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お勉強


 モニカの咳払いと共に、王国について学ぶ王女の授業が始まった。教師と教科だけ見れば他にはあり得ないマッチングだ。


「じゃあまず、王国の成り立ちから行こうと思うんだけど――」


「「はい!!」」


 言葉から興味の度合いが分かってしまう二人の応答に、モニカは少し間を置いて微笑んだ。


「成り立ちはめんどくさいから飛ばすわ」


 ズザァー――。


 生徒三人が皆一様に前のめりに倒れる。ものの見事に。


「……お前本当に王女か?」


「当たり前でしょ? めんどくさいところは省いていかないと眠くなっちゃうでしょ、その辺もちゃんと考えての選択よ!!」


 嘘だ、絶対嘘だ。


「と、いうわけで説明するのは王国の現状からね」


 白いボードに書き込まれた沢山の文字を指しながら、モニカは流れるように言葉を繋ぐ。


「現在、プラトー王国はその所有する広大な領土と多くの人口、並びに特別機関の発展によってただ一国、大陸で王国を名乗ることを許されている。特別機関っていうのはいろいろあるけど、中でも有名なのはギルドや王国軍ね」


「ギルドはまぁ分かるけど、王国軍ってのは?」


 聞きなれない言葉に即質問をする。モニカは待っていましたとでも言うように自慢げな表情になる。


「王国軍っていうのはヴァンたちが住む地方の反対側に拠点を持つその名の通り王国が所有する軍のことよ。この王国が立国したときから存在する歴史の象徴で、主に国内の規律を破る輩を取り締まったり、王国で定めた規則に背いている団体や企業を改める事を主としているの」


「でも一応『軍』なんですよね? 兵力があるなら国外で魔獣の退治なんかもしているんじゃ……」


「昔はそうだったんだけどね。ギルドが力をつけ始めてからはその手の仕事はギルドが一手に引き受けてるの。それで仕事を失った王国軍は渋々国内の規律を守ることに徹したってわけね」


「なるほど」


 やっぱり僕は真面目に授業を受けていなかったこともあり、この辺りの地域のことしか知らないみたいだった。王国軍なんて大きな存在を知らなかったわけだから、どれだけ勉学を疎かにしていたかは火を見るより明らかだ。


「因みにギルドっていうのはご存知の通り、国民の投書によって設立した民間企業で正式名称を『戦術者協会』、国民の信頼と要望を第一に行動する民の英雄的存在ね。その信頼度は相当積み重ねられているから、ヴァンが勇者として国民の英雄に認められないのもギルドの影響が大きいでしょうね」


「ギルドってそんなにすごいんですか……」


「改めて聞くと自信失せるなぁ」


 既に積み上げられた信頼と、地中深くに埋められた僕の存在。その差を埋めるのにどれだけの期間がかかるというのだろう。

 と、そこで一つ疑問が浮かんだ。


「あ、でもさ、そんな英雄的存在がいるのになんで僕が勇者に指名されたんだ? いや、そもそも勇者なんて必要だったのか?」


「国内事情だけに目を向ければ勇者は必要なかった。だけど外に目を向ければそうもいかないの」


「??」


「ギルドは民間企業っていうのはさっき言ったでしょ? だから国民の期待に純粋に答えることができる。だけどそれは裏を返せば、民間であるから故に独立してしまっているの」


「ZZz……」


 ふと隣を見れば、完全にぐっすりしちゃっているアリスの姿が。元々魔物だったからなのか、難しい話が続いたせいで既に夢の中のご様子。

 みんなの視線が彼女に集中するが、起こすのもかわいそうという意見に収束して授業が再開される。


「あくまで国民の為の組織であるギルドは国のために動くことは難しいの。魔物討伐は国民のためでも、外国との干渉までは専門外ってことね。王国軍も無理ではないんだけど融通が利かないところがあって……」


「そんなもの王女の権力でどうとでもなるんじゃないの?」


「まぁそう思われても仕方ないとは思うんだけど、実際はそうもいかないのよね」


 そこは説明しても仕方ないから、と説明を省くモニカ。どうやら、王女だからといって好き放題できるというわけでもないらしい。というか、考えても見れば好き放題できるわけないか。いや、好き放題やった結果が僕という勇者なわけなんだけど。


「そこで必要になったのが勇者ってわけ」


 書き連ねられたボードをひっく返し、裏にもこれでもかと書き占められた面があることをまざまざと見せつける。


「勇者は企業でも民間施設でもない。一個人、それが意味するもっとも重要なことは、その自由度」


「自由度?」


 最後にそっと置かれた重要であろう言葉を念押しするように口に出して尋ねる。


「勇者は広い定義で国民の英雄であるべき。そして王国の救世主であるべき。要は王国の力の象徴、王国という存在の具現化――それが勇者」


「王国の……具現化?」


 難しいことを言っていた自覚があったのか、モニカはすぐに表情を崩して笑顔を作る。


「そんなに難しく考えないで。要はアナタが王国の代表となって諸外国との問題解消、友好関係の架け橋になるって考えればいいのよ」


 いやいや、そう言われた方がずっと難しいと思うんだけど。ただただ国民の思いに応えていればいいと思っていたのに、外国との架け橋……いやいやいや、荷が重すぎる。だとすればただ強くなるだけではダメだということじゃないか。


