怪しい動き
ヴァンとアリスが見た光景を、同じくモニカとシェリルも見ていた。
収穫した作物を洗って干したり、病気なんかで食べられそうにないものを取り除く選定作業を終えて、ひと段落していたところだった。
夕焼けをバックにやってくるその存在、およそこの自然の風景にまるで調和していない憮然とした格好の面々は、モニカにとって見覚えのある相手であり、同時に今問題視している対象でもあった。
「王国軍がどうしてこんなところに……?」
「えっ、王国軍って!?」
モニカの口から出たその名を聞いて、村に迫る彼らの正体を理解したシェリルも驚愕する。この間、モニカが勉強会と称して王国の今を語ってから数日、シェリルにとってもまだ聴き馴染みのある言葉だった。
「あの服装は間違いない。でもなんで……王国軍がこの村に用なんて」
「これは一体どういう状況なんでしょうか? 私たちの村、何かしてしまったんでしょうか?」
「いや、そんなことはないはずよ。私は何も聞いていないもの」
努めて余裕を表現するように、笑顔でシェリルに語りかける。しかし、今の現状が全くわからないのはモニカも同じであり、それ以上に最近の王国軍の問題がチラホラ聞こえているあたり、なにか嫌な予感がしてしまうのだった。
「とにかく行ってみましょう」
モニカとシェリルは、ふわふわと漂うような感覚を覚えつつ、駆け出した。
■
「私は王国軍中尉のリーベルだ。今日はお前らの村に話があってきた」
武装した部下十数人を連れてやってきたリーベルと名乗る若い青年は、その場に集まった面々を見渡して、村長である人物の前に近づく。
「えっと、これはどういう状況なんだ?」
「私にもわかりません……」
偶然合流したアリスと小声で話し合う。
なんだか仰々しい奴らが村に迫っていたので、何事かと思って来てみた訳だが、話によれば彼らは王国軍だという。王国軍といえば、この前モニカが話していた王国が保有する軍のことだ。最近では専らギルドに本職を取られてしまっているなんて話を聞いたが、そんな王国軍がコボルト村に何の用だろう。
「貴様がこの村の村長か?」
「は、はいそうです。私が村長ですが」
「時間がない、端的に話すぞ。今お前らの村が作っている作物、それらをどの国のどの地区とやり取りしているのかを教えろ」
「えっと、それはどういった意図で……」
「いいからすぐに教えろ」
随分と愛想ない中尉殿の言葉に気圧され、村長はせこせこと書類を持ってきて中尉に手渡す。それを中尉は部下に手渡し、凄まじいスピードで読ませる。やがて読み終えた部下が中尉に告げる。その内容は聞こえなかったが、中尉はそれを聞き終えると表情ひとつ崩さずに、
「いいか、一度しか言わないぞ。今行っている交易、商談を全て破棄し、こちらの要望書の通りに交易を行うこと。以上だ」
「ちょ、ちょっと待ってください。どういうことですか、理由を説明してください」
「王国軍総司令官からのご命令だ。それ以上無駄口を叩くと貴様の命はない。それだけは教えてやろう」
「そんな……」
嫌々、その書類に目を通した村長は目を疑っていた。内容は分からないが、相当酷い要望なのかもしれない。
「こ、こんな要望聞き入れられるわけが――」
「――ふん。おいこのジジイを殺せ」
まるで反射的かのように、リーベル中尉の命令を聞いた部下の数名が刀を鞘から抜いた。それは模造刀でもなんでもなく、完全なる本物の、人を斬る道具のようだった。つまりこれは脅しでもなんでもなく、本当に殺すという意味らしかった。
刃が夕日に照らされて怪しく艶めいたとき、辺りは騒然となった。村長は腰を抜かし、周りの村人たちも怒号や悲鳴が入り混じった叫びのようなものを発し、ほんの一瞬でその場が混乱に満ちてしまった。
