宵闇の話し合い2
「私、アルバイト先で聞いたんですけど……」
シェリルの話はこうだった。
王国軍の人たちはここ最近、他の村にもコボルト村と同じような要望書を出しているらしく、そのことを嘆く人々の話をたまに耳にするという。要望はだいたい似たような話で、作物の値段を下げることを要求したり、逆に上げろと要求したり。交易先までの話は出なかったものの、王国軍はコボルト村にだけ、そういう話を持ちかけているのではないということだった。
「ふむふむ、なるほどね」
「コボルト村を狙ったっていうわけでもない感じなのね」
ということはどういうことだろうか。王国軍はギルドとのイザコザもありながら、自分たちの国の農業を荒らしているのだろうか。いや荒らす意味がよく分からない。自分たちでコントロールしようとしているのか。でもだったらより良くなるようにするはずだ。態々貶めるようなことはしない。
「ふふふっ」
「うん、どうしたシェリル?」
「いえ、済みません。なんだか、夜にみんなで真面目に話し合っているこういう雰囲気、好きだなぁって」
暖かいお茶を淹れながらそんなことを言う彼女。分からないでもない。
決して十分ではない明かりでテーブルの周りだけが照らされていて、辺りは人気のない闇であって、真面目に話をしているのは自分たちだけ。この孤立した空間で話し合っているというのは、なんだかそこに自分たちがいることを証明し合っているような気分になって、気分がいいのだ。
みたいなことを偉い人が言ってた気がする。だから分からなくもない。
「もしかしたらなんだけど」
シェリルの持ってきたお茶を飲みながら、モニカが閃いたように顔を上げる。
「王国軍は農業をコントロールしているんじゃない?」
あーあ、モニカさん。王女ともあろうお方が怠け者のヴァンと同じ程度の思考力では先が思いやられますぞ。なんて言ったら僕の先が多いやられるから言わない。するとその選択は正解だったらしく、話が続く。
「でも、コントロールって言ってもプラトー王国の利益のためじゃなくて、王国軍の利益のためなんじゃないかって」
「プラトー王国の利益が王国軍の利益に繋がるんじゃないの?」
「そうとも限らないわよ。例えばそうね……コボルト村の場合、作物の値段を安価にして外国と交易させようとしていたわよね。ってことは、普通に考えたらその外国と仲良くなろうとしていると思わない?」
今までその品質ゆえにそれなりの豊かさがないと手に入らなかったコボルト村の農産物。それが安価で大量に手に入るとなれば、他国も喜ぶだろう。
「つまり……賄賂みたいなもの?」
「シェリルが言っていた価格の上昇は、他国の利益が小さくて村の利益が大きい交易を中止させるためって感じかな。友好関係に傷をつけたくない他国は自分から交易を切りたくないから、王国軍の力を借りて相手から切ってもらいたいとか」
「でも……そうまでして軍は何がしたいんでしょうか?」
確かに、そうなるとなんとなく村への行為は納得がいくが、そうするとその行為自体の意味がよく分からない。そうすることで軍にはどんな恩恵があるというのだろうか。
そういえば、前にモニカは勇者が他国から王国を守る存在である、みたいなことも言っていたな。王国を象徴する存在であり、勇者の脆弱さは国の脆弱さに繋がるみたいな話だ。外国が関係するとなると、そういう話も考えなきゃいけないのだろうか。
いやいや、もしそういった他国との関係強化を図るにしても、ギルド問題を起こしつつというのが分からない。だったらどちらかを解決してからの方が絶対良いし、そもそも最初にギルドに持ちかけたのは軍の方だ。ワザと事件をブッキングさせていることになる。
「ヴァン、なんか悩んでるってことは、大体の道筋はわかったけどそうなると辻褄が若干合わなくなってきて本当に自分の考えが正しいのか分からなくなってきてる感じ?」
「モニカも同じか。村の件とギルドの件が併発したのが意味不明なんだ」
「勉強会を開いた意味があったわね。思考のレベルが私に追いついてきてるじゃない」
「どうも」
僕らのやり取りを見て、シェリルが頬を膨らませる。自分も混ぜて欲しいようだが、どうやら僕たちの域まで考えが及んでいないらしく、もうちんぷんかんぷんといった感じだ。
そんなシェリルは思考の妙案ではなく、思考を助ける妙案を出すことで参加することにしたらしく、
「そ、そうだ!! ヴァンさん、モニカさん、こういうときこそボックスの出番じゃないですか!?」
