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噂話

「ありがとう、お爺さん。またお金が貯まったら遊びに来るね」


「防具を買う気がないなら来なくていいんだがな……」


 相変わらず圧倒的に優しいお爺さんとつかの間の談笑を楽しみ、僕は防具屋を後にした。


 自宅への帰路、僕は周りが囁く僕への悪口など耳に入らないまでの集中力を発揮していた。専ら、考えることは模擬戦のこと。


「あれは……一体なんだったんだろう」


 あれから数日経った。結果から行くと僕達王宮チームは模擬戦に勝利した。ドラケットが同級生との決闘(タイマン)で負けるのは初めてだったという。

 モニカに聞いても凄まじい動きで相手を圧倒していて言葉も出なかった、と喜ぶばかりで詳細なことは知らないようだった。


 他にもアイナや、士官学校の見物者に罵声を覚悟して聞いてみたものの、やはり常識を逸した動きでドラケットを凌駕していたと、ただそれだけの情報がこれでもかと聞き出せただけだった。


 まぁそのおかげで、学校の人たちからのイメージが少し改善されたっぽかったのでそこは良しとするのだが。


 やっぱり、ドラケットに勝った瞬間には疑問の念が消えない。

 あの時僕に一体何が起こったのだろう。

 自分自身では、通称『無欲の世界』に没入することを恐れ、元の世界に感覚と意識を戻すためにもがいただけ。剣を振るうどころか、視界すら闇だったのだ。もちろんドラケットを制した覚えなどこれっぽっちもない。しかし、現実としてドラケットは跪き僕は戦いに勝利していた。


 さらに、僕が僕の手でドラケットをねじ伏せるところを他の人々が見ているということから、ドラケットの自演やモニカの援護という可能性も消える。ということは、やはり僕が僕自身の手でドラケットを倒したということになる。


 では、意識も感覚もない状態でどうすればドラケットを倒せるというのだろうか。唯でさえ僕より数段強い相手、それをさらに窮地に追いやられた状態で巻き返す、そんなことあり得るのだろうか。


 だんだんもう何がなんだかよく分からなくなってきた。


「記憶の欠如……だとしても勝てている事実が説明不可……じゃあ火事場の馬鹿力、でも意識と感覚の欠落が説明できない……」


 ここまでくると、もはや超常現象だったのだろうかとしか考えられなくなる。


「まさか……僕って選ばれし勇者――」


「んなわけないだろ、しねよ」


 辛辣な一言とともに現実世界に引き戻された僕は、今の今までも考え事で意識や感覚がなかったことに気がつく。


「あれ、待てよ。もしかして今もあの時の状態に似てたのか?」


 無意識無感覚、その点に関してはこの前と一致する。というか、考え事をしたり、何かに集中していたり、ましてや寝ている時でさえそれは当てはまる。ただし、あの瞬間というのは決まって心が落ち着き始め、なんとも言いがたい『無』の世界に浸るのだ。その感覚がない限り、無欲の世界に没入しているとは言えない。


 でも、そう考えると寝る瞬間というのはどちらの条件にも当てはまるような気がしてきた。


「だとすれば……睡拳、かな」


 いやいや、命の危機に瀕してなんで寝なきゃならないんだ。ドラケットに懐に潜り込まれた時も寝てないことだけは確かに言える。


「……病気とかじゃ、ないよな」


 この心配を払拭しない限り、勇者の仕事には集中できない。

 

 そういえば、まだ一応寄り道をするくらいの時間はある。ちょっと、図書館に頼ってみるというのも手だな。


 僕は小さな頃から本で知識を得ていた。今回も、何か有益な情報を得るには、あまり人に声をかけられない手前、文献を漁るに限る。


「ちょっと行ってみるか」


 あまり人がいないところを狙って多くの本を携えて席に座る。もしかしたら僕自身の何かではなくて、武器の特殊な力や、特殊な魔法の類いなのではないかと思い、そういうことについて書かれた本を何冊か持ってきた。


「さてと」


 僕は一息はいて、久しぶりの超まじめな読書を始めた。




                            ■


 

「こんなものか」


 ようやく読み終えて、本を戻して図書館を後にする。歩きながら読んだ情報を頭の中で整理する時間が、思いの外楽しかったりする。何もくまなく目を通した訳ではなく、目次などでそれらしいところのみを読んだので、大して疲れもなかった。


 結果から言えば、面白そうな情報は幾つかあったものの、僕のおかしな現象を裏付けられるものは無かったように思う。


 武器の中で気になったのは、古き時代に使われ、その凶悪さ故に何かしらの方法で使用が制限されたという武器である封印武具だ。幾つか種類があるようで、そのどれもが通常の武器には備わるはずもない力が備わっているらしく、無秩序にその武器が使用されないようにいろいろな方法で封印を施されているのだという。今日ではその所在は不明で、どこに何があるかもわからないらしかった。


