エピローグ~駆け出し勇者~
コボルト村は今日も賑やかだった。
歓迎会は壮大に開かれ、村の特産品で溢れたテーブル上は鼻腔をくすぐる香ばし匂いに満ちており、賑やかに歌い踊る村人たちの姿が妙に嬉しく感じた。
「いやぁ、本当に有難うございました。勇者様がコボルトを解放なさってからというもの、毎日が楽しくて仕方がありませんよ!!」
「いや、それほどでも……でも、毎日が楽しいのは良いことですね!!」
「全くです!! 今日はたくさん楽しんでいってくださいね!!」
陽気なおじさんはにこやかに席を立つと食品の並んだテーブルの方へ消えていった。
「はぁ、ここは平和でいいな。しななくていいんだもんな」
ふとモニカに目をやると、モニカは蜜畑にいた。畑の管理人と一緒に蜜の採取を体験させてもらっているらしい。王女なんて立場になるような人間だ、蜜の採取なんて初体験だろう。乗じてモニカはそういう庶民的なことを酷く気に入っている。楽しくて仕方がないんだろうな、あの笑顔、ひと目で分かってしまう。
アリスはというと、特産品を使った料理の手伝いをしている。何でも、特産品の美味しさを引き出してみたい、と言って食べる側ではなく作る側に回っているのだとか。さっきまでは大草原のコボルトを集めて村人たちと戯れていたが、目を離した隙に直ぐに別の場所へ。既に随分村の人達と馴染んでいるようだった。アリスもそうだが、アリスと接している村人たちの笑顔を見ていると、コボルトとまた暮らせることが本当にうれしいんだろうなと感じる。そして、その大役を務めたアリス、彼女はもっと嬉しいんだろうなと。
「あぁ、いい天気だ」
僕は座っていた長椅子に寝転んだ。適度に雲が浮かぶ僕好みな青空だ。大草原の空気はとても美味しい。吸うだけで全身が洗浄されていくよう。
「なぁ、勇者様」
瞼を閉じようとした時、ある村人に声をかけられた。
「なんですか?」
「あそこにいる女の子が見えるか?」
起き上がって指差す方向を見やる。そこには家と家の隙間に隠れるひとりの少女の姿。
「え、ああ、シェリルちゃんですか」
物陰に隠れている少女、栗色のボブヘアーがよく似合う小柄な少女。彼女は、初めてぼくが勇者として救った国民だ。トロールを討伐し終えたあと、僕らで保護し村に送ってあげたのだが、それ以来口をきいたことがない。もしかしたら、あの恐怖体験をしたことで僕を見るとトラウマとして思い出してしまうとかそういう難儀な状況なのかもしれない。そう思ってワザと距離を置くようにしていた。
「あの子な、実は勇者様に興味があるみたいなんだよ」
「え、そうなんですか?」
意外な一言だった。まさに逆だったのだ。
「ちょっと勇者様から声かけてくれねぇかな? あの子、村に同年代がいないこともあって少し臆病なもんで」
「は、はぁ、分かりました」
物陰に隠れて村の人たちの喜ぶ姿をただ見つめているだけ、そんな少女に僕は言われた通り声をかけてみることにした。
「えっと、シェリルちゃんだよね?」
「ふぁい!?」
肩をびくつかせて飛び跳ねた少女を見て、まさかあのおじさんにはめられたのかと疑う。これで嘘だったら僕はどうすればいいのやら。
「その……あの時は大変だったね、怖かったでしょ?」
「い、いえ。ヴァンさ、じゃなくて、勇者様のおかげで助かりました。本当に有難うございました」
「ヴァンでいいよ。この村はいいところだよね、空気も美味しいし、村の人たちは優しいし、食べ物は美味しいし」
「ありがとうございます。私も、そう思います」
それから、思った以上に会話は弾んだ。随分と子供扱いしてたけど実は一つ下だったこと、村に同い年がいなくて王国に少し憧れていること、村の仕事は楽しく、村の人たちが面白く優しい人たちばっかりだということ、自分が若い女の子だから村に気を使わせてしまっていること、たくさんのことを話した。
「そっかぁ、シェリルは村が大好きなんだな」
「あるのは畑だけで、華やかなものなんてないんですけどね」
クスッと笑うシェリル、花も恥じらうとはまさにこのこと、守ってあげたいと思わざるを得ないその笑顔になんだか心を握られるような気がした。
そこへこの村の村長がやって来た。村長ともあって偉いのだと思ったが、シェリルはまるでお爺ちゃんのように接していた。やはり王国の領土内でも独自の文化があるらしい。
「シェリル、勇者様と仲良くやっているか?」
「うん、いろいろお話してたの」
「そうかそうか、それはいいことだ」
村長は優しい笑顔でシェリルの頭を撫でた。
「勇者様、シェリルを助けてくれたこと、感謝しているぞ」
「いえいえ、それはもう何度もお礼を言ってもらいましたし、いいですよ」
手を差し伸べてきた村長に、両手で持って応える。老人とは思えない屈強な手だった。
