挟撃
「あの……私間違ってましたか?」
「「…………」」
「えと、その、私、祠でヴァンさんに、私はあなたの右腕に、左腕に、そして右足……」
「オーケー。もういいよアリス。あとは僕から説明するよ。だから取り敢えず詠唱するのを止めてくれないか、モニカ?」
「――――」
あ、多分これ本で読んだことある奴だ。ってことはこれはもう第四詠唱まで唄い終わったのかな。ということは――
「アリス、できるだけ背を低く、しゃがんでいた方がいいよ」
「??」
「家が吹き飛ぶかもしれないから」
「――ッ!!」
第五詠唱が終わった瞬間、網膜を焼き払うような激光と膨大な熱を伴った突風で全ての感覚という感覚は異常を来すに至った。
■
どうやらかなりの手加減が加わった上級魔法『プルートディザスター』は屋内の家具をとっ散らかす程度で治まっていた。
効果は省略するけど、簡単に説明すると災害、その一言に尽きる。現に、この状況は災害以外の何ものでもなかった。
「ふぅ、少しスッキリした」
「それは良かったね」
「え、えと、あの、え、あ、わ」
放心状態極まれり、といったご様子のアリス。まぁ無理はないだろう。無自覚のうちに凄まじい一言を放ち、知らぬうちに内包したエネルギーを爆発させたモニカの魔法でご覧の状況、驚くなという方が無理だ。
「とりあえず座ろうか、アリス」
「あ、はい」
おどおどしながら用意された椅子に腰を落とす。続いてモニカも僕の対面に腰を下ろして食材の袋をテーブルへ載せる。
「んで? 説明してくてるんだよね」
「勿論、大分話が長くなるけど構わない?」
「ええ、何故私たちの間だけでしか現れない『ヴァン』がこの子の前でも平気で登場しているのかを中心に詳しくお願い」
そして、秘技かくかくしかじかの力で、これまでの状況を説明する。大方説明し終わったところで、時刻は夕刻となっており、説明の間特にすることのないアリスが、災害によって散らかった家具を整理してくれたおかげで部屋は殆ど元通りとなっていた。やっぱり、こういうところもアリスが勝ち組の所以たるところだろう。
「ふーん、俄かには信じ難い話ね」
「現に僕も信じきれていないところがあるからね」
「それで、彼女は正式に勇者のパーティに加入したの?」
「あぁ。どうやら戦闘にも長けているらしい。彼女と話して分かったんだけど、ちゃんと得物もあるらしい」
アリスに一声かけて、彼女の持つ武器を披露してもらう。
「あ、あの……多分、人間になった時に持っていたので、これが私の武器だと思うんですけど……」
自信なさげにその武器を掲げるアリス、その全長は優に彼女の身長を超えていた。
「これは……」
「薙刀なんだよね」
アリスの身長とほぼ全く同じ長さの柄に、三日月型の刀身を備えるその趣ある造形に、モニカは素直に感心した様子だった。鮮やかなフォルムも然ることながら、その切っ先は恐ろしほど鋭く、銀の光沢が艶やかに照る。柄はグリップの部分に良質な毛皮の装飾が施され、切っ先との境界には鈴のような珠が凛として輝いていた。柄は全体を橙色でまとめているのに対し、刀身は何者も寄せ付けないような銀の刃。模する演技でアリスが文字通り薙ぐと、空気を捌く刃の高い音が空間を支配したのが分かった。
「職業は一応剣士なのね。ってことは、今王国には二人の剣士がいることになるのね」
「そういうことだな」
僕が勇者に任命された途端に、この王国の剣士という剣士はその職業を捨てたか、王国を出て行った。それは玄人に限らず、士官学校に通うものも例外ではなかった。よって、現在この王国には剣士と呼べる存在は僕含め二人しかいないことになる。
その内の一人、アリスが薙刀を片付けて席に着く。
「その……ヴァンさんとモニカ王女の関係というのは……」
「それはこの勝手に約束を破った勇者様からどうぞ」
随分と嫌味なバトンをもらい、バツの悪さに頭を掻く。
「まぁ、同級生って程度だよ。前まで通っていた士官学校で同じクラスだったんだ」
「程度……?」
「あ、そうだったんですか」
モニカの小さな呟きが言葉として耳に入る前にアリスが納得の表情で頷く。
「因みに、僕が勇者になったのはこいつのせい」
「うっ」
モニカもバツが悪そうな表情になり、慌てた様子で座る姿勢を正す。一応、まだ責任意識はあるみたいだな。
「王女様のせい……?」
「そう、その点に関しては彼女からの方が分かりやすいと思うよ」
自分でも見ないで分かるほどのニヒルな笑顔を振りまきながら、得体の知れない汚物で汚れたバトンをモニカに手渡す。さて、完走できるかな、モニカちゃん。
「ヴァンさん、勇者になったことあまり嬉しく思っていないみたいですけど……?」
「えっと……それは………」
おぉ、泳いでる泳いでる。目がものすごい勢いで泳いでるよ。苦しかろう、さぞ苦しかろう。
しかし突如、モニカの頭上に光が灯ったかのように、彼女は手を叩いて表情を緩めた。
「私も最初は戸惑ったの……ヴァンを勇者にするべきかどうかを――」
うん? 何か突然芝居がかった演技が始まったぞ。何だこれ。
「勇者とは王国を守る英雄、国の象徴、国民の希望」
「はい、その通りです」
アリスは気がついていないのかな。それとも、こういう話し方も人間世界では普通なんだと信じ込んでるのかな。何はともあれこれは酷い茶番劇になりそうだぞ。かといって割り込むと魔法で家を吹き飛ばされかねない。くそ、ここは一旦見守ろう。