 僕の剣はとりあえず普通の剣だし、封印が施されている感じでもない。それに、もし僕のあの原因が封印武具にあるのだとして、この剣が封印武具なのだとすれば、あのとき封印が外れたということになる。封印とは、誰も気が付かないほどにひっそりと外れるものなのだろうか。きっと、溢れんばかりの力を封印しているのだから、それなりの何かが起こりそうなものだ。


 だから、封印武具の線は外れる。


 次に魔法。魔法はいろいろな魔法が発見されていて、探せばきりが無かったが、中でも気になったのは黒位魔法と死霊術だ。


 前者は相手の命を直接蝕む非道な魔法として認識されていた。行為の魔法の中でも、体に傷さえ付けずに一瞬にして命を奪うその凶悪さから、黒位、と呼ばれるようになったのだという。黒位魔法は命を奪うだけでなく、対象を異常に弱体化させたり、逆に異常強化させることが出来るらしく、もしかしたら僕のあの一件も黒位魔法――かと思ったのだが、どうやら黒位魔法を使えるものが王国にはいないようで、王国の領土から外に出たことがない僕は黒位魔法にさらされている可能性は殆ど無いことになる。


 もちろん、外国からやってきた誰かが僕に黒位魔法を放ったという線もなくはないが、まぁ考えにくいだろう。わざわざ異常強化させる意味が無い。


 後者は……何というか、考えるのもばかばかしいが、最初から僕が死んでいて、その死んだ僕を死霊術士が――


 ――やめよう。言っていて頭が痛くなる。


 結局、有力な情報というのは得られなかった。あまり気乗りはしないが、ああいう局面になる機会を増やして、僕がもっとあの場面を経験すれば、なにか新しい情報や手がかりが得られるかもしれない。


「とりあえずは保留かな。久々に読書出来ただけで良しとしよう」


 少し遅くなってしまったので、足早に帰る。昼も越えて、お腹が鳴るのを隠しながら僕は家路についた。






 ■






「ただいま」


「あ、おかえりなさい」


「ヴァンさん、おかえりなさい」


 家に帰ると、二人の少女が元気良く出迎えてきた。昼下がりを少し過ぎたころ、二人とも席に座って昼食を前に談笑しているようだった。


「先に食べていても良かったのに」


「まさか、家の主より先に食べる使用人がどこにいますか。今日もお疲れ様でした」


 母親さえ凌駕しそうな笑みでそういったアリスに代わり、少々頬を赤らめたシェリルは席についたまま肩を揺らして、


「今日のご飯はちょっと奮発してみたんです……。お給料が入ったので王都の食品店で」


「へぇ……確かに、なんだかやけにいい匂いだ。これは期待せざるを得ないな」


「ご期待に添えたかどうかは分かんないんですけど、頑張りましたっ!!」


「私も手伝ったんですよ、魔物時代の野生力を遺憾なく発揮しました」


「……それは発揮しなくていい力のような」


 突然降って湧いた不安要素に苛まれながら、僕はまず目の前に置かれたスープに手をつける。透き通るような白色透明の液体は、一見味気なさそうな印象を受けるものの、その香りや掬った時の濃厚さで高尚な味が楽しめるのだと確信する。


 そして口にし、全く期待を裏切らないものであったと確信する。


「うんっ、おいしい!! ただのスープだっていうのにすごく濃厚だ!!」


「喜んでもらえて嬉しいです」


「あ、そのスープには野生力の顕在を表現するために土や雑草などを……」


「ぶはっ――」


 高尚な味だったはずのスープがアリスの一言で途端に口にしてはいけないものだったような気になる。飛び出た粉末を処理しながらアリスを見やると両手を大きく振って弁明を吐く姿。


「冗談ですよ、冗談!! ヴァンさんにそんなもの食べさせるわけないじゃないですか!?」


「……シェリル、そのアリスのスープ、没収して僕のところに置いてくれる?」


「分かりましたっ!! ……アリスさん、ごめんなさい」


「そんなぁ~」






 ■






 食事が終わり、今日の当番のアリスが食器を片付ける中、シェリルと僕はテーブルを挟んで珍しく真面目な会話をしていた。概して家にいるときは他愛もない会話しかしないため、こうして面と向かって真面目な話をするというのも変な気分だ。


