曇りのち晴れ
昼下がり、家の掃除が終わりあとはヴァンさんとモニカ王女を待つだけとなった居間で私とアリスさんはくつろいでいる。こういう時は普段なら私から話しかけて、流れでアリスさんの話を聞く展開になることが多い。
話には聞いていたけど、ヴァンさんとアリスさんの出会いはなかなか特殊だ。アリスさんが元は魔獣だなんて最初は信じられなかったけど、話を聞いているうちに信じざるえを得ない思い出話がたくさん出てきたから本当のことなんだと思う。
バイトは毎日あるわけじゃなくて、どちらかといえばお家でアリスさんと家の掃除をしたり、家事をしたりすることが多いから、自然と会話をする機会も増えていった。でも私の過去は大したことなくて、アリスさんの過去は非凡だからいつもアリスさんのお話しを聞いていた。
アリスさんは本当に大変な思いをしてきたんだ、なんて毎日のように思っていた。だって一つとして平凡な話がないんだから。魔獣の時の話なんて何度聞いても本当に御伽噺のような話だし、私を助けてくれた話だってヴァンさんもアリスさんもモニカ王女も命をかけて私のことを助けてくれたことを知ることができた。
そうしていろいろな話を聞いていると、ふと気が付くことがあった。
ヴァンさんの話をするときのアリスさんが、本当に嬉しそうなのだ。
いくら非凡な人生だったとしても、ずっとそんな信じられないような話が続くと聞いている人も疲れてしまう。アリスさんがそんなことを考えているのかは分からないけど、真面目な話のあとには必ず、人間になってから体験したちょっと嬉しかったことを話してくれる。真面目な雰囲気とは打って変わってユーモアたっぷりな話でその話を聞く時間も大好きな時間だ。
そんなアリスさんが体験した嬉しい話、そのほとんどがヴァンさん絡みであることはすぐ気がついた。
ヴァンさんに褒められたとか、ヴァンさんに助けてもらったとか、ヴァンさんは本当はいい人とか、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
もう私がこの家に来た時には、私はヴァンさんに恋をしていたと思う。たぶん。だから好きな人の話を嬉しそうに喋る女の子の姿は、正直あまり見たくはなかった。それでも、アリスさんは突然来た私を面倒見てくれる良い人だし、何よりその話の最中のアリスさんが嬉しそうなこと、ヴァンさんもアリスさんのことを心から信頼していること。後者はアリスさんとヴァンさんのやり取りを見ていれば誰だってわかる。若干ヴァンさんのことを気にかけている感じがあるモニカ王女だって気づいていると思う。
だから思い出も信じ合う心も足りていない私は、悩んだ末に強行手段に出てしまったのだ。
「(アリスさんも絶対ヴァンさんのこと好きだよね……)」
普段は勇気が出なくて聞けないでいた事だけど、これまでのことを考えれば彼女がヴァンさんのことを思っているのはほぼ確実だ。でも私も好きだ、そこを譲る気はない。だからいつか話を切り出そうとは思っていたんだけど、失敗したときの事とかを考えてしまって全然切り出せなかった。
そうして選んだのは先手必勝。アリスさんに話を聞く前に本人に直接アタックをしてしまうという暴挙。
悩んだら即行動がモットーの私だけど、今回ばかりは既にまちがいであった感が濃厚だ。
「(どう考えてもヴァンさんに迷惑だ。それにアリスさんは良い人とか言っておいてヴァンさんが絡んだ途端出し抜くことしか考えてない……最低だ)」
あぁどうしよう。もう言ってしまったことはどうしようもないし、いずれヴァンさんが帰ってくればどうやっても私はギクシャクしちゃう。だったらいっそ今のうちにアリスさんに打ち明けてしまいたい。でも絶対嫌われる。だって話を聞くだけ聞いて、思いを察した瞬間に出し抜いちゃったんだから。私だったらそんな人と同居なんてしてられない。
「どうしたの、悩み事?」
「うわっ!?」
自分の世界に浸って俯いていたら突然ブラウンのクルクルした髪が綺麗な女の人に覗き込まれてしまう。慌てて飛び退いたけど、考えてみればこの家には私とアリスさんしかいないんだった。
「ご、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど。いつもは話しかけてきてくれるころかなぁって思って覗いてみたら、なんだか悩んでいるように見えて」
「あ、いや大丈夫ですよ……少し考え事を……」
