06. 現実も異世界も人助けは修羅の道
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「──はい! 初戦に初依頼、無事のご達成お疲れ様でした! こちら、報酬の百五十ゴルになります! またのご利用をお待ちしておりますね!」
始まりの街『スターティア』へと戻ったヤブキは、その足で冒険者ギルドの重厚な門をくぐり、受付のカウンターへと辿り着いていた。
先ほど討伐証明として差し出したブルードウルフの牙と引き換えに、NPCの受付嬢がニコニコとした営業スマイルで小さな革袋を差し出してくる。
受け取ると、掌にカチャリと心地よい金属音が響いた。手垢のついた革袋の紐を緩め、中身の硬貨を指先で軽く弾く。
「初戦闘に初依頼。まあ……初日の成果としては、十分すぎるくらいだな」
ギルドを後にし、喧騒の落ち着いた裏通りの魔法灯の下へ向かう。
ヤブキは一息つくと、視界の隅に意識を向け、システムウィンドウを呼び出した。
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【★ステータス★】
【PN】ヤブキ
【LV】 7
【職業】傭兵
【HP】体力値 64
【MP】魔力値 7
【STR】筋力値 21
【STM】スタミナ値 24
【VIT】耐久値 14
【AGI】敏捷性 26
【LUC】幸運値 3
・所持スキルポイント 残り24
【★装備★】
【右手】傭兵の長剣
【左手】なし
【頭装備】なし
【胴装備】傭兵の胸当て
【腰装備】傭兵の腰布
【足装備】傭兵の靴
【アクセサリー】なし
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「レベルアップとは別にスキルポイントもあんのか。それにしてもステータスの上昇率は一律じゃねぇと来たか」
筋力や敏捷性が一気に跳ね上がっているのに対し、一番下の項目──『LUC(幸運値):3』。
現実での境遇が隠しようもない数字となって突きつけられているかのようで、ヤブキは思わず苦笑いを漏らした。
続いて、ストレージの項目を開く。
先ほどの戦いでモンスターたちが撒き散らした戦利品のリストを指先でスクロールした。
『小鬼の手斧・劣 ×1』
『小鬼の棍棒・劣 ×2』
『小鬼の短刀・劣 ×1』
『小鬼の腹巻・劣 ×3』
『小鬼の牙×6』
『獰猛狼の牙×1』
『獰猛狼の毛皮×1』
『石ころ×4』
『鉄鉱石×1』
「ドロップアイテムも大量だな。……なになに? 『武器には五つのグレードがある?』」
ウィンドウの脇に浮かんだヘルプ文言を読み進める。
この世界に存在する武具には、劣・優・秀・特・極の五段階の品質グレードが存在するらしい。
初期支給品として持っていた自分の『傭兵の長剣』は【優】。ゴブリン達が持っていた【劣】の粗悪品に比べれば、いくらか研ぎ澄まされた業物という扱いらしかった。
品質が高いもの程性能が高くなるが、その分入手難易度も跳ね上がる。
(もっとも武器振り回すより、素手の方が手っ取り早いんだがな。とはいえ完全になしってわけにもいかねぇし……)
ヤブキは先ほどの森での惨状を深く思い返した。
(毎回ああ行くとは限らねぇしな)
モンスターの群れを相手したヤブキは薄々理解していた。
激しい行動を繰り返した結果、戦闘途中から現実さながらに呼吸は乱れ、スタミナゲージは限界近くまで減っていた。そして素手では攻撃力の上乗せがない分、一頭を倒すための手数が増え、そのぶん余計なスタミナを消費してしまう。
単調な動きのゴブリンや狼だったからこそ勝てたが、もっと打撃の通らない頑丈な皮膚を持つモンスターや対人戦になれば、遠からず手詰まりになるだろう。
「というわけで。レベリングも大切だが──RPGといったらこれだろ」
そうしてヤブキが向かったのは、大通りに面した武具屋だった。
自身のスタイルに合う新たな武器を探しにきたのだ。剣や手斧は所持している今、買うならば素手の威力を底上げできるガントレットやナックルグローブの類が好ましい。
カウベルの乾いた音を鳴らして店内に足を踏み入れる。
壁一面には無骨な大剣や斧、鍛え抜かれた甲冑がずらりと並び、武具屋独特の重厚な空気が空間を満たしている。
「今思えば武道家にするのもありだったか。そしたら金も掛からなさそうだ」
店内に浮かぶ半透明の陳列ウィンドウを指で手繰り寄せる。
