鈍さの怖さ
「ブエックションッ!!」
「だ、大丈夫?」
「あぁ。多分国民の誰かが僕のことを噂してるんだろう。シネとか死ねとか」
「多分間違っていないのが辛いわね」
ロストリオンに到着した二人は、駅前の焼き餅店で買った餅を頬張りながら王国軍の本部を目指していた。心なしか、ロストリオンの街の雰囲気がどんより重いような気がしていた。王国軍の警備も多いし、来たことがないからこんなもんと言われればこんなものなのだろうけど、モニカもその光景に少し驚いているようだった。
「やけに空気が重いわね」
「なんだか街の人も全然見かけないな。その代わりに王国軍の兵がそこらじゅうにいるぞ」
普通、モニカのような王族のものが軍に顔を出すときは一報連絡を入れてからの場合が多い。しかし、今回は敢えて用意をさせないために連絡なしでの訪問だ。だからなのか、王国軍の面々はその目にモニカを捉えるやいなや、見てはいけないものを見たかのような反応を示す。いつも僕が街の子供たちに向けられる視線と似ている。
「これって完全に警戒されてるよね?」
「当たり前でしょ。王国軍が不審な動きをしているのはもう確定事項なのよ。このタイミングで私が来たことでついに勘付かれたと思っているんでしょうね」
度胸はさすがの王女といったところか、まるで意にも介さないように王国軍への道を進んでいく。一方の兵士はといえば、王女の来訪をどう処理して良いのか分からず、あたふたしている。果たして今ここに僕がいることに意味があるのかどうか、よく分からないけどとりあえずついていく。
「これからの予定は?」
「正面突破よ」
なんだこの女、戦争でも吹っ掛けそうな言いっぷりだ。
「え、正門にディザスター系の呪文叩き込むつもりだったりするの?」
「馬鹿言わないでよ、言葉の綾に決まっているでしょ。こそこそしないで正面切って入って、王国軍最高司令官のあの男に話を聞きに行くのよ」
「最高司令官と知り合いなの?」
「言っておくけど私王女よ?」
「あぁ、そういえば」
直後、すごい勢いの張り手が飛んできて僕は前のめりに吹き飛ばされ、荒れた砂利道に体前面をすりおろすことになってしまい、久々に本当に死ぬかと思うほどの痛みを覚えた。レベッカもレベッカだが、やはりモニカもモニカだ。
「あんたねぇ、さっき私にあんなこと言っておいて何がしたいの!?」
「え……あんなことって、僕ここまでされるようなこと何か言ったっけ?」
「もう知らないっ」
僕が知る限りで砂利道顔面オーバースライドの刑に処されるだけのことなんて皆目見当もつかないんだけども。なんだなんだ、王女もああ見えて緊張の色を隠せない感じか。だからそれを紛らわせるために僕にあんな修羅の所業をしてのけたというのか。鬼め。
でもそうと分かれば僕にもやりようがある。結局のところ、王国軍との話し合いでもモニカの手腕頼みのところが大きいのだ。だから僕はできる限り彼女に協力していく方針を執るしかない。
そりゃ同じ目的の仲間同士、協力し合うのは当然かもしれない。だが考えても見て欲しい。僕は今顔面が砂利道に接した状態で引きずられるほどの張り手を食らったのだ。それらしい覚えもないのに。
そんな行為をされたら、もはや本当に仲間なのかも疑わしい。それが普通の見解だ。だが僕はその問題を寛容に受け止め、彼女に協力すると言っているのだ。これは凄まじい英断なのである。罵られ続けた結果の心の成長なのである。
というわけで、僕も彼女の緊張をほぐす努力をしてみる。ちょっと不貞腐れて足早に前を歩いて行ってしまったモニカに対し、何をしようか考えてみる。だけど実際に考えてみると、あまり良い考えは浮かばないので、ちょっとしたおふざけで和やかなムードを演出してみることにする。
「なぁ、モニカ」
「…………何よ、またふざ――」
モニカが口にするよりも早く、僕は彼女の後ろから手を回し自分側に抱き寄せるように引落しながら膝の裏を自分の膝で小突く。膝カックンというやつの応用バージョンだ。この《引き落とし膝の段》は膝カックン後、仰け反る相手を自分の体で受け止めつつ、その呆気にとられたモニカが気がつく頃には、目の前に僕の顔が有り、それまた驚くという二段攻撃を可能としている。その面と向かった際に何か面白いことを言えればなお良しだ。
そうして、僕は見事《引き落とし膝の段》を決め、モニカの体を自分の体で受け止めつつ、その驚き引きつった顔を覗き込もうとした。なんだか考えても見ればモニカの体にこんなに堂々と触れるのは初めてのような気がしたし、いざ抱えてみると驚く程軽いその体に、馬鹿みたいにモニカが女の子なんだということを再認識し、その再認識によって変に意識してしまいモニカの髪が揺れてふんわりとした華やかな香りを今に限って感じとってしまう。
あれ、おかしいな。モニカを驚かせて緊張の糸を切ってあげようと思ったのに、勝手に胸がドキドキして――
思えばその瞬間までスローモーションのようにコマ送りで進んでいたようにも思えた。モニカと僕が鼻先すら触れ合うような距離で面と向かうまで。
「――アッ」
「……あ、ごめ――」
それは一瞬の出来事だった。僕のイレギュラーな胸の高鳴りからもこの方法は間違っていたんだと察し、直ぐに誤ろうとしたが時すでに遅し。思った以上の距離の近さでモニカの荒い呼吸を感じ取ったその寸後、モニカは文字通りカァアッ――っと一瞬のうちに紅潮し
「はぅあぅ」
と謎の文字列を残して意識を飛ばしてしまった。残されたのは無防備に体を投げ出したモニカとそれを受け止め、少しでも動きがあれば彼女と接触してしまいそうな距離でどうにか事なきを得ようとしている僕。
「……なんでこんな時に僕は興奮しているんだ」
近くで見れば見るほど綺麗な肌のモニカを見て、僕はちょっとおかしな気持ちになっていた。しばらく動けいないでいたけど、ようやく状況を飲み込め始めてきた僕は、そっと彼女の体を近くのベンチに寝かせて事態を収束させるのだった。
……僕も結局のところは男なんだなと恥ずかしくなってしまったのは内緒の話だ。




