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災害

前回の最後の文章とひと続きです。


前回の話から続けて読んで頂ければ幸いです。

 ――着くことができずに、延々と問答を被った挙句、貸しを作るということで何とかご理解頂いた。


 王女様の真髄、いや、モニカの真の王女たる所以みたいなのを垣間見たような気がした。

 

 かと言って、そういう雰囲気を食事の時まで引きずる者は誰もおらず、ご飯の際は皆仲良く食事に勤しんだ。


 モニカの問答が長らく続いたこともあって、アリスの手料理が食卓に並ぶ頃には窓から覗く空が黄昏に染まっていた。アリスの手料理はどれもこれもまさにグウのネも出ない逸品でとても満足のいく晩餐になった。


 時刻は午後八時。宵闇を過ぎた頃合、僕は王国の都市部から少し離れた住宅密集地にいた。


 壇上に折り重なる家々の、最上部。ちょっとした休憩スペースのようになったところで一服すること数十分、僕は時が経つのも忘れて一人の時間に浸っていた。散歩の途中に良いところを見つけたようだ。


「はぁ……めちゃくちゃ怒られたなぁ」


 何だか、いつも怒られても上の空で聞き空かしていたせいか、真面目に聞いた今回は非常に重い言葉を浴びた気がする。よくよく考えてみればまだ年端もいかない男女がひとつ屋根の下で生活というのは結構危ない響きだ。というかよくよく考えなくても十分危ない。


「アリスという女の子を前に柔軟な思考ができなくなってたみたいだ」


 見下ろす夜の街並みに少々感傷的になりながら、僕は自分の行いを反省する。


 食事は楽しく出来たものの、これからどうしていけばいいのか分からなくなった手前、散歩と称して外に出てきたわけだが、なかなか穴場な絶景スポットを発見してしまったが故にかなりの間、折り重なる朧ろげな光に没頭していた。


 どうせなので前々から疑問に思っていたことを考える時間にしようとつい先程から考え事をしてみたりしているが、結局のところなかなか納得のいく結論が出ない。


 今回の散歩でも、道中約120回ほどしんでくれと言われたんだけど、そもそも僕がどうしてここまでの言われをされなきゃいけないのかも最近あんまり納得いっていない。


 確かに僕は怠惰な生活をおくり、剣士あるまじき、学生あるまじき堕落の限りを尽くしてきた。そして、そんな僕がこの王国を守る英雄、勇者に任命されてしまった。


 当初はそれが理由でここまでの扱いを受けてきたんだと思っていた。いや、今でもそう思っているんだけど。


「でも……それだけでここまで……」


 自分で言うのもなんだが、それだけでここまで全国民に中傷される対象になり得るのかは、疑問が残る。例えば、僕が勇者になったことで志半ばで呆れ、絶望して剣士をやめていった人たち、また彼らの友人、親族。そんな人たちにはこれくらいの扱いを受けてもまだ納得がいく。


 でもどう考えてもこの規模はその程度を凌駕している。


「ブツクサ言ってねーでしんじまえ!!」


 不意に飛んできたのは、見下ろす先にある民家。その窓から夜空を眺めていた主人が大声で叫ぶ罵声。


 すいません、なんか真剣に考える機会は今くらいしかない気がするので許してください。


「……取り敢えず、気を取り直して――」

 

 話を戻して。


 ということは、怠け者のヴァンが勇者になったという事実を受け入れられず、僕へその不満をぶつけている人が殆どだという結論に至る。


 怠け者が勇者になったというだけで、ここまでの被害が生じるのだろうか。


 いや、怠け者本人が言うのは本当に形無しなんだけど、そこでまのことなんだろうかって思う。


 確かに勇者は王国を守り、王国の英雄的存在だけど、いざ敵国が攻めてくればギルドは総出で向かい撃つだろうし、気に入らなのなら国民たちが英雄と思わないでいればいいだけのことのように思える。


 こんな勇者じゃ示しが付かないっていうのなら、言い様はいろいろある。しねはおかしい。やっぱり、全国民が揃ってここまでの統率行動が行われているのはおかしいのだ。もはや、一つの社会的集団、宗教、洗脳の線も疑いたくなってしまう。


「まさか…………ね」


 そんな集団があったら、と考えるとこの幻想的な風景が途端に禍々しい奇妙な風景に見えてきそうなので考えるのをやめる。


 その時、ふと後ろから背中をつつかれた。


「??」


「……これ、あげる」


 後ろを振り返ると、そこには一人の少女がいた。まだ士官学校にも入れないような、幼い少女だった。彼女は手に持った紙切れを差し出して、希望と光に満ちた笑顔で僕を見つめていた。純粋で無垢すぎるその瞳は見ていて痛いほどだった。


