスも知っているみたいだから言うけど、今日のメッセージはどうだった? 役にたてたかな」
「あー……正直に言うと、ちょっと微妙です」
「……マジ?」
「ヴァンさん、多分大きな勘違いをしていると思いますよ」
ゴリゴリと、なかなかいい感じの手際で掃除されながら僕はまたも自分が女性陣に冷ややかな目で見られているような気がしていた。だから僕は目を開けずにアリスの施術に身を任せることにした。
「はい、私たちも困れば、モニカ王女すらも困らせている、罪な勘違いです」
「へー、あーそうなんですねー――イタっ!?」
適当に聞き流そうとしたらアリスの手が明らかにわざとブれ、耳の奥に耳かきが突き刺さる。瞬間的な痛みで言えば今日一の痛みにコイツはシャオフェイ以上の気の使い手か、なんて適当に考える。
「ヴァンさ……ごほん、ヴァンは昨日の私の言葉、どう受け取ったの?」
「どうって言われても、そのまま、シェリルはモニカのことが――」
「ああぁストップ、ストップ――もう間違ってます、勘違いしてますよ!!」
「え、そうなの!?」
「ヴァンって本当に……なんていうか……女泣かせですね」
「まったくもってその通りです」
僕の知らないところでどんどんと話が進んでいくというのはなんだか気持ちの悪い感じがした。しかし問おうにも、身動きを取れないためにジェスチャー等の身振り手振りで僕の必死さを伝えたいのに、それができない。そしてアリスの耳掃除が気持ちよくてそろそろ眠ってしまいそうという問題も生じ始めていた。こんなところで眠ったら明日二人に何を言われるか、何をされるか分かったものじゃない。
とりあえず、会話だけでも継続して眠らないようにしようと思ったその時、こんな時間だというのに外から騒音が聞こえ、それがだんだん近づいてきていることに気がついた。そしてそれを二人に確認しようとした最中、ものすごい勢いで玄関の扉が開かれる。こんな時間にやってきたのは、そういえば忘れていた――
「ヴァン、大丈夫、生きてる!?」
「おおモニカ、無事だったか!! 僕は苦しい戦いで疲労してお前のこと忘れてたけど……」
――モニカの来訪に何も考えないで応答し、起き上がろうとした僕がバカだった。
「あ……ヴァンさん今起き上がったら」
グサリ――
え、グサリ?
気がつけば僕の耳には、先端に白い綿毛がついた棒が突き刺さっていた。




