宵闇の話し合い1
「今回問題とされる王国軍の異質な行動だけど……」
「おい勇者!! まだ死んでないのかッ!! 明かりがついているということは生きてるんだろ、そうだろ!? 死ねっ!!」
「……えっと、気を取り直して」
「うっわ、なんか話し声聞こえるんですけど。あれ、まさか勇者さんエア友達的な人と遊んでるの? それともお人形さんかな? キャッハー気持ち悪っ」
「……ヴァンさん、気にしないで大丈夫で――」
「――あぁ見れない、勇者かわいそうで見れない、でも見ちゃう!! あれ、カーテンしまってるぞ、生意気だな。あ、良いところにシャベルが。これで窓ごと」
ダンっと。モニカが両手を強くテーブルについて立ち上がる。もう見るからに顔が怒っている。まぶたを閉じて平静を装おうとしているのかもしれないが、眉間がぴくついているし、口元が笑っていない。もう修羅のそれだ。
急いでその怒りが爆発する前にアリスにサインを出す。アイコンタクトで了解を得たアリスは準備に入る。
「うっさ――」
モニカが溜めに溜めた怒号を屋根でも吹き飛ばそうかという勢いで放つ直前、アリスがモニカの背後から口元めがけて手を伸ばし、それをどうにか押しとどめる。
「ダメだよモニカ。ここで怒鳴ったらモニカが損するんだ。モニカ的にも僕の家に来るのはあまり良くないことだから最近では隠しているんだろ?」
「むぅぅ――うぅぅうぅ――んぐぅうぅ――!!」
「モニカさん、我慢です!! 辛いのはヴァンさんなんですから!!」
シェリルが本場の罵声を聞いて動揺しているのもどうにかしないといけない感じだが、それ以前に今日は大事な話をするんだ。さすがに邪魔者にはお帰り願わなくては。
僕は恐る恐る外に出て、その面々と対峙する。その中でなんだか楽しそうにシャベルを持って窓に襲いかかろうとしていた女性と目が合う。目が合うまでは有頂天かの如く楽しそうな表情を浮かべていたが、僕を見た途端泥でも投げつけられたかのような表情になる。そういう表情の気分なのは僕の方だ。
「あのぉ……今日だけは勘弁してくれませんか」
「…………あぁ?」
お、普通に無視されると思ってたら返してくれた。この女性はまだ言葉を返してくれるだけ良心的だぞ。
「今日はちょっと、込み入った用事がありまして」
「お人形さんとおしゃべりパーティかぁ?」
「まぁ……はい、そんなところです」
仕方がない。そういうことにしないと面倒なことになる。これでは僕が人形と会話する痛い人間に思われてしまうが、正直そう思ってくれて一向に構わない。むしろそう思ってくれれば人間としてのスタートにつける。今の僕は人間としてのスタートにすら立てていないからね。
「じゃあちょっとここでそのお人形さんと話してみろ」
「え?」
おかしいな、なんだかこの人やけに積極的だぞ。普段僕にこんな構う人いるか? 僕が気づくまで嫌がらせして気付いた途端死んだ魚の目になって帰っていくのが常だ。でもこの人は違う感じだ。対面してガンガン抉ってくる。
とりあえず、家の中にあったうさぎの人形を持ってきてみる。どうすればいいか分からないので手に持って対面してみる。
その瞬間、うさぎの人形の首が飛ぶ。解けた刺繍が弾け散り、それが何とは言わないが生き物から流れ出る生命の朱に見えなくもない。
「いやあったあああ!! クリーンヒット!! キャっハアァア!!」
投げナイフのようなものを手に持って愉悦に浸った彼女は満足げに帰っていった。ごめんよ、うさぎさん。君に罪はない。それにしても過激化してきているな。一歩間違えればサイコパスだ。
「……ああいう趣味の悪いいたずらはちゃんと怒ろう」
なんとなく、そう思うのだった。
■
「気を取り直して、今回の王国軍の問題行動について話そうと思うんだけど」