始まりの街らしい簡素な武器たちが並んでいた。だが、ウィンドウをスクロールするヤブキの指がピタリと止まる。
『アイアンソード』 300ゴル
『ヴェンズナイフ』 250ゴル
『ブロンズアックス』350ゴル
『ファローアロー』190ゴル
「高ぇ!」
どれもこれも数百ゴル単位。
今の自身の所持金である150ゴルでは届かない高嶺の花ばかりだった。
「ここでも貧乏なのかよ俺ぁ……」
「おう兄ちゃん。何探してんだ?」
テンションが目に見えて下がったその時。奥の工房から、顔に煤をつけた親父NPCが巨大な槌を肩に担いで顔を出した。武具屋の店主兼、鍛冶職人のNPCらしい。
「拳に付けられる武器を探しにきたんだが、金が無くてな。また出直してくるところだ」
「なんだそんなことか。それなら俺に直接依頼しな。素材さえ持ってきてくれりゃ、駆け出し冒険者の武器くらい安価で作ってやるよ」
「まじか。それなら……」
ヤブキは目を見開き、先ほど手に入れたばかりの戦利品リストを目の前に呼び出した。
「これでなんか作れたりとかするか?」
「……成程。ブルードウルフの皮に牙、鉄鉱石。こいつらがありゃ、こいつが作れるぜ」
親父が手元の操作盤を叩くと、一つの作成項目がヤブキの目の前に提示された。
狼の毛皮をベースに、鉄鉱石で補強された武骨な革手甲──【狼牙の手甲】。拳の部位には鋭い牙が並べられており、打撃力を跳ね上げるには打ってつけの逸品。
「へぇ、良いじゃん。それじゃあよろしく頼むぜオヤジ」
「依頼料で150ゴルだ。一時間くらいしたらまた来な」
「……オヤジ」
「ん?」
「少し負けてくれたりとかは?」
「依頼料で150ゴルだ」
「そこをなんとか」
「依頼料で150ゴルだ」
「そこだけ昔のNPC気取んじゃねーよ!」
『150ゴル→0ゴル』
(まあいい、レベリングでもしてくるか。金も稼がなきゃならねぇし)
気持ちを切り替え、再び始まりの街の門へ向かって歩き出した──その時だった。
「……なんだ?」
通り沿いの広場の一角が、やけに騒がしいことに気づいた。
何事かとヤブキが少し近づき野次馬の隙間から覗き込むと、人だかりの中心に一人のプレイヤーが立っていた。
「えーっと……そのー……」
ファンタジー風の街並みの中で一際目を引く、黒色の『侍衣装』。
癖のある長い黒髪が軽やかにうねり、少年とも少女ともつく中性的な顔立ちをしている。
頭上に白く浮かぶ──『クロード』の文字。
彼の周囲を取り囲む者たちも同じく白文字の名前。人数は七、八人ほど。
押し殺し切れていない興奮混じりの話し声が風に乗って聞こえてくる。
「アンタ、本当にD級か? さっきの戦い見てたがすげぇな!」
「あんな動き初めて見たよ。ゲームはやり込んでるの?」
「是非一緒にパーティを。私たち魔法職ばかりで前衛不足でして」
「うちの方がいいよ。レベリング効率考えてるし、アイテムも優先して回せるよ?」
「はは……すみません、そのー……」
押し寄せる怒涛の勧誘にクロードは長刀の柄をぎゅっと握りしめ、情けないほど眉を引きつらせていた。
後退りするものの、完全に逃げ道を塞がれている。
「俺はあんまりパーティ組む気は無いっていうか──」
困り果て、泳がせたクロードの視線が──たまたまそれを見ていたヤブキと、正面からバッチリと重なった。
いや、重なってしまった。
その瞬間クロードの瞳が揺れた。
周囲の喧騒を背景に、彼の薄い唇が微かに動く。
『……これしかないかぁ。すみません……!』
誰にも聞こえないほどの小さな呟き。
次の瞬間、クロードの顔にあからさまな安堵の表情が浮かぶ。
「あ、おーい! こっちこっち!」
「あ?」
クロードは包囲網の隙間を強引にすり抜けると、迷いなくヤブキの方へ向かって駆け寄ってきた。
「全く、遅いよ! 夕方にはログインするって言ってたじゃん!」
そして一言。
「…………?」
遠くから喧騒を見ていたはずが、何故その中心人物が自分に話しかけてくるのか。
少し考えた後、ヤブキは口を開く。
「誰だお前は」
「はっ!? や、やだなぁ! 変な冗談やめてよ!」
ヤブキの腕を馴々しく掴み、その背中に隠れるように移動しながら必死に目配せを送ってくるクロード。
「今日はどこ行く? エリアボスでも倒しに行っちゃう? それか……」
(……話の流れからして、相当めんどくせぇ。かといって見捨てれば多分もっとめんどくせぇなこれ)
