改心
結果から言うと、モニカの防御上昇魔法のおかげでなんとか一命を取り留めた。
そして僕は今、自宅のベットで寝ている。一度教会に行くように言われたんだけど、行ったら最後、トドメの一撃を貰いかねないので断った。
「気分はどう?」
そして今、ここに居るのは僕以外にもう一人。教会に行けない死にかけの僕に回復魔法をかけて、蔑みの目で睨まれる僕を小さな体で家まで運んでくれた王女様。
「だいぶよくなったよ。どうもありがとう、モニカ」
彼女の表情は晴れない。まぁ、それもそうだろう。モニカは僕が国民に酷く嫌われていることを知らなかったわけだし、それを知ってその原因が自分が勇者に指名したからだと分かってしまたのだから、仕方がない。
「そんなに落ち込むなよ。モニカはめちゃくちゃ頑張って僕を家まで運んでくれたじゃないか。それで全部帳消しにしてあげるよ。はい、チャラ」
本当はもっと前から勇者の事は気にかけていなかったけど、素直にそう言うことができなかった。
「それに元はといえば、僕が『怠け者のヴァン』って呼ばれてたように僕自身の生活態度に問題があったわけだしさ。モニカが悩むことはないのさ」
「…………」
ちょっとずつ、彼女の瞳がうるおい始める。一国の王女らしい、毅然たる態度の時もあれば、ちょっと泣き虫な16歳の女の子になるときもある。その切り替えを公衆の場と、僕の前とで分けている彼女だが、士官学校での彼女の振る舞いは間違いなく後者だった。
ということは、彼女の自然なスタイルは後者だというわけだ。僕といる時は、他の目を気にせず好きにできる限られた時間。
「僕は大丈夫。気にしないから」
だったら、せめてこの時だけは日々溜め込んでいるものを吐き出してしまえばいいのだ。僕は人が吐き出した感情を受け止めるのが得意なんだ。怨みや憎悪や単なる嫌悪、ありとあらゆる負の感情をここ数日浴び続けてきたからね。
優しくモニカの頭を撫でてやると、モニカは静かに、声を押し殺すようにして涙を拭った。そしてうえーん、と、まるで子供のようにボロボロと泣き出した。うえーんて、王女がうえーんて。
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「……あんな扱い受けて、泣きたくならないの?」
「なるよ」
そりゃなりますよ。というかここだけの話夜な夜な泣く日もありますよ。だって会うたびしねですよ? 酷い話です。
「でも女の子の前で泣くほど僕は弱くない。なんてったって勇者だからね」
ちょっとカッコイイ感じに言ってみたが要は恥ずかしいのである。
「こんなことになっているなんて全く気が付かなかった……レベッカのも、そうなの?」
「……あれは、違うんじゃないかなぁ」
ここでレベッカの尊厳を守るあたり、僕はやっぱり紳士だ。可愛いは正義だからね。正直あの仕打ちは堪えたけど、レベッカも一応級友だ。同じクラスではなかったけれど。怠惰が一番嫌いな言葉だとか言ってたけど。
「そっか……」
モニカはしゅんとしてしまったまま、肩を上げて両手を太ももに押し付けるようにしてうつむいていた。あんまり切なそうにしないでほしい、どうせなら笑って流せるくらいの方がいいのだ。
「あのさ……私さ」
やっと涙が引いたみたいだ。モニカは目を擦りながら、僕の顔のすぐ隣に座る。彼女との距離はもうあるようでないようなものだった。
「責任取るよ。ちゃんと。王女のお仕事を何年分も片付けて、それで長い休みを貰って責任取る」
なんかモニカもカッコイイ事言いだしたぞ。若干男が言うセリフっぽいけど。
「責任?」
「うん。ヴァンと一緒にいる。ヴァンのそばにいてヴァンを助け続ける」
えーと。なんだか妙に艶めかしい声色と表情でそんなことを囁かれると、ちょとそういう気分になりそうというかなっちゃうというか男ヴァン一世一代の大勝負的な何かに打って――
「――いやいや。それはおかしいでしょ。僕一人のためにどうして王女がそこまで」
「したいからだよ」
……え?