腕を組んで用意したボードを見つめて一旦固まるモニカ。しばらくして思い悩んだ表情になった彼女は、少し考えてもじもじする。
「その前に……なんだか本格的にやばいわね。アンタの件。その、なんていうか、辛かったら……力になってやれないこと……もないような、あるような」
今更何を言うかと思えば。あの惨劇を目の当たりにして多少の負い目でも感じたのだろうか。まぁだとしてもこの環境はそう簡単に改善されるとは思えないし、だったらこうして話し相手になってくれたり、頼りにしてくれるだけで嬉しいし、十分助けになっている。
「いや、今のままで十分だよ」
そういう諸々の気持ちを込めてそう言うと、モニカは少し残念そうに
「そ、そっか。なら、いいんだけどね」
なんて言うのだ。ううん、何がしたいんだか。
そんなこんなで話し合いが始まった。僕たち三人にとっては王国軍の問題行動は突発的な事件に思えたが、王宮の方ではある程度問題視されていたのだという。王国軍とギルドが絡む小さな問題が近頃多発しており、両陣営から関係回復の助けを求められているのだとか。
しかし、それに対する妙案が思い浮かばず、保留案件としていたとのだという。
「だって普通に考えてただの子供の喧嘩なんだもん」
「王国軍がギルドに本職を取られて……っていう話でしたよね?」
既に寝てしまったアリスに毛布をかけながら、シェリルが問う。
「でもさ、今更っていう話じゃない? だって王国軍がギルドに仕事を取られ始めたのって今に始まったことじゃないよね? なんで突然活発化するの?」
「それがよく分かんないんだよね。軍の最高司令観が変わったわけでもないから方針転換もない。ギルドがこれまで以上に仕事を食い潰しにかかっているなんてこともない。時期が謎なんだよね」
今まである程度王国軍も妥協していたのに突然動きを見せた。だからギルドもやり返し始めた。そうなると、始めの王国軍の発端が気になる。
「王国軍が最初に動き出したのっていつなの?」
「つい最近よ。小さな異変となるとそうね……ちょうどあなたが勇者になった頃かしら」
「え」
あれ、ちょっと待って。雲行きが怪しい。
「ヴァンさんが勇者になった頃から大人しかった王国軍が動き始めた。そして過激になり始めたのは最近……一方で最近のヴァンさんは」
味方であるはずの二人の視線が突き刺さる。あれあれ、ゲリラ豪雨の予感。
「えっと、勇者として自覚を持ち初めて、自分なりに認めてもらうためにボックスを始めてみたり、街中を歩いてみたり、僕も活発に活動しているけど」
うん? やっぱり変だ。合ってはいけない条件が合致し始めている。モニカの僕を見る目がだんだん細くなっていくし、シェリルは逆に挙動不審になって目を合わせてくれない。
「……僕のせい?」
「……一考の余地ありってところね」
「わ、私はヴァンさんのこと信じてますからね!!」
シェリル、今に限って君の視線が僕は信じられない。そんな赤面して目も合わせてくれないんじゃあ説得力ないよ。
しかしここで僕はあることに気がつく。ここで話題転換するとなんだか本当に当外人物みたいになってしまうけど、しょうがない。
「でもさ、今回の事件はギルド関係ないよね? 完全に王国軍が村に嫌がらせをした感じに思えちゃうんだけど」
「ギルドは関係ないけど、勇者はその場にいたよね」
あぁ、なるほど。僕を本線として考えていく方向性なのね。オーケーオーケー。
「っていうのは冗談だけど、確かに今回はギルドが関係しないのよね。今まで報告があったのは基本的にはギルド絡みだし、それ以外となるとホントに小さな異変だからそこまで調べるとなると相当大変になる思うんだけど」
二人して今回の事件がよく見えなくなってしまっているとき、少し静かに考え込んでいたシェリルが思い切ったように手を伸ばす。
「あの、ちょっと気になることがあって……」




