不可解な要望
凛とした彼女の声がこれほどまでに聴きたかったのは何時振りだろうか。いや、初めてかもしれない。
振り返った先にはモニカの姿があった。スタッフを構えて今まさに魔法を撃ち終えた彼女は気品に満ちた足取りで僕の前までやってくる――
――途中でつまずく。
「…………」
あまりに気まずい空気が立ち込める。つまずく瞬間「ひゃっ」と思いがけず感満載の言葉を漏らしてしまった彼女は、ワザとよ、とか、場を和ませるため、といった言い訳を述べることができない。無情だ。
「コホン」
結果、咳払い一つかましてまた歩き始めたモニカ。ようやく僕とリーベル中尉の前に立ちはだかると、さすが王女。さっきのことなんて微塵をなかったかのような立ち振る舞いを見せる。
「リーベル中尉、これはどういうことかしら」
「これはこれは、モニカ王女。ご機嫌麗しゅう」
「麗しくないわよ。今私が止めなければ貴方達はこの勇者と村長を殺していたわよね?」
「えぇ、総司令官の命令に背く存在であったので」
「その総司令官の命令っていうのが私にはよくわからないのだけれど」
「それはそうです。モニカ王女には報告しておりませんので」
その言葉に、モニカは勢いよくスタッフを突きつけ中尉に牽制する。
「いい加減ふざけるのもやめなさい。なんで総司令官ともあろう人間の命令が私の耳に入っていないのかしら」
ここは世界で唯一王国の名乗ることが許された国だ。そんな王国ではその国の王が全面的に国を治める。よって王は唯一無二の絶対権力者となっている。それは例え王国軍総司令官であったとしても、王国に保有される身であり、王の下の存在なのだ。
という話もこのまえモニカに聞いた。
「一字一句伝えられたら王女様もさぞ煩わしいでしょう。それに王女様はお国の問題でとても忙しい思いをしていると聞きました。少しでも面倒事は押し付けないようにと思った所存ですよ」
モニカのスタッフなど意にも介さないで饒舌に語るリーベル。さっきまでの殺意の威圧もどこへやら、決して崩れない無表情もどこへやら、柔らかな笑みを浮かべる目の前の男はまるで別人だった。
「余計なお世話ね。軍に心配されるほど切羽詰ってないわ。いいから早くその命令とやらを教えなさい。本当に勇者と村長をこんな目に遭わせる必要があったかどうか、判断してあげるから」
「お言葉ですが、王女様。勇者はいきなり我々に斬りかかって来たのですよ? 明らかに勇者の方に問題があるのでは?」
「え、何を言っているんだ。僕は村長に斬りかかろうとしたのを見て止めに入ったんだ!!」
「勇者も勇者です、相手は王国軍ですよ。不用意に剣を交えたらどうなるかぐらい想像がつくでしょう」
ぐぅ……人前のモニカに説教を食らうと何も言い返せない。村長を守るにはこの方法しかなかった、とも言えなくもないが、それでもいきなり部下三人を吹き飛ばす必要はなかったのかもしれない。
「でも……命を顧みずリスクを顧みず、村長の前に飛び込んだことは賞賛に値すると思うわ」
見下ろす形で僕を見るモニカの顔は、嬉しそうに微かではあるけれど笑っていた。どうやら、村長のために体を動かし地を駆けたのは間違いではなかったようだ。
「では、お二人共仲良くお話ください」
そんなやりとりをしているうちに、リーベル率いる王国軍はいつの間にか随分な距離を歩いて去ってしまっていた。後ろ手で呑気に手を振るリーベルがまた腹立たしい。
「あ、クソッ、逃げられた!!」
「モニカ、人前人前」
獲物を逃した動物のような眼光で唸るモニカに小声で告げて、咳払い一つで空気を一回整える。アリスとシェリルに村人の混乱を鎮めて貰っている間に、村長のもとへ足を運ぶ。
「村長、大丈夫でしたか?」
「いやいや勇者殿、本当に助かった。どうもありがとう」
「いえいえ、お怪我がなくて本当によかったです」
「村長さん、さっき軍の人から貰った要望書を見せてもらってもいいですか?」
モニカが問うと、村長は先ほどリーベルから受け取った一枚の紙をモニカに渡した。一応公的な文章で綴られたそれには随分と横柄なことが記されていた。
「作物の値段調整に、交易場所の指定……のようですね」
そこには、まず第一に作物の値段を下げるように、と書かれていた。現在の取引価格のおよそ半額以下というあまりにふざけた要望である。これでは採算をとるどころか商品の劣化すら暗に示すような値段だ。
次に、交易場所の指定。これはこの作物をどこと取引するかという問題である。今までコボルト村は国内を中心としつつも、国外の近隣諸国とも交易していたというのは何度か耳にした話だ。ここでの要望は、その今現在交易している国との交易を全部破棄し、ある外国一国に限って交易するように、というものだった。こんな要望も到底飲める話ではない。
「作物の値段の件はともかくとして、この交易場所の指定【ペングスト】という国に指定されていますが、何か心当たりはありますか?」
「……いや、私共は一度も交易したことのない国ですね、聞いたことがない」
「……少し、お話いいでしょうか?」
その後、アリスとシェリルに引き続き村人の事を頼みつつ、モニカと僕で村長宅で心当たりはないか話を聞いてみることになった。
しかし、村長に心当たる節はなく、村人が関わっているという感じでもなさそうだった。王国軍がやって来ることも不可解、王国軍の要望書も不可解、本当に意味の分からない事件だった。
村を後にし、四人は一旦僕の家に集まった。アリスとシェリルが適当なご飯を用意して、それを無言で平らげて現在に至る。えも言われない不安感が四人を包んでいるようだった。
「アリスとシェリルはお疲れ様。おかげで混乱した村の人たちが暴れるようなこともなくて、本当に助かったよ」
「いえ、私が住んでいた村の危機だったんです。なんとかヴァンさんと村の助けになれないかなって思っていたので力になれてよかったです」
「それにしても、なんだったんでしょうか。よく分かりませんでしたよね」
突然王国軍がやってきて、自国の村に悪条件の要望を突きつける。確かに意味が分からない。態々自国の農業に痛手を与えるような条件をなぜ王国軍は要望したのだろうか。
「私が知っていることもなるべく話すわ。だからちょっとみんなの頭を貸して頂戴」
月が美しい晩、勇者である僕の家では王女を交えた話し合いが催されることとなった。




