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前兆1


 晴れ渡る青空の下、コボルト村は今日も賑やかだ。農作業に勤しむ老人は笑顔で汗を流し、村一番人気の酒場で働く娘は店の準備で忙しなく動き回る。村の入口で香る甘美な蜜は風に乗って数多の動物に癒しを届け、牧場で呑気な欠伸を浮かべる家畜は見ているだけで時間の経過が遅れているような気になる。


「いやぁ、今日もいい天気だ。コボルト村は平和だなぁ」


「気持ちいいですねぇ……」


「気に入ってもらえて良かったです!!」


 僕たちは三人揃ってベンチに並び、コボルト村ののどかな風景に心を癒していた。一緒に来ていたモニカは村長に挨拶に行った。その間僕等は休憩中というわけだ。


 今日は僕ら三人でシェリルがお世話になったコボルト村の手伝いをすることになっていた。というのも、村から依頼という形で村に遊びに来ないかという誘いが来ていたのだ。ただ遊びに行くのというのも手持ち無沙汰なので、どうせなら農作業の手伝いをしようかという話になったのだ。丁度家に来ていたモニカも何故か一緒に来ることになって、現在に至る。


「何も全員来なくてもよかったのに」


「村出身のシェリルさんはもちろん、モニカさんは確実について行くじゃないですか。そしたら私一人になっちゃいます」


 アッシュの入った髪を小さく弄りながら俯く少女は尊重の家から出てくるモニカを眺めていた。風にたなびく銀髪は一本一本の作りが非常に繊細でその隙間を縫うようにして差し込む光がより一層の輝きを放つように見える。光が髪に反射しているからだろう。


「モニカさん……最近王女として威厳がより一層漂っていますよね」


「そうか? さほど変わらない気がするけど」


「私もあんまり変わったようには思いませんよ? シェリルさんは最近来たばかりなのによく気がつきますね」


「なんというか、バイトしている最中にいろんな人を見るせいですかね、人の変化には目ざとく反応するようになってしまったみたいです」


 三人揃ってモニカを眺める。本人は気づいてない様子で村人の働きを眺めながら落ち着いた様子で歩いてくる。


 確かに、よく見ているとそんな気もしないでもない。容姿がどうとか、振る舞いがどうとか、そういうことは分からないのだが、漂うオーラというか雰囲気というか。王女の品格というものが彼女から溢れているような気がする。普通、品格というのは行動や口調などから感じ取るものだが、黙っている姿をただ見つめているだけでも伝わってくることがある。しかし、その場合溢れ出るほどの圧倒的な品格が必要になってくるのだが、何だかモニカは既にその度合いに達してしまっているようにも思える。最近は王女の仕事が忙しいのか、顔を見せることも随分少なくなったように思う。


「モニカさんは、前王女の令嬢か何かで、最初から次期王女候補だったんですか?」


 突然思いついたようにアリスが尋ねてくる。


「うん。一人娘だったはずだから確定だったんだよ。前の王女様は体が弱かったみたいでほとんど国民の前にも姿を見せなかったし、国民の殆どが知らないうちに亡くなってしまっていたんだ」


「そうだったんですか、通りで村でも前王女の話をあまり聞かないわけですね」


「モニカも前王女から先がさほど長くないのは聞いていたみたいで随分若い時から王室の仕事を手伝っていたみたいなんだ。ああ見えて結構苦労人なんだよな」


「ああ見えてって、どう見えているんですか?」


「…………ノーコメント」


 まさか、この雰囲気で未だにちょっとだけ勇者指名を根に持っているなど言えるはずがない。


「ちょっと、何かよからぬことを話していなかった?」


 いつの間にか目と鼻の先までやってきていたモニカが怪訝な表情で尋ねてくる。その表情は自分の噂をしていたのではないかと疑っているようだった。


「良からぬ事ではないよな、なぁ!?」


「はい、全然!! 寧ろ良い事ばっかり話していましたよ!!」


「はいっ、それはもうモニカさんの良いところばかり――」


「私の……?」


 シェリルが言い終えて直後、ハッとしたシェリルと同時にモニカが睨みを利かせる。まるで牙を向けられた小動物のように怯える彼女にモニカはさらに言い寄る。


「私のどんなことを話していたのかな?」


「え、えっと、それは……」


「王女の威厳についてですよ!! 最近モニカさんは王女らしくなってきたなぁ……って!!」


「それは、またまた取ってつけたような理由ね」


 モニカの反応にぎょっとするアリス。折角助けに入ったというのに何一つ助力することができないまま獲物の一人とされてしまったアリスは助けを懇願するような目でこちらを見てきた。


