級友
「おい、本気で言っているのか?」
「本気も本気、マジってやつよ」
後日、話していた通りの段取りで家を出た僕は王宮の方で用意された、魔力で走る二輪車に乗り込んでいた。既に車内にはモニカの姿。戦いに赴く際の服装、マジシャンハットに外嚢、ご自慢のスタッフを片手にニンマリ微笑むその唇は端の方が引きつり不気味な笑みと化してしまう。
「どうして今頃士官学校なんかに……」
「だって学校の方から依頼が来るんだもん!! 紛いなりにもお世話になったところだし、断れなかったのよッ!!」
「いや、それにしても頼まれたのはお前とギルドのやつなんだろう? だったら僕が行く必要……」
「ギルドで顔が利くのはレベッカくらいだし、ヴァンと仲いい私はそういうの控えたほうがいいでしょ? だからヴァンが最善」
僕のことを考えてくれているのか、それとも気まずいから僕を呼んだのか。どっちとも取れる発言に僕はそれ以上言及するのを避けた。
今回のお仕事は、士官学校戦術強化生との模擬戦。戦術強化生というのは、元々僕やモニカが所属していた部門。剣士や魔法使い、その他にも将来戦術能力を身につけて、ギルドに所属してみたり、魔物を倒して生活していくつもりの人たちが集まるところ。また、取り敢えず士官学校に入っておきたい人が集まるところ。戦術強化生というのは、手続きさえすれば入れてしまうので、他の部門とは違って頭の良さなどは関係ない。だから特に才能がなくて商売もできそうにない、身分も平民、おまけにバカ。そんな人たちが集う部門としても有名だ。
モニカはその部門の代表生から模擬戦のお願いを受けていた。模擬戦自体は別段珍しいことじゃなく、僕が学生の頃もあった。しかし問題なのは、ギルドに向けてであるということ。普通なら、モニカを通して王国軍との模擬戦を希望するはずなのだが、今回はそうではなくモニカを通してギルドとの模擬戦を希望していたのだ。形式は5対5、諸事情でギルドではなく僕参入で、王宮側からは僕、モニカ、王宮直属のフェンサー三名。既にギルドではなく王宮の人で賄ったことは伝えてあるとのこと。
それはそうと、この模擬戦の何が嫌かって、級友に会うことだ。戦術強化生は人数が多い分、同じクラスの人と当たる可能性は決して高くはない。然れど、僕の名はもう王国全土に轟いてしまっている。もちろん悪い意味で。誰と当たったとこで普段の数倍冷たい目で見られることは明らかだ。さらに言えば、モニカ自身その立場もあってあまり級友と親しいわけじゃない。おそらく、僕の立場上そういうところも配慮しないといけないわけで。
「僕が避雷針になれと……そういう事なんだな」
心で決めた決心は、あまりに悲惨で切ない決断だった。
いざ、学校に着き所定の場所へ行ってみると、既にそこには五名の戦術強化生が待ち構えていた。王女直々の参上ともあって、皆跪いて胸に手を置いている。
「楽にしていいわ、それであなたたちが連絡の戦術強化生?」
「はい、その通りでございます。この度は王女直々の戦術指南、誠に嬉しく存じます」
「だから楽にしていいのよ、一度は同じ教室で学んだ仲じゃない」
「ですが……」
未だ顔を上げない中心の男がこもったような声でたじろいだ。それを聞いて溜息を吐いたモニカは、好きにしろと言い放って彼らに名乗るように命じた。その言葉に威勢良く反応した戦術強化生五名は勢いよく立ち上がり、正立した後順繰りに高らかな自己紹介が始まった。
そして僕は、そのうち二人の名に聞き覚えを感じた。
「戦術強化生五年A組委員長兼戦略隊長兼指令隊長ドラケットであります、よろしくお願い致します!!」
「戦術強化生五年A組副委員長兼指導隊長アイナです。よろしくお願いします!!」
そして、二人と視線が合った。左目が見えるか見えないかくらいまで黒い髪を伸ばした少年に、さらさらと流れるようなセミロングの茶髪を風で揺らす少女。二人には間違いなく見覚えがあり――
「……っち」
「あ――ヴァンっ!!」
それは相手も同じようだった。
模擬戦の直前、モニカが学校長に挨拶しに行っている間、絶対に回避しなければいけない状況が早くもやって来てしまった。
「おい、お前ヴァンだろ」
「ひ、久しぶりだね、ヴァン!!」
白を基調とした学生服、金のラインがなめらかな流線型を描いて胴回りに軌跡を描き、男子は紺のスラッとした印象を受ける脚回り。女子は上と同じく白に紺のラインが施されたミニスカート。懐かしい制服に身を包んだドラケットとアイナは僕の前で立ち止まった。
「や、やぁ、元気してた?」
もはや会ってしまったら運の尽きと覚悟していた展開に僕は突拍子な返答をする。あからさまに目つきが鋭い少年、ドラケットは僕の返答を受けて大きな舌打ちを一つ。対して可憐な佇まいのアイナは顔にかかる長髪を手で押さえて笑顔をこさえた。二人とも、学校に通っていた頃には知り合いだった級友だ。
「……暫くぶりだな。どうだ、勇者は楽しいか?」