「何だろ……」


 いつもでは起こりえないシチュエーションに、少々戸惑いながらも僕は受け取った紙切れに目を落とす。


『邪魔だからここから立ち去ってしぬか、ここで命を投げ捨てるか、どっちかにしろ』


 白い紙には、黒く乱暴な字でそう書かれていた。その紙切れをそっと胸にしまい、腰を落として彼女と視線を合わせる。


「ありがとう、お母さんに分かったって伝えてくれるかな?」


「うん、分かったっ!!」


 元気よく駆け出す少女。あんな子までもが時を経て、僕にしねと言うのかと思うと眩暈が僕を襲った。


 最後に、綺麗な街明かりを目に焼き付けるようにして、僕はその場を後にする。


 帰り道、街頭少なく人通りも殆どない通りを歩きながら、僕はもう一つの考え事をする。静寂が包むその場、ぼうっと光る小さな光だけが眼前の通路を照らし、代わりに明瞭な星々の光が瞬くように降り注ぐその通りを僕はゆっくり進む。


 もう一つの疑問、それは前々から気になっていたことでもあること。


 他国の意向について、だ。


 やっぱり何にも変化がないのはおかしい。王国に大きな変化があったのだからそれに準じて他国も動きがあるはずなのだ。


「もしかしてもう来てたりするのかな……だとしてもモニカは確実に知ってるはずだし、何も言ってこないのは僕が戸惑うのを阻止するため?」


 静かな光という表現がとても似合うオレンジの灯りが照らす細い路地は、穏やかな雰囲気をかもし出している。おかげで考えることにとても集中できていると自覚する。


「今もし北の方の強国が文化通りに一騎打ちでも申し込んできたらマズイよなぁ」


 確か、北の国々は独特の文化圏だ。中でも強国に部類される国々は自国の英雄アーサーを熱心に尊敬しており、国の英雄どうしの一騎打ちによってその国々の優劣を決めている。プラトー王国はもちろんそんな文化など無いのだが、強大な王国なだけあってその一騎打ちを断ることは暗黙上出来ないようなのだ。


 だからもし、この状況下でそんな国からの一騎打ちを引き受けてしまえば間違いなく王国のイメージダウンに繋がってしまうのだ。それだけで二国間の優劣が変わるほどの効力はないにせよ、あの強大な王国が負けた、付け入る隙がある、なんて思われてしまえばもう終わりだ。今僕が五体満足でいられるのは僕の情報が世界に出回っていないからだ。だから僕がクズなのが知れ渡ってしまえばこの王国は非常に危険な状況を強いられるのはもちろん、いよいよ僕の命も危なくなってくる。


 そうやって色々考えても、やはり他の国に動きがないのは不思議に思える。やっぱりありそうな線は得体の知れない勇者を恐れている、実はもう動きがあるが僕が気づいていないだけ、の二つだろうか。


「どっちにしろ不安は募るばかりだなぁ」


 次第に開けてきた道にちょっとした安堵感を覚えながら、随分と熱心に考え込んでいる自分がおかしく思えてくる。


「いつの間にか勇者になったってのに、僕も前向きだなぁ」


 ようやく見えてきた我が家の明かりに、心なしか足取りは早まっていた。






 ■





 ヴァンが散歩に出かけてから、ヴァンの家は異様な空気に包まれていた。家主がいないのに、女が二人。さらにはこの二人ちょっとぎくしゃくした関係ときた。結構すごい状況なのは確かだった。


「…………」


「…………」


 うわぁ、しゃべりだしにくいなぁ、とモニカは隠そうとして隠せていない引きつった笑みをこぼす。眼前の美少女は何食わぬ顔で勇者の帰りを待っている。特に何をするでもなく、ただ椅子に座って待っている。それだけでも彼女の表情やら、手の動きやら、リズムを刻む足やらを見ているとヴァンを待っているんだなとすぐに分かる。


「ねぇ」


「はい?」


 結構思ったよりすぐに返事が返ってきて聞いた本人がびっくりしてしまう。


「アリスって、やっぱりもう勇者の家に住むつもりなの?」


「はい!! 最初は無理なお願いかなとも思ったのですが、ヴァンさんが快く承諾してくださいまして」


 さりげなく真の彼の名を呟くアリスに思わず視線が鋭くなってしまう。


「その……いろいろと、ね、問題とかあるんじゃない?」


「問題……ですか?」


「そう、ほら、えーと……ひとつ屋根のしたで男女二人きりとか、年端もいかない男女が二人きりとか、ひと夏のアヴァンチュールとか……」


 言ってることが全部一緒で、しかも最後のはもう意味の分からない発言とかしてしまっているのにもモニカは気づかない。バンバンと捲し立てるように、腕を振り回さんがごとく言葉を連ねる。


