気合対気神
「その気っていうのはさ、際限がないものなんだろ?」
「突然何? まぁ、あながち間違ってはいないけど」
「本で読んだんだよ。万人に気があるっていうのは初耳だが、その気の概念だけはなんとなく知ってんだ。だからお前の口から気って言葉を聞いて思わず聞き返したんだよ、懐かしくてね」
言いつつシャオフェイの足を退かして再度立ち上がる。完全に彼女の間合いであるが、僕も剣を構えてそう簡単には近づけさせないだけの型で待つ。
「へぇ、博識君なんだ。まぁ、そんなことどうでもいいんだよ。何勝手に立ち上がってんの? あんたみたいな男は地面に伏してろって!!」
勢いよく振り下ろされた彼女の腕と同期して、気神の腕が振り下ろされる。だがもう僕にとって大した驚異でもなくなってしまったその攻撃は動く必要もなく御せた。
野太刀の一閃を片手剣の一閃にて払い受け、数倍はあろうかという気神の腕ごと弾き返す。流石になかなかの手応えを感じた。
「なっ!? さっきあんたの気は削いだはずじゃ!?」
「だから気は無尽蔵なんだって、バカか?」
さっきまでは気という概念を思い出すのに手間取り好きなようにやられたが、思い出してしまえばこちらのものだ。もう驚異はひとつもない。俺は有り余る力で地面を蹴り、跳ねる。気神の活断を空中の重心移動で躱しきり、シャオフェイめがけて体を丸める。
「ハハっ、いいね、面白いじゃん!! 私が気だけ使うと思ったら大間違いだし、魔法だって――」
「――どっちも一緒だ」
丸めた体で貯めた力を脚部に集め、気の概念をイメージして足のあたりにそれを硬化させる。そうして出来た即席の足場を使って空中で急加速、シャオフェイの手甲をかすめる一陣の風と化す。手甲に入った傷により、超術式駆動が破棄され気神の姿が消える。
慌てたシャオフェイが小さな魔法陣を急速展開し、自己強化のエンハンスをかけようとする。しかし、魔法は気と違って駆動に若干の時間を要する。
「おいおい、魔法と気のマスターがこのタイミングで魔法を選ぶとか、笑うぞ」
気の操作により速度の恩恵を受け、魔法陣をすり抜けるようにしてシャオフェイに肉薄し、今度はもう片方の手甲に剣戟で傷を入れる。すると展開しかけていた魔法陣が霧散し、起動を中断する。どうやら魔法駆動も手甲頼みだったようだ。
「なんで、手甲ばかりを狙うの?」
「アホか、体攻撃したってお前の纏う気とやらで治癒するだろうが。だから気で治せない武具から狙っているんだ」
「……本当に別人が乗り移ってるみたい、あんたさっきの男の子?」
「お生憎な。あの安い幻で怒り狂っちまった結果、感情を超えた向こう側の世界に来ちまったんだよ」
「安い幻って、あれも気付いてたの?」
「今になって考えて分かったよ。感情の邪魔がなければ直ぐにでも気付く」
リーベル中尉の死、あれは幻だ。そもそもあの部屋に入った時点でシャオフェイかヴェイロンか知らないが、彼らの操る気で用意した幻を見せられていたのだ。リーベル中尉を殺したのも《気》を使って見せた幻影だったということ。
「困ったなぁ、これじゃあ時間かかりそうだよ。ヴェイロンに怒られちゃう」
「大丈夫だよ、直ぐに終わる」
気の恩恵によって再加速して彼女に接近、すれ違いざまに致命的な一撃を決めるつもりだった。早さも鋭さも狙いも完璧、完全に捉えていた。しかしなぜかその攻撃はあっさりと翻されてしまう。まるでクッションに衝撃を吸収されるように減速した僕の体はシャオフェイの目の前で停止、直後半回転して繰り出された彼女のしなやかな足による回し蹴りによって胃の内蔵物を諸々吐き出しそうになりながら後方に吹き飛ばされる。
「さっき気は無限って言ってたけど、厳密にはそれ間違ってるよ」