「ところでシェリル、お前さん本当にしたい話はしたのか?」
「え?」
「王国に、行きたいんだろう?」
「――!!」
「それも、勇者様の下で勇者様のお手伝いをしたいんだろう?」
「…………」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
なんだか妙なことになってきた。頬を赤らめているシェリルはうつむいたまま黙ってしまった。村長は尚もやさしく尋ねる。
「全部知っていたよ。私だけじゃない、村の者皆な」
「……そうなの?」
「あぁ、みんなシェリルには年相応にしたい事もさせてやれずに不甲斐ない思いで一杯だったんだ。それでいて文句も言わずよく働くもんだから、感謝もし尽くせない限りだからなぁ」
村長はシェリルの背後を指差した。そこには展開の行き先を固唾を飲んで見守る村人の姿があった。シェリルにバレるなり途端に隠れようとしたが、観念して素直に応援し始める。その姿はまるで、我が子を見守るようだと自分も青臭い子供のくせに思う。
「私のことなら大丈夫だ。シェリルがいなくともやっていける、それにみんなが手伝ってくれるから心配ない」
「…………」
しばらく黙っていたシェリルは、やがて観念したように顔を上げた。
「ヴァンさん、お願いがあります」
「は、はい。なんでしょう?」
「ヴァンさんの、お手伝いをさせてください!! 私、みんなに信頼されている、皆から慕われている、そんなすごい人たちを肌で感じて、その人の力になりたいんです。私、小さい頃から村の人に慕われている村長のお手伝いがしたいと思っていて、でもその途中で王国っていうもっと大きなところで国民の期待を背負って、国民のために戦う人がいることを知って、その人のお手伝いがしたいって思うようになったんです。だからお願いです、私を勇者様の元に置いてください!!」
「……え、えーと」
僕、まったく慕われていないんですけど……。
ふと奥を見やると、恐ろしい程の村人の視線が突き刺さってきた。さっきの優しい眼差しはどこへいった!!
「もしかしたら、僕はシェリルの思うような勇者じゃないかもしれないよ?」
「構いません、勇者様にお仕えしてお手伝いができればそれでいいんです!!」
「はっはっは、青春だのぉ」
「えっ?」
「もう、村長ッ!!」
茶化しを入れた村長にシェリルが涙目で訴える。あぁ、これは村人にも愛されるな。マスコット的な愛くるしさってやつなのかな。
「それで、勇者様、どうかな?」
「……分かりました、お受けします」
「ほ、本当ですかっ!!」
「はっはっは、よかったなぁシェリル。では、私はこれで」
役目は終えたと言わんばかりに帰っていく村長。こういう長が、国民からも慕われていくんだろうなぁ。
なんて考えてる場合じゃない。これは下手したらまたモニカに怒られるかもしれないぞ、それどころかアリスにも……うぅ、先が思いやられる。
と、先のことにばかり目を向けていたら、シェリルに裾を引っ張られた。
「??」
「ヴァンさん、逃げた方、良くないですか?」
「え――」
指さすシェリル。そこには――
「おい、シェリルちゃんのためを思って送り出すんだからな!! もしシェリルちゃんに何かあったら勇者だろうがただじゃ済まさないからな!?」
「シェリルちゃんにもしものことがあったら鍬持って迎えに行ってやる!!」
「おい分かってんだろうな、シェリルちゃんと仲良くなるっていうのにも限度があるんだからなぁ!?」
「うわぁあああああああああああああああああ!?」
さっきまで親心で見守っていた人々が一斉に押し寄せてきていた。その光景だけ見ればかなりの構図。逃げ場のない壁を背に見るこの光景は心臓が縮み上がる程の威圧感があった。
「こっちです、ヴァンさん」
シェリルに手を引かれ、道なき道を突き進む。書物において、ひょんなことからとはよく使われる表現で、本なんだからそのひょんなことを説明してくれよとはよく思っていたが、現状を説明しろと言われれば間違いなく僕は『ひょんなことから』で説明し始めるだろう。
それくらい唐突で、大きな出来事。
これで僕の家は、かなり賑やかなことになるのだろう。あぁ、問題は増える一方だ……。
「あ、そういえばこの前お使いで王国に行ったとき、ボックスというものを使いました。ヴァンさん、すごい数の人に思われていましたね!!」
「…………そ、そうだね――え、ボックス見たの?」
あれあれ、もう半ば勇者の実態透け透けなんですが。
問題は山積みどころか、その地上すらも問題で埋め固められているような、そんな気さえしてきた。
さっきまであった小さな雲はいつの間にか消え、空は雲一つない快晴だ。
僕は……僕の未来もこれくらい晴れることを願って、今日も全力で走り抜けるしかないみたいだ。