なんて言ってきた。普段自分のなんでもないことを報告する道具だと思って使っていたから、そういうことに気がつかなかった。
「確かに、それはそうかも」
「よくよく考えてみれば、そういう時のためのボックスじゃない。私バカね」
三人でボックスを起動する。集団掲示板という、不特定多数の人物が書き込みを行うページへ行ってみる。そこなら各村での出来事が書き込まれているかもしれない。
■
数時間調べた結果、いくつかの村で同じようなことが発生していることがわかったが、結局それとギルドの関係性は分からなかった。ギルド掲示板は王国軍の誹謗中傷が多く書き込まれており、王国軍掲示板は王国軍本部のボックスからしか入れないようだった。
「済みません、結局あまりお力になれずに」
「何言ってるのよ。あなたから得た情報のおかげで選択肢が広がったんだから。仮定の段階ではなるべく可能性の幅があったほうが真実に近づけるってものよ。それじゃあね!!」
そう言って、モニカは深夜の街に消えていった。明日からはギルドや王国軍関係の場所へ聞き込みに行くことになる。考えの幅を利かせるために、僕も同行しなきゃいけないので気が重い。また罵声の嵐だ。
「シェリル、今日は付き合ってくれてありがとう。アリスも寝ちゃってることだし、シェリルも今日はもう休んだら?」
「は、はい。そうしようかな……あの、ヴァンさんは?」
「うーん、僕はもう少し調べたいからボックスを使おうかな。それか考えを整理するためにちょっと落ち着いて一眠りするかも」
「そう……ですか」
シェリルはそう言ったはいいものの、寝室に行こうとはしなかった。後ろで手を結びながらずっとたじろいでその場を動こうとしない。何か言いたいことでもあるのかな。
「あの、今日は村長を救って頂いてありがとうございました」
「え、あ、うん。その時もうあそこにいて見てたの?」
「はい、モニカさんと駆けつけたんですけど、相手が王国軍ということでモニカさんも出るに出にくい状況でヴァンさんが駆け出したので、モニカさんも助け舟を出す決心がついたみたいですよ」
国の細事にいちいち首を突っ込む訳にもいかないし、相手が王国軍ともなれば慎重になるのも納得だ。そのくせ、僕がピンチの時にはちゃんと干渉して来てくれるあたり、やっぱりモニカは信頼できる友人だなと思う。
「それで……その、なんというか、良いなぁと思ったんです」
「……良いなぁ?」
突然シェリルがそんなことを言う。良いなぁとはなんだろう。文脈から察すると……モニカの勇気があるところとか?
「はい、凄く正義感があって、あんなところで助けに入れるなんてって」
あぁ、やっぱりモニカの勇気があるところか。アイツは学生時代から男勝りなところあったからな、そういう点に関しては僕以上に男前だ。
「まぁね。昔からそういうところあったし、よく女の子が驚いてたよ」
「え、そうなんですか!! 羨ましいなぁ、その時も一緒にいたかったなぁ」
「でも今よりちょっと取っ付きにくいところはあったかな。今の方が全然話しやすいと思うし、大らかになったと思うよ」
「今の方が話しやすくて、大らか……」
なんだか随分とモニカに興味があるみたいだな。いや、でもそれもそうか。学生から王女に即位したんだもんな。学生時代がどうだったのか、王女になってどう変わったのか、王国の雰囲気が好きなシェリルにとってみたら気になるのも頷ける。
「じゃ、じゃあヴァンさん。今、私勇気出すので、聞いていて貰っていいですか?」
「え、う、うん。構わないけど」
勇気を出す? シェリルが? 今日のモニカの言動に感動して、学生時代からそういう面があったことが分かったから、シェリルも勇気を出す練習をするということだろうか。そもそもモニカを凄いなという目で見ても、憧れて欲しくはないんだよな。ああいう勝気なところはマネしないほうがいいと思うし。
しかし、事態はいつもの如く急変する。
「私、好きなんです!!」
シェリルの勇気は、突然僕の耳に飛び込んできた。今日何度も見たシェリルの赤面した表情、今日はもうほとんど終わりかけているが今が一番赤く燃え上がっているようだった。ふるふると震える両手を胸の前で抑えるようにして、覗き込むようにして僕を見るシェリル。その目はうっとりと揺らいでいた。
なんだこの可愛い女の子は。
普通にそう思った。そして同時に、僕は何か大きな勘違いをしているような気がした。
「あれ、まさかね……」