シャオフェイは手甲を外し、軍服を脱ぎ捨てた。胸と下半身を最低限隠すだけとなり、大きく露出した彼女の鎖骨周りや内ももには何やら意味有り気な紋章が刻まれていた。
「長い時間で見れば無限に使えるよ。だけど短いスパンだと限界がある。勇者殿は見よう見まねでよく頑張ったけど、もう気は使えない。一方の私は今まで使ったのは奪った気と武器に内蔵してあった気」
拳を握り締め、腰のあたりに据えて瞳を閉じたシャオフェイの背後には、またも巨大な魔法陣が顕現した。瞬く間に光り輝いたそれを拳を突き上げると共に粉砕すると、音もなくまるで暗殺者のように気神が姿を現す。
「そしてこれは、私自身の気。超術式駆動だってまだまだ使えるんだよね」
振り下ろされた一撃を躱す余裕はなかった。辛うじて身を投げ出すように転がることで直撃は避けたものの、その衝撃の余波で地面に叩きつけられ気で修復した器官がまたも破壊される。
「さっきの威勢はどこに行ったのかなぁ!?」
今度は気神の持つ鉈が横に薙ぎ払われる。左右ではなく、上に飛ばないと回避は厳しい。剣で受け流そうにも腕が持たない。だから体を屈めて力を貯めて、一気に上空へ跳躍する。いや、しようと思った。
「ガハッ――!?」
しかし、知らず知らずのうちに酷使していた僕の足はすでに限界を迎えており、地面に蹴り込む力を支えきれず、筋肉が破砕する形で力を逃がしてしまう。その結果、気神のひと振りを受身なしで浴びる。言葉すら漏れ出なかった。
どこまで飛んだのだろうか、どこまで傷を負ったのだろうか、感情は愚か意識すら曖昧になってきていた。体は動かず、使ったこともない気を使ったことで気分は最悪、怠くて仕方がなかった。もういっそこのまま眠ったらどれだけ楽か、そんなことまで考えていた。
……待て待て、これはちょっと感情が戻りかけてないか? あぁ、ヤバイ、この感覚、状況判断をしようとしている自分、ヤバイ、己を取り戻し始めている。
「おーい、死んだ?」
どうやらシャオフェイは相当遠くにいるようだった。僕の安否がわからない様子から、気神のひと振りで見るも無残に薙ぎ払われたのだろう。
なんだあの女、めちゃくちゃ強いぞ。しかも胸大きい、足細い、顔可愛い!! 踏まれたときちょっとパンツ見えたかもしれないよ!! 無欲の境地にいたから覚えてもいないし、嬉しさも皆無だけど。でも今の格好、超エロい!!
なんて久々の自我に喜びを感じていたが、無欲の世界を終えた後に決まってくる副作用的な激痛、知らない間に何個もできた傷、今回は特にひどい。
微かに意識はあったとは言え、あの時の自分は第三者のように見えるのだ。自分で自分を見ているような、夢のような感覚。いざ自我が戻っても正確な記憶はまるで残っていないといって言い。よってこれからどうすればいいかもわからない。
「あれ……まだ生きてるの?」
だけど絶体絶命なことだけはわかる。あの境地にたった僕でも勝てないのに、ノーマルな僕で勝てるわけがない!! でももうあの僕は死んだ!! どうしよう!?
そうして考えること数秒、もはやすぐそこまで来てしまったシャオフェイはどうやら僕がまだ生きていることに気がついたご様子。そしてこの僕も、一世一代のトンデモ作戦を思いついたご様子。
「生きてはいるけど……さっきの気迫はどこ?」
「えーっと、戻っちゃいましたね」
「えーそうなの、笑っちゃうねー」
「デスヨネー」
はっはっはっはっはっはっはっはっは、はぁ。
「じゃあ、死なない程度に、ね」
「いや、その前に――」
シャオフェイの顔から笑顔が消えて、朧に揺れる気神の腕が振り上がった瞬間、僕は覚悟を決めて、腹を括った。
剣を逆手に持ち、自分の腹に押し当てる。
「え、ちょ、ちょっと待った――」
「でええええええええええええええええええええええいいいいいいいい!?」
そう、僕は自分の腹に刃を押し付けたのだ。




