異才
廃れた黒の街、ロストリオンに息づく王国軍。その最高司令官室に彼はいた。名はヴェイロン、王国軍を取り持つ最高責任者である。若くしてその座に就き、その手腕とセンスから王国軍の復権に一役買うだろうと言われていた逸材だ。今の今まで相当おとなしくしていた彼だが、何も惚けていた訳ではない。やることはきっちりやってきていた。それが日の目を浴びるのが今というだけの話である。
元々別の国、貧富の差が激しく、魔法や機械に頼らず武道や作法を主として《気》を操り体の健康を保ったり、古代に信じられていた神々を信仰して作物の豊作を祈願したりといった独自の文化形態を持った国の出身であるヴェイロンは、その独特な雰囲気から王国軍入隊当初から異彩を放っていた。しかしその実力は本物で、一気に階級を駆け上がると、兼ねて備えた知才によってついに最高司令官にまで上り詰めたのだ。
そんなヴェイロンは、吊り上がった目で一点を見つめながら、この街に訪れた異常を察知していた。
「……思ったよりお早いご来訪ですね。まだ何も準備していないというのに」
「察知いたしましたか?」
「よくない気の流れを感じ取りました。これは間違いなく王族の者でしょうね」
意味ありげに微笑み、ヴェイロンは側近の男に人差し指を立ててみせる。
「手荒な歓迎はよくありません。何もせずにここまで通して下さい」
「承知しました。しかし、お言葉ですがここであまりこちらの事情を探られるのは得策ではないのでは……?」
「そんなことは分かっていますよ。手荒な《歓迎》はしたくないだけです。歓迎のあとは盛り上げるためにサーカスなどをやるでしょう。私の祖国では客人を招くと血気盛んな猛獣を使ったマジックやサーカスをしてその場を盛り上げるんです」
そのヴェイロンの顔は、冷徹な微笑みとすべてを見通しているような不思議な感覚すら覚えさせる何かで覆われていた。長らく側近として傍についていた男もそのヴェイロンの姿を見ていつも思う。
この人だけは敵に回したくないと。
「それにこちらは相当な猛者達を用意しています。あちらがどれだけ強者を連れてきたところで、軍の前に叶うわけがないのです」
「いざとなったら、国を吹き飛ばす兵器すらありますしね」
「あれを使うという事は最悪のケースなので考えていませんが」
ヴェイロンは軽く伸びを一つすると、自分の部屋をあとにする。扉を閉める直前、部屋に残った側近に対して手をひらひらと揺らして
「もうすぐここにシャオフェイが来ます。よろしく言っておいてください」
「わ、わかりました」
側近、名をウェントムというその男は、いつものようにヴェイロンの部屋番をする。彼にも理由は不明だが、ヴェイロンはよく部屋を空ける。部屋にいたがらないのだ。そういう時は決まって、ウェントムが留守番をすることになる。特に何をするでもなく、客人用の椅子に座って時が経つのを待つのだ。
時計の針が一分一秒と刻んでいくのをただ眺めている、それだけの行為もウェントムにとって至福の時だった。それは彼がヴェイロンの下で働くということに自身の全てを賭してでもやり遂げたいと思うほどの価値があるからだ。
「あのお方は本当に恐ろしい。心底自分の上官でよかったと思う。あのお方ならば、これまでくすぶり続けていた軍の再建すらもやってのけるかもしれない」
長らく軍に就いているウェントムにとって、外国の人間が王国の軍の最高責任者になるという事実は受け入れ難かった。しかしそれも最初の内、直ぐにこれほどの人材は王国全土を探してみても見つからないことを悟った。
そして、そろそろやってくる彼女もまた、とんでもない力を有する王国軍を代表する人間だった。彼女もヴェイロンと同じタイミングでヴェイロンの国からやってきた。ヴェイロンが完全無欠な軍人だとすれば、シャオフェイは戦闘に特化した軍人だ。遍歴は明らかになっていないが、一度ウェントムはヴェイロンに雑談の中で恐ろしい話を聞いている。
「シャオフェイは見た目こそ可愛い少女だが、一度牙をむくと一個大隊すら一人で壊滅させる。それも片手間にだ。下手をすれば僕でも抑えきれなくなるから、首輪をつけておいたほうがいいかもしれないな」
その時はお酒も入りながらの冗談かと思ったウェントムだったが、それも冗談ではないと感じ始めている。
「おっすー!!」
そのとき、扉が勢いよく開かれて軽装の少女が入ってくる。彼女の要望により、規則で着用しなければならない軍服を彼女用にアレンジし、ノースリーブでジャケット型の上着にミニスカートという古来の軍人が見たら発狂しそうな身なりの可憐な少女がそこにいた。
「お疲れ様です、シャオフェイ様」
「おっつおっつー!! あれ、ウェンちゃんだけ? 今日もヴェイたんいないの?」
この独特の呼び名も全部彼女の気分で付けられた俗称だ。彼女に名前とは別にアダ名を付けてもらえると、付けてもらえてない人より一歩お近づきになれると兵の内では専らの話題となっている。
それもそのはず、彼女はまるで軍人とは思えない美しさを持っていた。こんな可憐な少女が戦場で血で血を洗うなんて誰が想像できようか。
「ウェンちゃんいつもお留守番大変だねぇ、シャオフェイマッサージしてあげる!!」
そう言ってシャオフェイはウェントムの背後に素早く回り込むと、体を密着させて自分の腕をウェントムの腕に這わせるように伸ばし、指先からマッサージを始める。指を絡めるようにして艶かしい動きをさせるその光景は全くマッサージに見えず、ウェントムも背中に押し付けられた人並み以上の胸に、軍服がひどく似合わない程の華奢な腕が自分を包み込むように広がっている光景に、理性を保つのがやっとだ。
「どう、気持ちいい!?」
「え、ええと、シャオフェイ様、自分にここまでのことをする必要はないと思われるのですが」
「いいの!! シャオフェイがしたいからしてるんだもん!! それにねぇ――」
言葉尻を伸ばしながら意味ありげに間を持つシャオフェイにウェントムは動揺を隠せないでいると、指先に這うように絡みついていた彼女の指が一旦離れ、今度は抱きしめるようにウェントムの上半身を包み込んだ。
「ウェントム、ムキムキで好きー!! ヴェイロン細っちいから面白くなーい!!」
「ちょ、ちょっとシャオフェイ様!!」
シャオフェイの腕は生き物のようにウェントムの上半身をまさぐり、ついにその矛先はウェントムの下半身へと伸びていく。
「うりうりー、ウェントム気持ちいい?」
「ッツ――これ以上は!! マズいですッ!?」
ウェントムが本当にヤバイと思った刹那、シャオフェイの動きが止まってするりとウェントムの体から腕が離れていく。何が起こったのか分からないでいるウェントムが振り返ると、シャオフェイはつまらなそうに俯き、
「そろそろヴェイロン帰ってくるみたい。おとなしくしてなきゃ」
「……そういう気を感じ取ったんですか?」
「うん、今戻るって」
シャオフェイはトボトボとヴェイロン用の大きな椅子に腰掛けると、背もたれに寄りかかりそのリクライニングで遊び始めた。なんとか助かったと思いながら、ウェントムも心のスイッチを切り替える。
これから始まるのは、王国軍最高司令官と王国最高権力者の会合なのだから。




