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決意

 青空澄み渡る正午前。吹き抜けるそよ風が優しく肌を撫でる心地よい感触。

 今日も今日とて、王都の中心部は活気づいていた。元気に走り回る子供たちの声、お客を招く店主の声、人の流れを暖かい視線で見守るご老人。


「うっわ、勇者だ!! さいあく、しねっ」


「いらっしゃい、いらっしゃい!! お、そこの兄ちゃん、しね!!」


「フォッフォッフォ、お前さん、しんだ方がいいんじゃないかね……フォッフォ」


 今日も今日とて、世間の風当たりは強かった。しかしそれもかなり慣れてきた。もう習慣のようなもの。教会の人たちが神々に毎日祈りを捧げるように、僕も毎日国民の非難を浴び続けるのだ。

 

 ただし、これには一つ問題がある。それは、好循環じゃないことだ。


 教会の人の祈りは、巡り巡って人々に安寧と幸福を齎す。これは紛れもない好循環。

 

 では、この循環はどうだろうか?

 勇者、街を歩く→国民罵声を吐く→勇者何とか受け止める→国民の鬱憤は晴れない→最初に戻る。


 と、この通り悪循環ほかならないのである。まったく、由々しき事態だ。


「せめて、もうちょっと悪口が緩ければなぁ」


 勇者を名乗ってから『しね』と言われない日を夢見て頑張ってはいるものの、一日ゆうに数百回言われるこの状況は、もうちょっとした有名人どころか、へたしたら王女より知名度があるんじゃないかな。


 こんな不名誉な人気、どうしろっていうんだ。指名手配のようなものだよ、ウォンテッドだよ。


 いつも通り、聞き流すふりをしながら着々と蓄積する心の傷に泣き出しそうになりながら街を歩く。


 僕の超至近距離をチョロチョロ動き回りながら、トリオで、スリーマンセルで、トリプルタッグで、罵詈雑言の三重奏を奏でる『ゴブリン』『ドルイド』『たけし』。本当にこいつら何なんだ。暇すぎだろ。


 ゴブリンに至っては、家が僕の家とご近所さんらしく、態々朝早起きして、ギルド前で毎朝行われるラジオ体操の二十分前には玄関前で待機。僕がラジオ体操前に起きればその時、起きなければラジオ体操後に戻ってきて僕にとってその日初めての『しね』を高らかに轟かせる。だから、僕はいつもラジオ体操の最中に起きるようにしている。


 そうすると、大層慌てた様子で、体操を続けるか中断してしねを言うかを迷うのだ。そして決まって悩ましげな表情で体操を続けるのだ。なんだか最近、この執拗なまでの執着にゴブリンの愛を感じないでもない。

 だってここまで気にかけてくれるんだよ? たった二言を言うためにこんなに尽くしてもらってるんだよ?

 これが愛じゃなくて何であろうか。その二言が『スキ』だったらほらもう胸キュン展開。


 まぁ、ゴブリンは性別上でも容姿的にも無理だけどね。


 と、そんなこんなで着きました。今日の目的地。

 かれこれこの道中で168回言われました。今日は少ないほうじゃないかな。うん、少ない、確か昨日は……。


 言ってて悲しくなるのでやめときます。


 今日来たのは、僕へのしんでほしい欲求が皆無らしいまるで天使のような御方が営む防具屋である。


「お爺さん、元気かな」


 僕の防具屋のお爺さんに対する思い入れは半端じゃない。そう、半端じゃないんだ、半端じゃ。


 半端じゃないんだ。大事だからね、何度でも言うよ、半端じゃ――


「おい、小僧。そこで何を吊っ立っておる」


「あ、お爺さん、こんにちは!!」


 なんと今日はお爺さんから声をかけてくれた!! これはルートに入ったんじゃないだろうか。


「今日は何の用だ? ここ最近、買いもしないくせに毎日のように来おって。冷やかしなら無用だぞ」


「違うんですよ、お爺さん。僕はお爺さんを心の拠り所にしているんですよ」


「ふんっ、何を抜かすか」


 お爺さん、可愛い。照れてそっぽ向くのがまたなんとも。


 でも、いつもは本当に寄るだけなんだけど、今日はちゃんとした目的があって来た。そのために昨日の内にバンクから貯金を降ろして来ていたんだから。


「お爺さん、今日はちゃんと買い物にきました!! ほら、見てください」


 僕は、自信たっぷりに腰に提げていた巾着袋を掲げる。この重みは数年間の重みだ。


「……ほぉ、見たところかなりの額あるようだが?」


「どうぞ見てみてください」


「…………」

 

 ふっふっふ。さすがのお爺さんも目を丸くして驚いている。無理もない、これはこれまで僕が生きてきた総時間の実に半分を占める価値がある大金なのだ。いつも寝るくらいしかやることなかったから、お金はずっと貯めていた。