「まぁ……僕が王国の期待に添えるだけの勇者になれるかは別として、その諸外国っていうのとはどうなってんの?」


「そうですね……外交関係……私の生まれ育ったコボルト村では村の特産品をいろんな国に売っていましたけど、売る時だって商人の方がやってくるだけで正直外国の人と関わっているっていう感じがしませんでした。王国はどのように関わっているのか気になります!!」


「と、言ってもね……外交関係はそう簡単に他言できないんだけど……」


「おいおい、ここまで言っておいてそれはないだろ。そもそも外国との架け橋になるための勇者が何も知らなかったら話が始まらないじゃんか」


 そこまで言うと、モニカは小さくため息をついて手持ちの資料とは別の書類を手にする。


「とりあえず、今の王国は安泰と言えるわよ……特に外国との問題を抱えているわけでもなければ、自国内で大きな動乱が起こったこともない。最初、勇者の存在がネックだったのは認めるけど、今ではそこまででもないし、もし今外国の人が勇者の調査に来たところでまだ未熟な新米勇者って思われるだけで国交問題に発展する程のことになることはない。安心して」


 何度も言うようだが、突然不当な理由で僕を勇者にしたのはこいつなんだよな……。まぁいつまで言っていてもしょうがないんだけどさ、僕が勇者であるのが当然だというかのように理路整然と言われると少し腹が立つ。少しだけどね。


 でもこれで僕が理由で王国に問題が生じる危険は無い事が証明されたわけだ。


「あの……実際のところ王国にはどれだけの外国人がいるのでしょうか?」


「一般人ならかなりいると思うよ。人口の二、三割は外国人ね。ただしちょっと名の知れた人になってくると王国への入口――プラトー大門の検問で私に連絡が入るようになっているの。それ相応の理由がない限り簡単には入国できないってわけね」


 王国について興味津々なシェリルは必死にペンを走らせ、モニカの言葉をひとつ残さず書き留めようと唇を噛み締める。僕も、まぁ、ためになるなぁ程度に聞きとめる。正直、さっきの勇者の話がインパクト大きすぎてキャパオーバー寸前だったりする。


「じゃあ最後に、王国の有名な地域と施設の紹介ね。ヴァンが暮らすここら一帯、地名はもちろん知ってるわよね?」


「え? あ、えーと、『アサイラム』だったっけか?」


「その通り、まぁ自分の住んでいる地名くらい知ってて当然よね。アサイラムは閑静な住宅が並ぶ落ち着いた雰囲気が特徴の町。一方で言わずと知れたギルド、又沢山の商店が並ぶギルドストリートがあり戦術者たちが集う町としても有名ね」


「アリスさんの薙刀を直した武器屋もギルドストリートの一つですよね」


「次に王宮や王立図書館、そして士官学校があるのが王都『ハイドランス』ね。言うまでもなく王族や貴族、そのなかでも選りすぐりの人々が暮らす都であり王国の勢力の半数がここに集結しているといっても過言じゃないわ。それ以外にもこの国が王国たる所以が詰め込まれたような王国の中心地、それが王都ね」


「私も王都で働いてみてハイドランスの素晴らしさがわかりました!! 貴族の方々でも心の暖かな人々が多いですし、ほかの方々も皆いい方ばかりです!! お給金

もいいですしねっ」


 へぇ、貴族なんて人がいるのか。王族と貴族って何が違うのかな。王と直属で血縁関係があるのが王族で、その王族と関わりのある人が貴族? 取り敢えずどちらにせよすごく偉くて、僕のことをしんでほしいと思っているのには違いがないんだろう。


「アサイラムが王国の北に位置するのに対し、王都を挟んで南に位置するのが『ロストリオン』。ここは王国軍の本部があるばしょね。ちょっと物寂しい場所だけど

歴史的な建物があったり古代の遺跡跡地あったりと王国の歴史を感じることができる町。外国の人たちに人気がある地域としても有名なの」


「アサイラムに住む人にとってロストリオンは馴染みがないみたいですね。この前レストランに来ていたアサイラムの人たちがそんな話をしていました」


 歴史的な建物や遺跡跡地……ちょっと興味あるかもしれない。図書館で事前に調べて良さそうだったら行ってみようかな。

 なんて考えているといつの間にかメガネを外していつものモニカの姿に戻った彼女が肩を回してため息一つ。


「ひとまずこの辺かな。今日話したのは超一般常識だからちゃんと覚えておくのよっ!!」


「りょーかい」


「分かりました!!」


「よし、じゃあシェリルちゃん、アリスちゃんと一緒に夕ご飯頼める? お腹すいちゃって」


「は、はい、喜んで!!」


 パタパタと道具を片付け、アリスをおぶって出ていくシェリル。二人きりになった客間にひと時の静寂が訪れる。


「あれ、お前料理の修行中じゃ……」


「ヴァンに明日のことを話しておこうと思って」


「明日?」


 僅かに含んだ笑みを浮かべるモニカは、表面上は笑っているが、内心のため息が漏れ出るように眉が垂れていた。


「そう、新しい勇者のお仕事のね」




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