死の音色~勇者宅玄関より~
王国へ帰ってきて、初めての遭遇人はまさかのレベッカだった。
結論から言えば詰られた。息をするようにしねと言われ、鳥が囀るように唾を吐き、蛇が蛙を睨むような視線を浴び続けた。一度は彼女に視線が移ったものの、すぐさま元の鞘へ収まり僕は見る見るうちに小さく縮こまっていくこととなった。
その間のアリスはといえば、それはもう我慢に全神経を巡らせるようにして唇を噛み締めていた。おそらく、レベッカの視線が一度彼女に揺らいだのも本人は気付いていないんだろう。それ程までに自分に歯止めを効かせていた。
実際のところ、僕は初めてレベッカに戒められている最中にそれ以外のことで頭がいっぱいになっていた。それは勿論、アリスがレベッカを叩かないでいてくれるかどうかというところだ。
もしも、もしアリスがレベッカを叩いたとしよう。それ以降は事態がこう推移すると思われる。
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「いくらなんでも酷すぎます!! 今すぐヴァンさんに謝ってください!!」
「……は?」
「ですから、今すぐ謝ってください!! 何の罪があってそんな酷い言葉が言えるんですか!?」
「いや、アリス……僕は大丈夫だから……」
「ヴァンさんは黙っていてくださいっ!!」
「はい」
「貴方は、勇者様の知り合いですか?」
ひどく冷たい目つきでレベッカが問う。
「そうですっ!!」
「モニカ王女とも、お知り合いですか?」
「いいえ、そんな人知りません」
「そうですか……では」
「――え」
「勇者共々、ここで朽ち果てて頂きます」
レベッカの細剣は華奢な体を迷わず突き抜け、その刀身に鮮血を滴らせる。突くために設計されただけあり、何の遮りもなく研ぎ澄まされた一閃によってアリスの瞳は徐々に光を失い、漏れ出る声も次第に消え入る。存分に傷口が広がったところでレベッカはレイピアを抜き、力の拠り所を失ったアリスの体はまるで精魂を抜き取られたように崩れ落ち、コントラストを失った瞳から一滴の雫を零してその最期を――
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
自分で想定しておいてあまりに最悪な結末に僕のスキンはチキンと化していた。自分のイマジネーションの豊かさに驚くと共に、その光景のあまりの絶望感に膝から陥落しそうになる。なんだあの目、本当に死に腐った目だったぞ。なんであんな目を僕は想像できたんだ。
我に返ったとき、僕は自宅のテーブルを前にして椅子に座っていた。本当の事態がどう推移したのかを思い出す。
あぁ、そうだ。確かアリスはレベッカの罵詈雑言の嵐を耐え切って、どうにかギルドを後にしたんだ。その後、ご飯をどうしようかという話になって、確か家にアイテムショップで買った食料アイテムがあるからそれで腹だけでも満たそうっていう話になったんだけど、アリスが自分が作るって言い出すから、だったら材料を買いに行こうということになったんだけど、でも僕が行くとまたアリスが憤慨しかねないから僕は先に帰ることになったんだ。
それで椅子に座って、ちょっと物思いに耽っていたらとんでもない事態に陥りかけたと。
「僕も大分情緒不安定だな」
落ち着きを取り戻し、深呼吸を一つ挟んで席を立つ。僕の家はそんな大きくもなく、そんなに小さくもないのでアリス一人くらいどうにでもなる。部屋の掃除や物の整理は既に付けており、あとはアリスが自分の部屋を気に入ってくれるかどうかというところ。
そういえば、ついこの間まで突然女の子と同居することになったらまず考えなきゃいけないことがあるだろ、とか言ってた奴いたな。誰だよ、んなもん、考えることは一つだろ。
「間違いが起こったらどうしましょ!?」
っていう冗談はさて置き、流石に突然の同居はまぁ良しとして、その報告をどうするかという問題なんだよなぁ。
モニカにパーティは後々必要になるとは言われたけど、まさか同居なんて考えもしないだろうしな。勝手に何女連れ込んでんだっ!! って怒られる気がする。
「いや、怒られたからどうしたって感じか」
僕が無理やり連れ込んだならやばいけど、そうじゃない。彼女がこうしたいと言ったのだ。それをモニカに咎められる理由など何処にもない。むしろ誇ってやろうか。
「どうだァ!! こんなに綺麗な娘をパーティにできたぞ!! それに実力も折り紙つきだ!! ぎゃはははは!!」