言ったあとで思わずため息をついてしまう。目の前の人が自分の叶う相手ではないことがありありとしているような気がしてならない。
「その……私でよかったら相談に乗りますよ?」
そんなことを言ってくるアリスさん。あぁもう、どうしてそんなに優しいんだろう。尚更こんなこと言えなくなってしまう。
……いや、言わなきゃダメだ。良い事にせよ悪いことにせよ悩んで即行動を選んだんだから、最後まで行動しきらなきゃダメだ。悪く思われたってそういうことをしちゃったんだから仕方がないんだ。
「あの……アリスさんは……ヴァンさんのことが好きだったり、し、しますか?」
――言ってしまった。もうアリスさんの顔も見れない。帰ってくる言葉も聞く自信がない。心臓がすごいことになってる。
でもやっぱりしっかり聞くべきだ。さっきから決心したように見せかけて何も決心できてないし、事態は着実に進んでいるんだから私もいい加減覚悟を決めなきゃ。
なんて自問自答のようなものを繰り返してまぶたを開くとそこには、あっけらかんとした様子のアリスさんがいた。おそらく顔面真っ赤の私とはまるで違って何事もなかったかのように無表情だ。
でも直ぐにアリスさんはいつもの笑顔に戻った。そして、
「え、えっと……好き、ですよ」
と呟いた。いつも通り、本当に嬉しそうな笑顔でそう言った。
「私てっきり、普段の会話で普通に気づかれていると思ってました。シェリルちゃんって案外ニブいんですね」
そして口元に手を当てて、また嬉しそうに、おかしそうに小さく笑うのだ。私はどうしていいかわからなくなってしまう。
「そ、そんなこと……いや、それより、私……アリスさんに言わなきゃいけないことが……」
「あ、私多分それ分かりますよ。シェリルちゃんもヴァンさんのことが好きなんですよね?」
「ひうっッツ――!?」
もう言葉が出なかった。言葉が喉で詰まるとこういう声が出るんだと初めて知った。同時に心臓が握りつぶされるかのような感覚を覚えた。
「あ、正解ですね? ふふっ、私は多分ニブくはないと自負しているので。私がヴァンさんの話をすると、ほかの話の時以上にシェリルちゃんが笑顔になるんですから、気付きますよ」
「あうあっ、あぅ、あ」
あぁ、やっぱりこの人には敵わないなぁって。
そう思ってしまいました。
■
昨夜のことを全て話すと、アリスさんは興奮しているようだった。
「すごいですねシェリルちゃん!! 私にはとても勇気がなくてできません!!」
「あの……怒ったりしないんですか?」
「怒るわけないじゃないですか!! 今の貴方の気持ちを一番理解しているのは私ですよ? どれだけ勇気がいる行動だったか……尊敬しちゃいますよ!!」
もう少しでもアリスさんを出し抜こうという考えがあった過去の自分に殴りかかりたい気持ちでいっぱいだった。胸が痛いのだ、自分の小ささに、胸が痛むんだ。
「だって……私は、誰よりも早くって、アリスさんがなんとなく好きなんだろうなって」
「私は普段の会話の通り、隠すつもりなんてなかったんですから。あわよくばシェリルちゃんにも協力してもらおうかなぁ、なんて思っていましたけど、話をすればするほど貴方もヴァンさんのことを好きなのが分かってきてしまって、あとは勇気がない私は何もできず、勇気があったシェリルちゃんが一歩前に踏み出しただけですから」
勇気があるかないかだけのお話、あとはおあいこねと。彼女はそう言ってまた笑った。随分と余裕があるのね……なんて前の私なら思っていたのかもしれない。だけど今ではそんなこと思うことすら恐れ多いくらいだった。彼女の優しい雰囲気に包まれて、そういう女の醜い争いではないことを痛感する。私の醜い塊のようなものが押し流されていく。
「でも一つ言っておくとね、ヴァンさんも相当ニブい人だから直接何かを言うくらいでは伝わらないかもしれないんです。だから私もタイミングを見てどうにか思いを伝えられないかと狙っているんだけど……勇気も方法もなくて」
「じゃ、じゃあ私の告白も間違った感じで伝わっているかもしれない……んですかね?」
「私はそんな気がしますね。でもシェリルちゃんの勇気は確実にヴァンさんに一歩近づいたと思います。これは私も黙って見ていられませんね……あ、でも何をすれば……シェリルちゃんは何かいい案ありますかね?」
あぁ、やっぱり勝てないなぁ。なんて――
――ちょっと情けなくて涙を拭いながら、それでも微笑んでしまう自分が何だか可笑しくて、今度は笑い泣きしてしまう自分がそこにいた。