 誰にも内緒でじっくりゆっくり貯めていた。いつ使うかは特に考えてなかったけど、このお爺さんになら使ってもいい。寧ろ、使いたいとさえ思う。


「……どれがお望みだ?」


「そうですね…………じゃあこれなんてどうです?」

 

 迷わず指を指す。それは初めてここに立ち寄った時に、お爺さんに紹介された最強の防具だ。


 お爺さんも含み笑いをしている、これがお爺さんへの感謝と敬意の表れだってこと、気づいてくれてるかな。


「坊主、足りないぞ」


「…………あ」


 うん、まぁ僕なら結局こうなるよね。わかってたよ、皆知ってたよ。大層なこと言ってたけど、クエストにも行かないでぐーたらしていたからお金は使わないでいたけど、同時に殆ど貯まらなかったことも事実。だから実際、僕にとってはかなりの金額貯まってるんだけど、一般的に見ればそうでもないみたい。


「……これで買える一番強いのをお願いします」


「……ふむ」


 あぁあ。カッコ悪いところ見せちゃったな。まったく、僕はいつも肝心なところでどこか抜けてしまう。これがダンジョンだったら死んでいたぞ。


「これなんていいんじゃないか?」


「おぉ!! すごい強そうですね……でも、あれ? これでも少し足りないんじゃ……」


「その分はお前の振る舞いに免じてツケにしておいてやる。これ装備して勇者らしく戦ってその内返せ」


「…………お爺さん」


 なんだこの人は。神か。もう泣きそうだよ。さっきから後ろで『ドルイド』の罵声と『ゴブリン』『たけし』のけたぐりが横行しているけど、そっち関係なしに泣きそうだよ。


「……師匠と呼ばせてもらいます、お爺さん」


「もうツッコまんぞ」


 ■


 この防具を買ったのは、他でもない。レベリングのためだ。

 世間の評価は、おそらくしばらく変化なしだろう。何をしようと現状からの脱却はできそうもない。


 と、すれば。今すべきことは勇者としての力をつけることだろうと考え至った。

 とはいえ、モニカは王女の仕事があり、そう簡単に手伝ってもらうわけには行かない。かと言って他に協力してくれる人もいない。モニカは『パーティを結成することも考えておいて』と言っていたが、それはまだ先の話だろう。まずは自分が強くならないと。


 僕は、別に戦闘が嫌いなわけでも、モンスターが苦手なわけでも、はたまたダンジョンが怖いわけでもない。

 ただ単に、生産性と利得が見いだせなかっただけだ。


 学生時代、知り合いの剣士や戦士は暇あればダンジョンに赴き、戦いに明け暮れていた。


 一方、お金はさほどいらない、素材も別段必要ない、強さも求めていない。そんな僕にクエストも、ダンジョンも必要なかったのだ。

 だから僕は暇さえあれば王立の図書館で知を身につけた。知と言っても、学校で習うようなものではなく、面白そうな雑学や、興味を惹かれるその他諸々だ。


 あ、以前屁理屈が得意だって言ってた気がするけど、実際それも本のおかげだったりする。


 本は当然文字で綴られ一つの文章構造体だ。その構造はさまざまあって、本によって千差万別。

 その幾多の本を、僕はかなり読破してきた。だからその文章構造が結構頭に入っているんだ。でも、基礎の知がないから論じれない。理を組み込めない。だから『屁理屈』止まりなのだ。

 それでも、屁理屈のやりようでは完膚無きまでに相手を言いくるめられると僕は思っている。


 とまぁ、いろいろ紆余曲折あって、僕はダンジョンで鍛練することを決意した。


 ダンジョンにはもう目星をつけてある。王国を出て直ぐの大草原、その中程に大きな祠がある。


 洞窟とって言ってもいいような地形のそこは、深くまで行かなければそんなに強いモンスターは出てこない。

 さらに、近くに小さな村があり、そこで休憩できるのも魅力の一つだ。


 あとは唯々、そこの村人が僕のことを知らない事を祈るばかりである。


「あ、見えてきちゃった」


 割とゆっくり歩いているつもりだったけど、どうやらもう着いてしまったみたいだ。


 そう、そこはもうお馴染み、ギルドである。


 王国を出て、ダンジョンに行く際にはギルドで契約をしなければいけない。少し面倒くさいが、その代わり一定の戦果を残すことができればそれ相応の報酬が用意される。


 ギルドの受付には、あの納得いかない言動と可愛げな容姿を持ち合わせた少女が待っている。


「うぅ……レベッカの視線が怖い」


 まだ朧げに視界に捉えられる距離だというのに、既にその殺気が感じられる。なんて女だ。でも可愛い。


「いやいや、気を取り直して――」 


 防具は装備した、武器も装備した、アイテムも万全、目的も明確。


「――よし、腹くくってこ!!」


 透き通るような青空の中、僕は人生初の鍛練に出かけた。

 

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