勇者として1
さすが四足で駆ける獣なだけはある、人力とは比べ物にならない速度で大草原への道を突き進んでいく。
「なぁ、モニカ」
「ん、どうかした?」
「その凶暴なモンスターっていうのは元々どこにいるはずだったんだ?」
「大草原のちょうど真ん中あたりに位置する森林があるんだけど、そこの奥地だね。そこは王国で使う材木とかの資源庫だからいろんな人がそこを行き来するんだけど、その例のモンスターが凶暴化したせいで容易に立ち寄ることができなくなっていたの」
「ギルドが出張らない理由は?」
「……ちょっと人員を避けない状態なんだよね」
少し言い淀んだモニカが、苦笑いと照れ笑いの混ざったような変な表情を浮かべる。その表情、モニカの今考えていることが何となく分かった僕は、思い切って聞いてみることにした。
「もしかして、外交関係?」
「えっ、そ……それは……」
「大丈夫、僕も何も考えていないわけじゃないから。むしろ、最近そのことが気になってて」
意外そうな様子で僕を見るモニカ。まぁそりゃあそうだろうな。あんだけ勇者になることを拒んでいた奴が国のことまで考えるなんて誰も思わないだろう。現に自分自身ここまで真剣に考えていたことに驚いているぐらいなんだから。
最初のうちは驚くだけで口を開こうとはしなかったモニカだったが、しばらく経つとアリスの背中の上という逃げ場のない状況のせいか、風に靡いて顔にかかる髪を払って首を振る。
「国境門がある以上、そう簡単に王国内に入ってくることはできない。だけど、門は扉であって壁じゃない。ある程度私の権限で他国の者を阻むことは出来ても、商用の人や観光客は流れるように王国に入ってきている。それは同時に、プラトー王国の立場を脅かそうとする国の有力者が観光客に偽装して入国している可能性があるということ。いざというとき、勇者という決定的戦力を欠いている現状はギルドだけで相対しなければいけないし……」
その先を言おうか、少し悩んだ彼女に変わって僕が完結させる。
「そもそもその勇者が王国の立ち位置低下につながる要因である現在、国内には最低限ギルドの精鋭を待機させていなければならないと」
「……別にヴァンには何の責任もない。むしろもっと上手く手を回せない私に責任があるんだよ。ヴァンは頑張ってる、だから気にせず――」
「お前王女だろ?」
「え」
目を丸くして反応に困るモニカ。表情は凍りつき、動きが消える。
「何でそんなに僕を庇うんだよ。どう考えても僕の力不足だろ?」
バツの悪そうにモニカがうつむく。
「僕がもっとまともな勇者なら他国が来ても堂々と振る舞えばいいだけ。僕がもっと実力のある勇者ならギルドが本業に戻っても王国の安全は脅かされない。結局は僕の問題なんだろ?」
「…………でも私だって――」
「でも無理なものは無理だ」
「……?」
またもモニカが不思議そうな顔になる。表情が固まり、動きが止まり静止状態。
「僕はまともな勇者でも実力のある勇者でもない。面倒と無駄が嫌いで自分の興味に正直なただの男、そいつにおまけで勇者っていう追加要素があるだけ。少なくとも今はそんな感じ」
何も言わず、聞いているのか聞いていないのかよく分からないモニカに背中を向けたまま続ける。
「でも意味のある行動は好きだ。それが僕の興味に直結するからね。そんでもって最近勇者としての生活に意味を見い出せてきたんだよ。それって言い換えればどういうことだと思う?」
「勇者という存在に興味が湧いてきたんですねっ!!」
どこか嬉しそうな弾んだ声の返答は、モニカのいる背中ではなく前の方から聞こえてきた。アリスは得意げに鼻を掲げていた、と思う。コボルトだから実際鼻を掲げているのかは微妙だけど。
「そういうこと。興味さえ湧いちゃえばこっちのものだよ。まぁ理想の勇者像はさておき、僕がなりたい未来へは確実に近づいていくはずだからね」
「ヴァン……」
「じゃあそんなヴァンさんに一つ。勇者っていうのは、普通の人にはできないことをしてこそ勇者なんですよ。本に書いてありましたっ!!」
「おぉ、そっか!! 本は偉大だからそれは正しいんだろう。普通の人にはできないことを努力なしで出来てしまう勇者。うん、なかなかいいじゃん!!」
それまで黙って聞いていたモニカ。うつむき加減に暗いムードを漂わせていた彼女も今の一連の会話で少し心が晴れたのか、朧ろながらその表情には笑顔が戻ってきていた。
だから僕はその笑顔を確認して、前へ向き直る。男は背中で語るのだ。なぜならカッコイイから!!