「うーん、あんまり考えたことありませんけど……」


 淀み一つなく、天使の息遣いさえ聞こえてきそうな彼女は人差し指を顎に当てて少し唸った後、


「そうなったらそうなったでイイと思ってます」


「――――」

 

 どうなったらどうなるんだぁああああ!? と、独りでに叫びたくなるような衝動に駆られつつその行動を慎むモニカ。内心暴れまくっている動悸を必死で押さえ込む。


 既にその手の話ではあちらに完全に分がある事を悟ったモニカは、話題を変え一転攻勢に打って出る。いや、既に攻勢していたはずなのだがいつのまにやらあちらに一転攻勢されてしまったので、今度はこちらがやる番ということになる。


「で、でもさ、アイツは勇者なんだよ? これから危険なダンジョンに行ったり、敵国と対峙することになるかもしれないんだよ? アリス大丈夫? そんな綺麗な肌に傷ついたら大変でしょ」


「それこそ王女様の方が大変じゃないんですか? 王女様も勇者様と協定関係なのですよね?」


「私は大丈夫よ」


 そう言って、彼女は自慢のスタッフを手に取った。流石に本当に魔法を唱えるわけにはいかないけど、それ相応の実力者だということを明確にしておく必要がある。え、さっき魔法使っただろって? さぁ、なんのことでしょう? 王国も物騒になったのね、大変大変。


 威厳すら漂うローブにスタッフ、とんがり帽子を被ったモニカはまごう事なき『魔法使い』だった。


「そこそこの魔法使いなの。王の仕事をしながらでもアイツの援護くらい楽勝よ」


「あ、そういうことでしたら私も――」


 特にモニカの魔法使い姿にはコメントを残さず、アリスは周りに物があまりない場所へ移動すると、ゆっくりと深呼吸しながら胸に手を置いた。


「――はっ」


 そして小さく、それでいて大胆に息を吐きだしたかと思えばたちまち彼女のワンピースがはためき出す。もちろん、風なんて吹いていない。そもそも屋内だ。


「え、ちょっと、あれ、アリス?」


「ちょっと離れていてくださいね」


 刹那、膨大な光が爆散した。濃縮された圧倒的な質量が弾き飛び、どこかの誰かさんが気を使って放った魔法とは比べ物にならないレベルの被害が家具に及ぶ。ありとあらゆるものが空中を舞い踊りあらぬ方向に吹き飛ぶ。その末路は床に叩き落とされ木っ端微塵になるか無残に中壊するかといった違い。


「ちょっとアリス!! 何やってるの!?」


「――――」


 光に包まれた彼女から答えが返ってくることはなかった。渦巻く空気が彼女を囲み、溢れんばかりのエネルギーは光や電気となって辺りを浸蝕するかのように迸る。見る者はただただ口を開けて、目の前で繰り広げられる光景を視認するのがやっとだった。


 そしてしばらく経った後、その災害は幕を閉じた。


 ――彼女アリスを連れ去った形で。


「あれ、アリス?」


「はい?」


「いや、はいじゃなくて。どこ?」


「ここですよ?」


 モニカは声の出処を探る。すると、そこには女の子の姿はなく、代わりに雄々しき獣が鎮座していた。


「……え?」


「これが私の真の姿ですよ」


 神の使い、神獣にも見えなくもない姿から以前と変わらない鈴の音のような声が聞こえてきて、モニカは察する。全てを。


「私、元にも戻れるんですよ。多分、戦闘能力はこっちの方があるような気がするんです。細やかな戦いはできないにしろ、おっきな敵と戦う時は役立てるかなと思いまして!!」


 嬉々として語るアリスらしからぬ姿のアリスを見て、モニカは黙って彼女に近づいていった。そして、アリスの首周りに生えている白く気品高そうな毛並みを優しく柔らかに撫でてこう言った。


「貴女は私にとってもこの家にとっても災害ディザスターみたいね、アリス」


 その意味を分かったのかどうなのか、当の本人である気高きコボルトはまるで自分が褒められたかのような砕けた笑顔を浮かべていた。


  

 

前回評価下さった方、ありがとうございました。


これからも頑張っていくので宜しくお願いします!!

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