「調子乗るんじゃない!!」
ドガーン。
あ、魔法で殺される未来が見えた。
ああ見えて結構プライド高いからな。調子こいたら得意の魔法で何されるか分かったもんじゃない。何たって僕を勇者にしたような奴だ。『ちちんぷいぷいってやったら勇者殺しちゃったのぉ……』とか平気で言いかねないからな。何がちちんぷいぷいだ、上級魔法の詠唱しっかり唱えてやがったくせに、みたいな文句も既に準備済みだ。
と、そこまで考えていたところで、自分の思考がまた訳の分からない方向に飛んでいってしまっていたことにようやく気づく。
ちゃんと考えないと後になって後悔することになるのは目に見えているんだ、しっかりしないと。
「でもまぁ、モニカのことは後でもどうにかなるか。別にアリスと同居することになった程度で一国の王女がそんなに怒るとも考えにくいし当面の問題はアリスの王国民の暴言耐性だろうなぁ」
腕を組んでようやくまともな事を考え始めた矢先、不意に玄関の戸が開いた。
「露天で勇者の家を探している民がいたの。丁度私も貴方に用があったから付いてきて貰ったわ」
「え?」
突如、姿を現したのは純白のカールヘアをふわふわと下げた史上最年少王女。
「あ、ヴァンさん!! すみません、道に迷ってしまいまして……」
続いて現れる、ライトブラウンの同じ癖っ毛で、彼女よりも圧倒的に長い髪を揺らすアリス。
「あれ? どうして勇者の名を――」
「なんだか親切な人に案内して貰っちゃいました。ダメですね、これから暮らす家を忘れちゃうなんて」
あぁ……これは嫌な予感――
「……ちょっと、貴女今なんて?」
「え、あぁ、別に何でもないんです。それより有難うございました!! おかげでお昼ご飯に間に合いそうです!!」
「……お昼ご飯?」
彼女、モニカの手に握られた食材の入った袋が音を立てて軋む。モニカの表情はどんどんと曇っていき、一雨どころか嵐の様相。
「え、えぇ。これからヴァンさんに料理をご馳走しようと……」
ついにはモニカの瞳孔が異様な動きを見せる。わなわな震えだす体、握りこまれた拳に注がれる力は段々と強さを増していき、その腕を支える肩は息を荒げたモンスターのように大きく上下する。
そうして放たれた言葉は、既に王女ではなくヴァンという人間と接するときのモニカの口から告げられていた。
「これは……どういうことなんだろうね。勇者ヴァン様?」
ぎゃああ!! 今までとは完全に別な切り口の殺意がこみ上げてきているご様子!! 大体想像はつくけどそんなやましい事は一つもないんだ!!
「まぁ、座ってくれよ二人共。何はともあれ話してみないと状況理解は難しいだろ? ほら、二言三言じゃあ語弊が生じちゃうのは国交関係で忙しいモニカだって百も承知だろ?」
その時、今度は今の今まで落ち着きを取り戻していた絶世の金眼少女の表情が曇天に包まれる。
「……モニカ? それって名前ですよね」
あぁ、なんじゃこりゃ。打開策がまるで見つからないぞ……何をするべき、今何をするのが得策なんだ……。
「貴女、さっきからどこの誰だか知らないけど少し態度がなってないんじゃない? 私はこの王国の王女でこっちはこの王国の勇者よ?」
「え、王女様!? す、すみません、私この国の人じゃなくて、あ、あの本当にすみません!!」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけど。今までのは私の王女の器に免じて許してあげるわ。で、貴女はここに何の様?」
冷酷な、王女としての営みで培ったのであろう相手の根底を睨みつけるような冷たい視線がアリスを貫く。
「え、えっと……その、何と言えばいいか……」
ここで僕は一つ確信した。おそらく、ここでのアリスの返答しだいでこれからの展開が大きく変わる。僕の苦労度も、立場も、気持ちの持ち用も、全てはこのアリスの一言にかかっている。さて、アリスはここでどんな言葉を呟くのだろ――
「ヴァンさんの体となるため……だと思います」
ドサっ。
モニカの持つ食材の入った袋が床に落ちる音と共に、僕の一抹の淡い期待が回し蹴りで叩き折られた音が折り重なった。さらに、少し遅れて僕が膝から崩れ落ちる音、続いてモニカの眉間に亀裂のような一筋が入る際の異様な音色。
この四種の音が折り重なった四重奏は今宵死に行くものに手向けられる鎮魂歌なんだと、そして、その今宵死に行くものは他の誰でもない僕なんだと、そう悟った。