「だからどんどん相談してくれよ、モニカ。どうせ、まともに相談できるの僕くらいしかいないんだろ?」
「…………」
……あれ、返事がない。せっかくカッコイイ感じで決まったと思ったのにそんなに決まってなかったかな。あ、もしかして自分では良かったと思ったけど客観的に見ればめちゃくちゃ寒かった感じか!? やばいぞ、だったらマズイ。逃げ場無いこの状況どうもち直せば――」
「まぁ確かに、ヴァンほどの変人なんてどこの国にもいないだろうし、外国の人たちもある意味衝撃を受けてくれるかもしれないしね!!」
突然耳に飛び込んできた言葉は、僕の背中から突き抜けるように飛んできた。そして同時に僕の両脇にモニカの手が差し込まれる。
「お前な、言っとくけどお前も相当ぎゃはははは――いいか、よく聞けそれ以上は事故だ。くすぐりっていうのは度合いを間違えるとただではすまなぎゃははははは!?」
もうそれからは何がどうなったか訳が分からなかった。アリスが何か言っていたような気もするけど何も聞こえないし、モニカは全然やめないしで、僕はこれから自分よりも圧倒的に強いモンスターと戦うというのに、緊張感の欠片もなかった。というか、緊張感という塊をモニカに叩き壊された。
「ひぃ……もうだめぇ……」
「やっぱり、仲良いじゃないですか」
■
ようやく大草原に入った時には、もう既に視界に明瞭さは消え失せていて、慣れるまで時間のかかりそうな暗黒だった。
「アリス、大丈夫か? 見えてるか?」
「はい、モンスターの位置も大体分かってます」
それでも速度を落とさないで走り続けるアリス。その姿に純粋な驚きと感謝を感じ始めたその時だった。凛とした彼女の声が一変、決起様るように捲し立てられた声が響く。
「!? ヴァンさん、人ですっ!! 人がいます!!」
「え、人?」
「そうです、大型の人型モンスターの進行方向に女の子が一人いるんです!!」
「そ、それって……」
「あのまま行けば間違いなくモンスターの餌食になりますよ!?」
アリスの声は嫌というほど耳に響いた。しかし、まだ暗闇に慣れきっていない目ではその少女を確認することができない。
「アリス、間に合いそうか?」
「ダメです……どう考えても間に合いません……」
アリスのその言葉に唇を噛む。呑気に話をしている場合ではなかった。唯でさえ凶暴なモンスター、一般市民にとっては脅威以外の何物でもない。抵抗する余地もなく無慈悲な一撃で葬り去られてしまうだろう。そんな結末だけはどうしても回避しなければいけない。
「……モニカ、お前風を操る魔法使えるか?」
「風……? まぁ、大それたものは出来ないけど幾つかは……」
「よし、じゃあそのなかで突発的に強い風を吹かせることができる魔法はあるか?」
「……無くはないけど」
「上出来。後は分かるだろ、モニカ」
「…………」
暫しの沈黙のあと、すると最初に訪れたのは青々とした光だった。小さな粒子一つ一つが光を放ちながら僕の体に溶け込んでいく。
「これは……?」
「加護の魔法。どうせ、頭とっちらかっちゃったような方法で助けに行くんでしょ? これは私からのお守り」
「それは助かる」
目配せだけで意思の疎通を確認した僕は、改めて前に向き直る。ただ暗いだけの空間を風を切って走っている。そんな静かな大草原に、モニカの詠唱が轟く。少し長めの詠唱が終わったとき、背中にはモニカの握るスタッフが当てられていた。
「エアリアル――」
そしてモニカの口から紡がれる。風を操る魔法の言葉が。
「――ディザスター」
…………あれ、おかしいな。僕の予想では『エアリアルチェイン』とか『エアリアルフォロー』とか補助系の風魔法だと思ったんだけどな。確か『エアリアルディザスター』って風の攻撃系魔法じゃなかったっけ――
「ぐぼァッ!?」
あ、間違えた――
そんな漏れ出るような言葉を背中で聞きながら、僕の体は飛翔した。全身をそり、くの字に折れ曲がった状態で前方に吹き飛ばされた僕は一瞬全ての記憶が吹き飛ぶような感覚に襲われた。モニカのスタッフが当てられていたところは、そこを中心に空気を切り裂くような、差し詰めかまいたちのようなものが生まれていた。その背中の一点だけが妙に涼しく、既にその箇所はかまいたちで装備を引き裂かれているようだ。
爆発的な加速力を伴って打ち出された僕は低い弾道で突き進んでいく。その時だった、遥か後方から声が聞こえる。
「ヴァンさん、そのまま前方に少女ですっ!!」
その言葉を聞いて、自分が吹き飛ばされた理由を再認識する。なんとか上体を整えて、目を凝らして固唾を呑む。しばらくすると目の前に朧ろげな輪郭が見え始めてくる。一つは膝をついて座っているような影。もう一つはおよそ人間とは思えない全長5メートルはあろうかという巨躯の影。
