王女の悩み
ヴァン達が謎めく会話の事実を紐解いている最中、王都王宮では緊急の会議が執り行われていた。
その場にいる全員を取り仕切る席には、王女モニカが毅然とした姿勢で鎮座しており、その周りを王宮の中でもそうそうたる面々で囲み、会議室は異様な空気に包まれていた。既に議題は上がっており、その内容のせいか、皆表情は暗い。
「ここにきて突然の事態推移ね。何かあったの?」
「いえ、事前に何かがあったという事実は確認されていません」
モニカは大きく溜息を吐く。今までは抜かりない采配で王国を先導してこれたと自負してはいる。しかし、それは国内で問題が生じなかったからだ。大きな問題どころか、小さな問題すらも起こっていないはず。だが、ここへ来て問題が生じた。それも、かなり不穏な雰囲気の、だ。
王国内の規律を守る軍隊、王国軍。ロストリオンにその拠点を置く王国軍に、近頃不穏な動きが見られているのだ。夜中、パトロールコースを外れ住宅街の路地に消えていったり、普段は通らないコースで巡回したり。また、日中には身元が不明な人物の出入りが王国軍本部にて確認されている。他にも、国民の報告は数々寄せられ、ついにその事態の収拾に当たり始めたのがつい最近。そして、有力な手がかりを得られないまま訪れた今日、新たなお願いが寄せられたのだ。
それはなんと、王国軍から。
「ギルドの王国軍に対する嫌がらせが激化しているように思う。王宮の方でどうにか対処できないだろうか」
という旨の報告。
事態の緊急性を鑑みた結果、緊急の会議が執り行われたのだ。
「ギルドの嫌がらせとは、具体的にどんなものなの?」
「主に、王国軍の業務を間接的に妨害するようなものらしいです。嘘の通報をしたり、民間からの依頼を装って王国軍の仕事を勝手に請け負ったりと、怪我人がでるようなものではないようです。現場で規律を破っているわけではないため、王国軍ではどうしようもないとのことです」
「何それ。単なる喧嘩みたいじゃない。そこまで急を要すること?」
「ええ、私共もそこまで緊急性が高いと考えているわけではないのですが、曲がりなりにも王国を担う二大勢力。その二つが正しい働きを行えていないという状況は、さすがにこちらから手を下す必要があるかと」
「まぁ、王国軍とギルドといえば、その仕事内容から幾度となく反発しあってきたところだし、そうなることは半ば仕方ないとは思うんだけど……確かに、どちらも正常でないとなると国民に示しがつかないわね」
ため息がてらに手元の資料に目を通そうしたその時、突然会議室の扉がノックされ、一人の使用人が部屋に入ってくる。
「報告です、ギルドより通達が!!」
「いいわ、そこで話して」
「はい、ギルドより『王国軍の妨害行為、その度合いが日を重ねるたびに悪化しているように思う。王女様のお力にて、御配慮頂きたい』とのこと」
「「「「「…………」」」」」
「……子供の喧嘩、ね」
静寂を破るモニカの声に、会議室の面々は皆頭が痛そうに表情を歪ませる。会議の内容を知らず、ただ報告を伝えに来た男は何が何だか分からずその状況に飲まれそうになっていた。
モニカはその男に下がるように言い渡し、会議を再開する。
「で、この不仲な子供たちをどうすれば仲良くできるか、っていう話になるんだけど……」
「モニカ王女が直々にお言葉を言い渡すことが一番の近道かと」
「それはもう何度も試しているけど効果があった試しがないでしょ? 現に陰でこっそり続いているわけだし、もっと強い影響を与えることじゃないと」
「では、王宮の者を遣わせ、厳罰処分をくだしては」
「あぁ、処分はマズイ。ギルドは現在手一杯で人員を欠くわけには行かないし、王国軍はその性質上処分にすると国民に影響が出て、それが王国の揺らぎにつながり、やがて王国の騒乱になりかねない。だから処分はまだやりすぎかな」
「と、なりますと……」
打つ手がない――
その事実を口にする者は、この会議室にはいなかった。
もっと大きな問題を起こしているのならば、処分も十分にありえる。しかし、事の大きさから処分というのは釣り合わない。幾ら事態を収拾したいからといって不当な裁きを下すわけには行かない。かと言って、軽い注意では効果があるとは思えない。裁量の難しさ、モニカにとってこの問題この解決はかなりの難儀を強いられ
ることになりそうだった。
「とりあえずは、まだ様子見といったところかな。無理に急ぐ必要も――」
「いや、待ってください!!」
力なき声で会議が終了しそうになったその時、一人の執事兼国策業務係を務める男が意見を放った。
「確か、王国軍最高司令官はその権限でかなりの優遇が効くのでは……」
「ま、まぁそれはそうだけど……何もそこまで危険視するほどのことでもないんじゃない? 私が権力の誇張をするわけじゃないけど、結局のところ私には逆らえないわけだし……」
「それはそうですが、もし王国軍がギルドに都合の良いように権力を振るいかざす様なことになれば、かなりの大事になってしまうのでは……」
「そんなこと……そんなことしたらどうなるかぐらい王国軍最高司令官なら分かるでしょ!? それに、そこまでする程の状況にはとても思えないんだけど」
「まぁ……そう言われれば、そう、ですね」
少し腑に落ちないように言葉を濁しつつ、男は席につき直して沈黙を取り戻す。
「……事態が悪化しそうな時は、それ相応の判断を下すわ。取り敢えず、今は様子を見る時期。各自、観察は怠らず報告は逐一私に報告して!!」
「「「はいっ」」」
■
会議終了後、モニカは自室に戻ってもベットに潜らず、些か豪華すぎるようにも思える専用の椅子に身を任せていた。王国軍とギルド、確かにこの二大勢力の不安定な状況は早急に改善しなくてはいけない。しかし、事態の進行度はまだまだ未熟であるように思える。まだ私が王女として未熟が故の見解というわけではないはず。モニカは自分の采配に自信を持っていた。
しかし、それでいて心の内は不穏な雲行きだった。
何か良くないことが起こるような、そんな予感。
国の王たる女がそんな不確かなことで動くことなど、あってはならないこと。だからこそ、現状を省みて今すべき判断を下した。彼女もそれが最善だったと思っている。でも本音を言えば、どこか胸騒ぎがあることは否定できない。
王国軍最高司令官の話が出たとき、素手で思い切り心臓を握られたような感覚を覚えた。胸の内を見透かされたような言葉、驚きを隠すのに凄まじい労力を使った。しかし、やはりそれも憶測に過ぎない。現状から考えれば、そこまで考えて行動するのは間違っていると思ったのだ。
別に女のカンがどうのこうの言うつもりはないけれど、今だけはそんな噂話を信じたくなる気持ちでいっぱいだった。
「落ち着け……私は最善の行動をしたはず、何も悔いることはない……」
何度も何度も言い聞かせる様に、胸を撫で下ろす。落ち着きを取り戻すように、深呼吸を繰り返す。
「…………」
そして――。
「……さっきのあの執事、一回部屋に呼んでみようかな」
拭いきれない不安に、モニカは長い今夜、ずっと苦しめられることとなるのだった。