「対してヴァンはというと、怠惰な毎日を送り、自堕落の限りを尽くし、その醜態を世間へ晒していた――」
「そんな……本当なんですか、ヴァンさん!?」
「事実です」
心なしかアリスすらも若干芝居がかった口調で問いかけてくる。が、僕は真実を述べる。嘘はいけないよ、例えその嘘で立場が大きく変わろうと嘘はいけないよ。うん。
「そんな彼を勇者にしたら、私の采配も、彼の立場も、何より国民の不安が募ってしまう」
「……そうですよ、それなのに王女様は独断と偏見でヴァンさんを――!!」
「でも私思ったの、彼の才能が真に活きるのは勇者という英雄の器のみだと!!」
「――ッ!?」
なんじゃこりゃ。
「あなたも思わない……? ヴァンほどの寛大で温和な心の持ち主が勇者に就かないという状況の生産性の無さを」
「……まさか、王女様はその時点でそこまで考えていたというのですか!?」
「………………ええ」
何がええだよ。大分長い溜め使って余韻を漂わせた気でいるのか知らないけど、ここで肯定すれば嘘をつくことになるから逡巡しただけだろ。しかも結局突き通しちゃったし。なんて王女様だ。そしてアリスの演技力はどこから舞い降りた。
「私は彼の同級生として、ううん。一人の友達として彼の才能を殺したくなかった。ううん、才能とかいいから勇者にしたかった。……いいえ、身分が離れてもお話したかった、ただそれだけ。」
えええぇぇえぇ。ここにきて話を強制的に修正してきたよ。そんなに嘘つくの悔やむなら最初からしなきゃいいのに。今までの流れは一体なんだったの? そんなんじゃあさすがのアリスも――
「モニカ王女のその気持ち……痛いほど分かります」
あれええぇ? 演技に没頭しすぎて話の内容すっとばしちゃってるよ。ほら、モニカさりげなくガッツポーズしてるし。茶番どころかモニカがアリスの記憶を塗り替えてるだけじゃん。こりゃ酷い。そんなんに勇者にさせられた僕って……
「でも、勇者になってなかったらアリスに会えなかったかもしれなし、許諾」
楽観的な僕は場を選ばず登場し、勝手に僕の思考に終止符を打った。
そしていつの間にかアホみたいな演劇はクライマックスへと向かう。
「そして私は決意したの。私が全身全霊で勇者をサポートし、ヴァンをプラトー王国最高の勇者にしてみせるってね。それが同級生であり親友であり、もはや友達という垣根を越えた二人の進むヴィクトリーロードだったの」
親友になってないし、そもそも友達の垣根を越える前にその垣根すら見えてないじゃん。それどころかヴィクトリーロードの道中を仲間にしねしね言われてる始末だし。
「そう……だったのですか」
「…………」
総評、アリスの名演技が見れたから良しとする。
■
「というわけなの」
「よく分かりました」
「やっと終わった」
三者三様の言葉を放ち、茶番劇は幕締めとなった。本当に酷いひとときだった。
「ヴァンさん、私も手伝いますっ!! 立派な勇者様になってくださいね」
「お、おう。よろしく頼むぜ」
素直な瞳は、僕の汚れた心を洗い流すどころかその清流で心ごとどこかへ葬り去ってしまうようだった。彼女の笑顔が見られれば、もう何だって良いやとさえ思えてしまう。ちょっとした呆け薬だ。
「あ、そうだアリスちゃん。お昼ご飯まだだったし、ちょっとお願いしていいかな。私もう少しヴァンに話があるから」
「はい、分かりました。あの、キッチンはどこでしょうか?」
「この部屋の奥を右に曲がったところだよ」
「分かりました。お二人は何か苦手な食べ物とかありますか?」
「私は特にないよ」
「僕もないよ」
「分かりました。では行ってきますね」
ワンピースの上に、スライムが描かれたエプロンを来て小走りで駆けていく。スライムが丁度アリスの胸のあたりでぽよぽよしていくのを見守りながら、まるで孫を見るおじいちゃんのような姿と化していた僕は、突然先程までとは明らかに違う覇気を纏う魔女に視界を遮られたことで
意識を無理やり引き戻される。
「ねぇ」
「はい」
「あの子の素性は分かった。それで、なんで同棲に繋がるのかなぁ?」
あぁ、やっぱダメだったか。どさくさに紛れて誤魔化せたかと思ったけど無理だったみたいだ。なるべくうまい具合に説明を省いてそっちの話題には昇華しないように心がけていたのに、その点はさすが王女といったところか。
「まぁ、座りなよ」
「はい」
「あ、椅子じゃなくて地にね」
「……はい」
これが王女の威厳ってやつかぁ。たまげたなぁ、凛々しさ皆無、美しさ皆無、儚さ皆無。あるのは豪傑さと邪悪さと覇気。どこの魔王なんですかね。こんなのが王国統治してればそりゃあ国民も不満溜めますよ。もしかしてそれが回りまわって僕に来てるのかな。いや、それはないな。普段のモニカと国民の交流ぶりを見る限りそんな隠し事をしているような振る舞いじゃあない。ってことはやっぱり僕が悪いのか――
「ねぇ、聴いてる?」
「(あ、皆さん。僕の英雄譚はここでおしまいです。なぜなら僕はここで死ぬからです)」
「おーい、聴いてまぁすぅかぁ?」
「(ごめんなさい、まだ終わりません。頑張って耐えるので応援よろしくお願いします)」
「さっきからブツブツ何言ってるのかなぁ?」
「神様にお祈りを」
そして、アリスの手作り料理を思い、アリスの笑顔を思い、これまでの厳しい戦いを思い、僕は無の境地を開拓するに至り――