「尽くしたいから」
うーん、やっぱりこの子はおバカさんなんだよなぁ。いろいろバカだけど、一番バカなのは、感情に傾倒しちゃうことだ。間違いなく吊り橋効果的なせいでこんなしっとりモードになっているのだ。どうせすぐ明日にでもなれば何を言っていたんだろうと黒歴史になるのに。僕はこの国民の九割に忌み嫌われているんだからね。そのへんはよく考えたほうがいいと思うんだ。
でも、まぁ、それでもとりあえず今はいてくれてるんだし――
「……誰に、尽くしたいって?」
「え、えっと……ヴァ……」
「ヴァンは死んだよ。ヴァンだったやつはある人のせいで勇者って名に改名させられたんだよね」
「ぅっ…………」
「まぁいいよ」
「…………え?」
「今ここに生き返ったことにしよう。都合のいい時だけ、勇者は勇者じゃなくてヴァンになる、ことにする」
見る見るうちにまた泣き出しそうになるモニカ。なんかここまで泣かれると悪いことをしているような気になってくる。それに以前、モニカにバカバカ言った時のハマり具合を思い出して、もっと泣かせたくなってしまう。そんなSな自分、割と好き。
「だから、二人の時は気にせずヴァンって呼んでくれ。その方が僕もやりやすい」
「……ありがと、ごめんね、ヴァン――ううっ」
あぁ、また泣いた。もう、何かだんだん恥ずかしくなってきたぞ。こんなとこ誰かに見られてたりなんかしたら――
――ふと、窓際に目をやると、そこにはガラスに張り付く『ゴブリン』『ドルイド』『たけし』の姿が。
「…………」
じーーーーーーーーーーーーーーー。
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
いやぁ、この一瞬だけはどんなに優れた戦闘能力を持つ奴でも置いていけるような素早い動きが取れたと思うよ。近くにあった濡れ雑巾をそれはもう圧倒的な速さで投げつけてやったよ。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
なんか雰囲気ぶっ壊れちゃったけど、取り敢えず体の調子は殆ど良くなってきていた。これもモニカの看病のおかげなんだろう。
「よし、取り敢えずモニカは王宮に帰っとけ。これからのことはまだ分かんないし、勿論国を出るなんてこともしない」
「で、でも……このままだと」
「それにもしここで逃げたら僕が負けたみたいじゃん? 紛いなりにも僕勇者だよ? 敗北は許されたとしても、敗走は許されないんだよ」
「そうなの……?」
気づけば恐ろしく近くで不安そうな彼女が、じっとこちらの目を見つめている。やめろ、そんな輝く瞳で僕を見るな。
「そ。でも協力はしてもらうからな。こっちでいろいろ考えて、それをモニカに教える。その時は、いろいろ手伝ってくれ」
「……そっか、分かった!!」
やっと笑った。ここに来て、笑顔がトレードマークとも言える少女がやっと笑った。うん、やっぱりこの笑顔は見ていて飽きないな。多分、モニカがこの歳で王女になったのは国民を安心させる笑顔が要因なんだろうな。
玄関先には、珍しく勇者を罵倒する国民が一人もいなかった。
時刻は夕刻。橙の空が美しく広がっており、ときより吹く風が心地よい。
モニカ王女のご帰宅には、最高の環境だった。
「じゃあ、またね!! ヴァン!!」
「またな、モニカ」
世間の風当たりは留まるところを知らず、罵声の嵐は過ぎることなく立ち往生しているけど、僕という人間に、勇者は結構適任なのかもしれないな。なにも剣を振るい魔王から世界を救うのだけが勇者じゃない。
国民の負の感情のはけ口、と言ってもその感情は勇者が原因で生まれるものだけど、取り敢えずその鬱憤的なものを晴らす媒体、それが勇者だってなんもおかしくないと思う。王国と国民のために身を削っていることに変わりはない。
あ、いや、ちゃんと戦いもしますよ? 勿論モンスターから平和を勝ち取るのも勇者こと僕の仕事です。
だけど、まだお荷物ですからね。その辺は焦らず頑張りますよ。
だから今は、できることからやっていくことにします。
そう、例えばたった今なら。
笑顔で手を振ってくる王女に、笑顔で手を振り返すような。