しかしその輪郭を確認できたと思った頃にはもう、その影は目の前にあった。
「ちょっと痛いだろうけど我慢してね!!」
「え――」
少女が声を漏らすのも許さず、僕は少女に抱きつく形で着地した。もちろん、勢いを殺しきることが出来ずに地面をこれでもかと転がる。抱きかかえた小さな温もりが傷を負わないようにしっかりと包み込んだ上で、僕の体はおよそ50メートル強転がり続けてようやく静止した。
目眩と吐き気を催しつつ、僕は体を起こして状況を確認しようとする。
目の前にはうずくまった少女、息はある。振り返れば丁度、手に持った大きな何かを薙いだ後のような巨影の姿が。
「……う、うぅぅん」
「大丈夫?」
見たところ、モニカと同い年くらいの少女だった。どういう状況だか分からないが、随分と薄い素材の服を一枚羽織った寝巻きに近い格好の少女は突然の事態を飲み込めずにいるようだった。
「……私、生きてる?」
「うん、大丈夫。危ないところだったね、冗談抜きであの一撃もらってたら死んじゃってたかもしれないよ」
「えっと……あなたは誰ですか?」
「うーん、あんまり自己紹介はしたくないんだけど」
「そいつの名前はヴァン、王国の勇者よっ!!」
不意に聞こえてきた威勢の良い声の主は、スタッフをふるい巨大な人形魔獣に脅しの一撃を放ち、笑みをこぼした。
「あ、おい!! 勝手に言うなよ。こんなカッコイイ演出が決まったのに早速しねは勘弁だよ」
「この村の人たちは大丈夫なんでしょ、ほら、その子も大丈夫みたい」
言われて振り返ってみると、そこには未だに状況の確認が滞っている姿があった。いや、というより一層驚いたのだろうか、さっきに増して目を大きく開いて両手で口を抑え、おまけに少し震えていた。
「お、おい、大丈夫か? 随分怖かっただろうけど、もう僕たちが来たからひとまず安心だ。こいつは僕らが引きつけておくから。ね?」
「ヴァン……勇者、王国の勇者……」
もはや虚ろになってしまった双眸を必死に動かす少女、やがてその視線は僕の視線とぴったり合わさり――
――ボンッ、と煙が出そうな程赤面したまま硬直した。
「おい、しっかりしろ、おいっ!!」
「あっぁあ、えっと……勇者様に助けられて、勇者様に抱きつかれて……それで、えっと……あなたがその勇者……」
意味のよく分からないことを言いつつ、僕の腕に乗った少女は僕の顔を見て、僕の体を見て、腕で支えられているのを見て。
「~~~~~~~っ!?」
気を失った。
「ヤバイヤバイ、この子気を失っちゃったんだけど!?」
「危ない、ヴァン!!」
「え――」
少女を抱えたまま叫んだ瞬間、視界に映ったのは巨漢。間近で見ればその威圧感は絶望的なまでのもので、どんな感情よりも先に恐怖が先走る。そいつは手に持った大きな何かをめいいっぱい振りかぶっているようで。
「その子を離さないで下さいねっ!!」
「??」
空間ごとその場を薙ぎ払われる瞬間、横から走ってきたアリスに首元を咥えられその場を脱する。その後直ぐに、直前までいた場所が否応ないひと振りで砕かれる。
「助かった……のか」
正直、状況を理解しきれなかったのが幸いして、失禁には至らなかったようだ。もし、理解してしまっていたら。想像するだけで悪寒が走る。
「アイツはトロールね。人型大型魔獣でその巨漢を活かした力で相手をねじ伏せるモンスターよ。右手に持った棍棒で殴られればおよそ想像できる最悪の末路を辿ることになるでしょうね」
「あんな奴、僕たちに倒せるのか……?」
「その前に、その子をどこかに隠さなくちゃですよ。私が時間を稼ぐのでヴァンさん、お願いしますっ!!」
そういったアリスは自分からトロールの前に立ち、狼が遠吠えするような姿勢を取る。
瞬間、あのいつもの風が彼女を渦巻き、その風に呼応するかのように稲光が迸る。
「ヴァン、トロールが怯んでいる今のうちにッ!!」
「あ、ああ!!」
僕は急いで近場の岩陰に少女を隠す。目が回り、紅潮した頬が印象的な少女をそっと寝かせて、髪を撫でる。
「なんとか救えたのか……とりあえず良かった」
「ヴァン、急いで!!」
背後から聞こえるモニカの声に応答して、僕は即座に彼女たちの元に戻る。アリスは人間の姿になり、薙刀を構えてトロールと対峙していた。モニカもスタッフを構えて後方に陣取っていた。僕は急いでその真ん中に移動する。フォーメーションも連携も何も分からない。そんな状態で生死をかけた戦いが始まろうとしていた。
普段では見せない獣のような表情のアリス、スタッフを握る手が震えているのにも関わらず一歩も退こうとしないモニカ、彼らの命は、勇者である僕が守らなくてはいけない。
手に汗握る展開に、僕は初めて勇者という重責を感じた気がした。
次にすぐ投稿される『勇者として2』で一章完結となります。