クロードの状況をあらかた察したヤブキは、無言のまま冷ややかな視線を維持し、『沈黙』という答えを選択した。
狙っていた新規プレイヤーの知り合いの来訪に、勧誘していたプレイヤーたちはざわついた。
「なんだ、連れ待ちだったのか」
「先客ありじゃあ仕方ねぇな」
ぞろぞろと諦めて去っていくプレイヤーたち。
彼らの背中が完全に遠ざかったのを確認すると、クロードはヤブキの前に立ち、胸を撫で下ろしながら小さく息を吐いた。
声のトーンが、先ほどまでの無理に作った明るい印象から、大きく崩れる。
「……ホントすみません。マジですみません、ホントに」
(すげぇお辞儀だ)
***
「──改めてすみません! あれしか切り抜ける方法が思い浮かばなくて……! 助けていただきありがとうございました!」
賑やかな広場の喧噪を逃れ、建物の影になった静かな路地裏。
人目がないのを確認するや否や、クロードは顔をこれでもかと歪ませてペコペコと頭を下げる。
「まぁ、結果良ければなんとやらだ。名前は『クロード』でいいんだよな」
「はい! おかげで助かりました、ヤブキさん」
安堵の息を漏らす彼の全身に視線を送る。
ファンタジー風の石造りの街並みにおいて、和服に腰の長刀という出で立ちはどう見ても異彩を放っていた。西洋風の鎧やローブが主流のこの世界では明らかに浮いている格好だが、本人は周囲の視線を全く気にしていない様子であり。
「それにしてもなにしたんだ? 随分人気だったじゃねぇの」
「あはは……実はさっき平原の近くで『ゴブリン』の討伐依頼をしていたんです。ただ、ちょっと場所が悪くて……」
話を聞けば、見通しの良い街道沿いで複数のゴブリンを処理していた際、通りかかったプレイヤーたちにそれを見られてしまったらしい。
その圧倒的なプレイスキルに目をつけた者たちが、次々とパーティーへの勧誘の声をかけてきた。
断ろうとすればするほど好奇の目に晒され、さらに人が集まるという悪循環に陥り身動きが取れなくなっていたのだという。
「そりゃ災難だな。目立ちすぎるのも考えもんだ」
「あ、それで! ぜひお礼をさせてください。えっと、ちょっと待ってくださいね……」
クロードは懐から半透明のシステムパネルを呼び出した。
青白い光が二人の顔を静かに照らし出す。
「実は、さっきのゴブリン討伐の最中に、ある『希少依頼』が発生したんです」
「希少依頼?」
少しNPCに聞き込みをした程度のヤブキにとって、それは初めて耳にする単語だった。クロードは慣れた手つきでパネルの表示を操作し、ヤブキの目の前へ差し出してきた。
「はい。特定の条件を満たした時にだけ発生する、特別な依頼のことです。今回のケースで言えば、通常のゴブリンを一定数倒したことで、ごく稀に届く『首領が近くに出現した』というシステム通知ですね。俺がさっき倒した数で、たまたま引き当てたみたいで」
示された半透明のウィンドウを覗き込む。
そこには、赤い警告文字と共に詳細な依頼内容が刻まれていた。
「通常のゴブリン討伐依頼とは別枠で、滅多に受注できない貴重なクエストなんです。そのぶん報酬も普通の依頼とは比べ物にならないくらい良くて……」
【希少依頼:醜悪なる人型の獣の討伐】
【概要】 平原の窪地エリアにて、群れを率いる個体の出現を確認。
【対象】 『小鬼首領』の討伐
【注意】 単独での討伐は危険。周囲の小鬼との連携攻撃に厳重な警戒を推奨。
【報酬】 1,500ゴル
「1500!?」
思わず声が跳ね上がった。
先ほど牙を納品して得た報酬が150ゴルだ。それがこの一回で実に十倍。一瞬で吹き飛んだ金額を一気に回収できるどころか、大幅におつりが来る破格の金額だった。
「よかったら一緒にどうですか? 二人なら十分対応できるはずです。報酬は折半ということで」
「…………」
ヤブキは自分の現在の状況を冷徹に思い返した。
手元の革袋はすっからかんの破産状態。武器どころか回復アイテムすら買えない貧困そのもの。断る理由など存在する筈もなく。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。よろしくな」
「分かりました! それじゃあ、早速行きましょう!」
ヤブキの承諾を得て、クロードはパーッと表情を華やがせると、軽やかな足取りで街の門へ向かって歩き出した。
(1500ゴル……半分の750ゴルでも、当面の金策としては申し分ねぇ。とんだぼた餅だ)