「そういえば今日、いつも通りバイト中にお客さんの会話を盗み聞いていたんですけど」


「盗み聞きをいつも通りで済ませちゃうのか――あぁ、続けて」


「何だか不思議な話をしていたんですよね」


「不思議な話?」


「はい、ヴァンさんの話だったと思うんですけど。いつもなら直接ヴァンさんを揶揄するようなことを言い合うはずが、今日は違ったんです」


 うぅん、分かってはいることだけど常日頃から直接的に勇者死んでほしい討論を交わしているなんて、聞いたら聞いたでショックな事実だ。


「具体的には?」


「えっと、『このまま続けていても本当に効果があるのか』どうとか、そんなことを言っていました」


「『効果があるか』……そんなことを?」


「はい、二人組の男性が確かにそんなことを言っていました」


「ちなみに、その話の前後は?」


 シェリルはなるべく鮮明に思い出そうとしているのか、しばらく長考して納得いくような文章をひねり出すようにしてゆっくりと、


「確か、『まったく、勇者は本当に何がしたいんだかわからないよな』『まぁな、突然指名されてからというものこれといった功績残してないしな。そういえばこの前模擬戦で士官学校の同級生に初黒星かましたって言ってたけど』『模擬戦だろ、所詮馴れ合いの範疇だよ。それよりさ、本当に効果があると思うか?』『仕方ねぇだろ、こうするしか他に方法が見当たらないんだ。絶対的な存在を覆すためには地盤からっていうわけだ』『何だか気が遠くなるな。回りくどくて気が参るぜ』みたいな感じだったと思います」


「お、思いのほか鮮明な記憶だね……」


「気になったのでメモとってました!!」


 急遽書き留められたメモは、急ぎとは思えない字形で綺麗に書き綴られていた。そのメモを受け取り、改めてその会話文を目にする。


 最初は僕に関しての話、途中で『効果があるか』という言葉と共に話題は転換され別の話題に写ったように見える。

 まぁ、最初の会話はとりとめもない僕への暴言だろう。気にすることはない。

 ではその次、話題転換後の話の内容だ。どうやら何か策を講じているのだろうか、その効力に対して一人が疑問を抱いているよう。それに対し、相手の方は気にするなといった様子で受け応えている。絶対的ない存在、というのは、どういうことだろうか。普通に考えて、それ以外ありえないような存在ということなんだろうけど、そのあとにその存在を覆すと言っている。一見矛盾しているような気もするが、おそらく普通なら覆せない事実を規格外の方法で成功させる、というような意図なのだろう。そして会話は続いて、回りくどくて気が参る――これはどういう意味なのだろうか。その目的を果たすのには膨大な時間が掛かり、参ってしまう、ということだろうか。


「それで、その一連の会話のあとに、『まぁあの勇者のことだ、使えることに違いはない』って会話を締めたんです。それが一番気になって」


「僕……使える?」


 さっきの会話では、最初の僕の話と続いた会話では関連性が見当たらず、完全に別口の話のような印象を受けた。しかし、シェリルの言うことが正しいとするとそういうわけでもないようだ。すべての話の内容を含んだ上で『まぁあの勇者のことだ、使えることに違いはない』で締めくくられたのだろう。


 だとするとどうなるだろうか。第一条件に僕は忌み嫌われている、次に絶対的存在を覆す方法はこのままでいいのかという疑問、続いてその方法で良いと思われる

という見解、そのまま行けば目的達成の前に果てが来てしまうという意見。そしてその一連の会話には、僕こと勇者が関係している。


「……わからん」


 単なる意味のない会話のようには思えない。この会話において一番はっきりしていることはただ一つ、僕が嫌いだということ。これは否応ない事実。なんてこった。


 では、分からないこと。それはたくさんある。絶対的な存在の正体、その絶対的な存在を覆す回りくどい方法。そもそも会話の全容がつかめないため、まるで霧を掴むような感覚だ。


「ダメだ、全然わかんない。ちょっとアリスも呼んで三人で考えてみようか」


「そうですね、勇者様のことを話していることに違いはなさそうですし、意味深ですし!!」


「……シェリル、なんか楽しそうだね?」


「い、いえっ!? そんなことはありません、決して、そんなことは!!」


 じゃあその荒げた呼吸の理由は――と、問いただす気はない。ミステリーチックなのが興味をそそるのだろうか。


「(私、今勇者様に貢献してその勇者様の仲間の一人なんだっ!! すごいすごい、何だかテンション上がってくる!!)」


 アリスが食器を片付け終えるのを待って、その日は日が暮れるまで語らい合うのだった。


 


 ――しかし、結局のところ話はまとまらないまま会話の方向は雑談方面へと移行していき、その事実に気がついたのは、既に日付が変わり少女二人が静かな寝息を立てている真夜中だった。 

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