「……ごめん、既に僕も獲物の一人なんだよ」


「ヴァンさん……」


「ゆっくり聞かせてね」


 語尾に星でもつきそうな無理やりすぎる高い声が僕の耳に届いた時、冗談でも何でもなくモンスターと対峙した時と何ら遜色ない寒気を感じた。


 ――その後どうなったかは言うまでもない。






 ■






 モニカの事情聴取兼尋問が終わったのは丁度村人の昼食が終わった時間だった。僕はとにかくその場から逃げるために昼食も口にせず村の端のほうにある畑へと駆け出した。後ろを振り返ることはしなかったが、どうやらアリスもシェリルもそれぞれモニカの元を後にして散り散りに散っていったようだ。


 僕が向かった畑は既に作業が再開されており、新たな作物を植えるために畑を耕し直しているところだった。


「すみません、午後からは僕もお手伝いします!!」


「いやいや、勇者様はずっと休んでいていいんですよ」


「そうもいきませんよ……なるべく国民に貢献して実績を上げていきたいんですよ。ここは一つ、僕に投資する感覚でお願いします」


「そう……じゃあ、お願いしようかな」


 ここの村人たちは本当にいい人だと思う。こんな僕にも活躍の機会を与えてくれるのだから。王国内だったら視界に入っただけで『消えろ』という意思が溢れた視線を浴びるというのに、ここでは尊敬や希望の念を強く感じる。ここまで優しい労いの感情はもうここでしか感じられないんじゃないだろうか。


「僕は何をすればいいですか?」


「じゃあ一緒に耕してもらえるかな。そこにある農具を使っていから」


 言われて、腰掛けに置いてある鍬を手に取る。思ったより重く、普段使っている片手剣より圧倒的な質量を感じる。ふと目をやると、視界に入るだけでも数十人の村人が各々の畑をその鍬で耕している。大きく頭上に振りかぶり、力いっぱい振り下ろす。その単純作業を幾度となく繰り返す。


「……もしかして、僕より強いんじゃないかな?」


 僕も自分の位置に着いて鍬を振りかぶる。頭上に振り上げただけで自分の体の制御が効かなくなって、足元がおぼつかなくなる。そのまま反り返って倒れそうになるのを申し訳程度の腹筋で堪えて前方に振り下ろす。全く見当違いのところに突き刺さった鍬を見て、村の人たちは優しい笑顔で反応した。


「ウチの農具は遅れていて重くて扱いにくいのしかないんですよ。でもみんなこっちに慣れちゃっていて」


「……全然、だ、大丈夫、で、です、よ……はぁ、はぁ」


 息を荒げたやっとの反応は村人に対して強がりという形で伝わったようだった。ひ弱な僕に暖かな眼差しを向けて、作業に戻る人たちの姿はとても逞しく、力強かった。


 こんなことではダメだ。こういう小さなところから貢献していかないと。


 僕は鍬を握る手に力を込めた。

 振りかぶり、振り下ろす。

 振りかぶり、振り下ろす。


 その単純な作業を横に移動しながら何度も何度も繰り返す。

 途中、三度も尻餅を付きながら。

 見当違いのところに刃を突き刺しながら。

 その度何度も村の人々に励まされながら。


 僕は生まれて初めての農作業を全力で勤めた。




 気がつけば、既に太陽は悠然とそびえる山々の影に隠れながらその姿を沈めていく真っ最中だった。山の方の空は朱く燃え、僕らの真上は既に濃淡のある青々とした色で染まっていた。


 そういえば、さっき村の人にそろそろ切り上げて夕御飯にしようと言われたっけか。

 思って辺りを見回してみれば、ほとんどの人がもう後片付けに取り掛かっていた。


「今日ももうおしまいか……最近なんだか一日が早い気がするなぁ」


 怠けてきっていた頃は一日がすごく長く感じていた。本を読んだり寝ていたり、それなりに楽しい毎日ではあったが充実していたかと聞かれれば答えは否だったと思う。


 空のコントラストの美しさと仕事終わりの達成感、ダブルパンチで満たされた心とは対象的にお腹の都合は圧倒的窮地へと追いやられていた。


「うぅ、腹減った。今日はクエスト以上に働いたからな……。今夜は気持ちよく寝られそうだ」


 布団に潜り込む幸せに思いを馳せながら鍬を担いで道具置き場へと向かおうとしたその時、環境音とはひと味もふた味持ち合う無機質な音が背後から忍び寄ってくるのを感じた。


 しっかりと揃った連続的な乾いた音、布が擦れ合うような摩擦音、それらが相まって何か奇妙な不安を抱かせる聞き覚えのない音となって辺りに響き渡る。


 僕はその音に反射的に手が片手剣の柄を掴んだのを確認した。確認した時点では既に抜刀できる状態であり、自分の反射神経に驚くと共に、その反射神経が働いてしまっている現状に違和感を感じざるを得ない。


 夕日の明るさで輪郭しか捉えることができないその音を発する正体に、僕は角度を変えながら早く目を慣らそうと努力する。

 

 そうして、ようやく見えてきたその姿は――。


「……あれって、もしかして――」

 


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