「ちょっと、ドット!! いきなりそれはないでしょ、ごめんね」
「いや、いいんだよ……別に」
「俺はな……お前のことを絶対に許さないぞ。いいか、絶対だ」
そう言い切ったドラケットはすぐさま踵を返し、アイナに、行くぞと声をかけゆっくりと離れていってしまう。
「本当にごめんね、あ、模擬戦、頑張ろうね!! じゃ、またっ」
最後まで手を振って笑顔を見せた彼女は、急いでドットことドラケットを追いかけていった。見る見るうちにその姿は小さくなり、角を曲がったところでその姿は完全に消えてしまう。
ここまで空気に押しつぶされそうになったのは生まれて初めてだった。重い空気とは形容の言葉ではなく直接的な表現だったのかと悟る。そして今の対面で全てを思い出した。ドットが愛称のドラケットとの関わり、アイナとの関わり、そして、ドラケットの怒りを。
■
模擬戦は円滑に進み、先鋒、次鋒、中堅が終わって1対2で士官学校が優勢という展開だった。副将戦は、魔法使いのモニカと執行者のアイナの試合。執行者というのは、職業の一つで主に大鎌を得手とする者が好んでなる職業だ。
「――始めっ」
学校関係者の覇気ある言葉によって、戦いの幕が上がる。その瞬間、二人の目が異様なまでに変貌する。獲物を狩る目、凛として相手を討つ目、それぞれが自分の全力を出す準備が整ったことを目線で伝え、すぐさま地面を蹴り込む音が反響する。
最初に打って出たのはアイナだった。近接を得意としていない魔法使い相手に鬼の如き加速で間合いを詰める。それに対しモニカは引く素振りも見せずただ立ち尽くすのみ。ここでモニカが負けてしまった時点で僕たちの勝利はなくなる。
「王女様でも手は抜きません!!」
「手なんか抜いたら敗北よりも惨めな思いにさせてあげる!!
見る見るうちに距離が縮まり、一瞬のうちにアイナの範囲にモニカが捉えられる。そしてその大鎌を地面と水平に振り抜いた瞬間、
「――――」
言葉として聞き取れないような音を発したモニカ、その音が発せられたと認識したとき、既に戦況は変化していた。
モニカの魔法でアイナの両脇から白銀の長剣が水平に振り抜かれる。突如として出現したその白い剣はアイナを挟み込むようにしてその胴体に切っ先を――。
「――影よ」
アイナはまるで独り言のように、ため息を吐くように唱えた。しかしその言葉が僕の耳に届いた頃、既にモニカの魔法でアイナは活断されてしまっていた。
「一手遅かったみたいだね、模擬戦だから身体にダメージはないと思――」
「まだですよ、王女様」
「え――」
「――裁きよ」
自身の攻撃に満足し、小さな笑みを浮かべたモニカ。その背後から、まるで闇から出てきたように肉体を揺らめかせながら現れたアイナはモニカの首元に大鎌をあてがい地面に降り立った。モニカの表情は凍てつき、先ほどアイナの口から放たれた言葉による魔法で身動きすら取れなくなっていた。
「これで終わりです、モニカ王女」
動くことすらできない人間の首元に当てられた大鎌の刃が、恐ろしい程に煌く。少しだけ余裕を取り繕ったアイナはその右手を大きく引く――
――ことは叶わなかった。
あと一息吐くように、一歩踏み出すように、手を伸ばすように、それだけの一挙が行えず、逆に彼女の方が地面に膝をついてしまい、ついには倒れ伏してしまう。
アイナの腹部には突き刺さるように白銀の刃が顔を覗かせていた。その瞬間、勝負がついた。
「もうちょっと魔法対策を勉強しないと対人戦は厳しいかもね」
「どうして、私の魔法で動けなかったはずじゃ……」
「それはもちろん、最初に唱えた魔法がまだ終わっていなかったの」
「そ、そんな……」
「召喚系魔法の常識、もう一回勉強し直すのお勧めするわ」
模擬戦のため、突き刺さっていた剣が霧散しアイナの腹部には跡形も残らない。悔しそうに顔をしかめる彼女を制し、モニカが戻ってきた。
「お疲れさま」
「いやぁ、なんとか勝てた」
「ずいぶん仲良く戦ってたね」
「あれ……確かに。いつの間にか気まずさ忘れてた」
「まぁ、王女だしあっちの振る舞いも学生時代とは全然違ったんだから別人みたいなもんだったんじゃない?」
「それもそうだね。だったらヴァンも大丈夫、ここ勝って模擬戦勝利としましょ!!」
いやぁ、僕の方はそう簡単にはいきそうもないんですよねぇ。
ほら、あの目。完全に殺しに来てるって、絶対。これ模擬戦なんだよね、命には関わんないんだよね、その辺しっかりしてくれないとやばいよこれ、死者出るよ!!
「ほら、さっさと前でろよ。勇者」
「ま、まあそんなに慌てるなって、今行くから……」
「そりゃ慌てるよ。だって――
――こんなに待ち焦がれた瞬間がすぐそこで待ってるんだからさぁ」
「…………」
あぁ、本気で死ぬぞこれ。マジでやばい方のやつだ。これはレベッカと同等クラスの殺意だ……!!
級友、ドラケット。彼にここまで嫌われている原因。
それは、至極単純な理由なわけで――。