僕は何がなんだかさっぱり分からないでいたが、その異様な光景を目にした途端に勝手に体が動き出していた。
「あ、ちょっとヴァンさん!?」
空を切るように低い姿勢で駆け出し、脇に差した剣に手を添える。今にも村長に飛びかかろうとしている部下は三人。皆上段に刀を振りかぶり、笑みすらこぼしているように見える。
しかしこれ幸い、相手は無防備な村長が相手であることで、余裕に満ちた隙だらけの剣戟で襲いかかろうとしている。初速も遅ければ、加速もない。恐怖を与えるだけのムーブ。これなら僕でも御しきれる。
間一髪村長と刀を抜いた男たちの間に入り、僕は一気にその場で足を止め踏ん張る。そのまま横滑りしていく力を腰のひねりに変換し、手をかけた剣をここぞとばかりに抜刀する。鞘から引き抜かれた僕の剣は優雅な円弧を描いて風を斬る。その切っ先が肉を捉えることはなかったが、代わりに凄まじい速度で空気を活断したことで部下三人のがら空きの腹部に猛烈な衝撃を叩き込む。
結果、三人の部下は上下左右にパランスを崩され、思いもよらぬ方向に倒れ伏してしまう。
これでも僕だってそれなりの場数を踏み始めている。このくらいならできるのだ。それでも国内ではキモいと言われる性だが。
「貴様……何をしている」
気付けば、僕の目の前には部下ではなくリーベル中尉正しくその人が立っていた。
「あれ……リーベル中尉殿、先程までご観覧していたはずじゃ……」
「そんなことはどうでもいい。お前は今なにをしたのかわかっているのか?」
強面の表情からは、今現在の彼の心境を読み取れるだけの情報がまるでなかった。ベースが怒った表情なので、今怒っているのか、それとも喜んでいるのかまるで分からない。
「お前は今、王国軍に武力を行使したんだぞ? 何をしたか分かっているんだろうな?」
そんなのは分かっている。でもお前らが村長にいきなり刀を抜くのが悪いんだ――
――なんて言えない。
「い、いやぁ……なんか突然物騒なもの取り出して村長に襲いかかろうとしていたものですから、つい」
「……よかろう、時間もないことだ。私が直々に村長とお前を殺してやる」
……あれ、これ思ったよりやばい?
瞬間、身の毛もよだつとはまさにこのこと、感じてはいけない、生きている上で感じてはいけない類の殺気を浴びて腰が抜ける。恐る恐る見上げると、そこには黒いオーラのような、いや、もはや蒸気のようなものを漂わせるリーベルが立っていた。まだ腰と背中にかかっている剣を抜いたわけでもない。それなのにこの殺気、完全に殺される。
ここまで殺されるかもしれないと感じたのは、レベッカの一件以来だ。
なんて冗談な思考も今では先が続かない。なんてこった、これは本当にやばい。多分アリスもこの殺気を感じてはいるだろうけど、元魔獣ということもあって、感覚は敏感なはず。能天気な俺でもこの有様なのだ、アリスは完全に硬直してしまっているだろう。
というか、相手は王国が保有する軍だ。抗えばこうなることぐらい想像に難くなかったはずだ。何してんだ僕!!
でも村長を守れたことは誇らしい。初めて勇者らしい一面を見せることができた。村人に。肝心の国民には見せられいていないことがまた辛い。
なんて考えている内に、リーベルは脇差に手をかけてしまっている。ああもうこれは秒読みだ。マジで逝っちゃう五秒前だ。
その時だった。
泡が弾けるような音が、遠くの方で聞こえた。その音はだんだんと大きくなっていき、やがて僕の前で弾けた。
その衝撃で少し後方に飛ばされ、リーベルも衝撃を浴びたようで右手で顔のあたりを守っていた。一体これは……
そこに聞こえきたのは、今一番聞きたい声の持ち主だった。主に権力的な意味で。彼女なら中尉殿を追い返せるかもしれない。主に権力的な意味で。
「王国軍がここでなにをしているのかしら?」




