15. 簒奪大猿
♢
「何だあの気持ちわりぃポケットは。タケ◯プターでも出そうってか?」
「うん。あながち間違ってないよ」
「マジか」
野生の獣に似つかわしくない、その懐の大きな袋。
巨猿の皮膚が歪にたるみ、独自の臓器として変質・癒着した『肥大化した皮嚢』である。どくどくと不気味に脈動するその袋の内部には、これまで奪い取ってきた冒険者たちの武具や魔物の残骸がびっしりと詰まっていて、皮膚の薄い部分からは無数の硬い角張りや骨の輪郭が不気味に浮き上がっていた。
「二つ名通りアイテムを奪ってくることで有名なんだ。取られた物は倒しても返ってこないから慎重に──って聞いてよ⁉︎」
地を蹴り、グリードエイプの懐へと一気に距離を詰めるヤブキ。
頭をよぎるのは昨日の記憶。どれだけ身体が軽やかに動こうと、一度でもまともな攻撃を喰らえば、激痛で行動不能に陥るリスクがある。
故に叩き込まれていた。この世界において、攻撃を受けることは即座に『死』へと直結するということを。
「だからって、後ろでサポートなんてしてたらアイツに笑われちまうよ!」
戦闘の命運を握るのは、やはりシステムが補正する【スキル】だ。攻撃だけでなく、寸前の回避や防御におけるモーション制御においても、使わない手はない。
ゴブリンキング戦での惨敗を経て跳ね上がったレベル。それにより、自身のスキルは新たな領域へと進化を遂げていた。
(こんな奴にノーダメで勝てねーようなら、クリアなんて夢のまた夢だ)
自身を叩き潰さんと襲い来る太い腕を華麗に交わし、巨躯の死角──その懐深くへと滑り込む。
そのまま両手の手甲を構え、全身の重心を乗せて狙いを定めた一撃を一点に解き放つ。【ファストスマッシュ】から進化を遂げた──【スクラップフィスト】。
重厚な打撃音が空気を震わせ、巨体が大きく揺らぐ。
「人のもん何でも欲しがる強欲野郎が。思い出したら腹立ってきたぜ」
間髪入れずに腰の長剣を引き抜き、鋭い踏み込みと共に、あの脈動する気味の悪い袋を目掛け突き刺す。刃の先から渦を巻き起こす斬撃波。【ソニックフェンス】から進化を遂げた──【アサシンドリル】。
削り取るような連続貫通撃を何度も発動させ、巨体がさらに大きくグラついた。
「流石にアイツよりかは柔らけぇ! このまま──」
「俺もいるってこと、忘れてない?」
「あ」
【柳凪流抜刀術:一式『荒風』】。横合いから滑り込んだクロードが猿の顔面へと躍り寄り、鮮やかな軌跡を描いて刀を振るう。刃は微かに旋風を帯び、斬り付ける度にその烈風が傷口を苛烈に抉り取っていく。
顔面を刻まれ、ボスが怯んだその僅かな隙を見逃さず、ヤブキは跳躍してクロードの掲げた刃の上へと足を乗せた。
「ヘイタクシー」
「っ、この、罰当たり!」
愛刀の刀身の腹へと足を置かれたクロードは、文句を叫びつつも即座に腕力を振り絞る。
斬るためではなく、跳ね飛ばすために。
ヤブキはそのまま加速する勢いを余すことなく利用し、空中からグリードエイプの顔面へ向けて、全体重を乗せた鋭い飛び蹴りを叩き込んだ。
「ナイスサポート。やっぱりお前はうだうだ考えるより、そっちの方が合ってるよ」
「そういう君は直感的すぎるけどね⁉︎ 刀折れちゃったらどうすんの!」
「日本刀ってのは縦方向の衝撃にはアホほどつえーんだよ。そこら辺も再現されてるこのゲームは流石だな」
「まぁ楽しんでるようで何よりだけどさぁ……!」
その時。
脳揺れから立ち直った巨躯を起こし、巨猿は腹の底から怒りの咆哮をあげた。
「うぉっ⁉︎」
クロードが間一髪で体を捻って避けたそれは、黒く変色した鉄屑。
かつて武器の形をしていたであろうそれは、糸を引く粘着質の体液まみれで、見る影もなくドロドロに溶けている。滴り落ちた液が地面の草をジュッ……と音を立てて溶かしていく。
続けて、グリードエイプは袋の中から取り出したいくつもの『それ』を、投擲選手のような速度で二人へ向けて力任せに投げつけてきた。
「絶対触んなよ! 俺らの紙装甲じゃすぐ死ぬぞ!」
「分かってる! ってか、後ろ!」
悲鳴のような警告と同時に、ヤブキのすぐ背後へと肉薄するグリードエイプの巨影。自らの投げた鉄くずに紛れて急接近した大猿。
切り刻まれ、どぐろを巻く血に塗れたその醜悪な顔が、不気味に歪んで笑っていた。
「成程、投擲は撹乱狙いか。だが──」
迫り来る太い腕の軌道を見切り、寸前で意識の引き金を引く。
自身の手甲に青白い薄い膜が生じ、襲い来る巨腕を正面から弾き返した。【フラットパリィ】から進化した【ジャストカウンター】は、攻撃を受け流すだけでなく、衝撃を反射して僅かにダメージを与える反撃スキルである。
「そうやってけしかけるのは俺の得意だ」
体制を崩してのけぞったグリードエイプだったが、土壇場で伸ばしたその長い腕がヤブキの両手をガチリと掴み込んだ。そのまま圧倒的な筋力任せに引き寄せようと力を込める。
「ッ‼︎ 馬鹿力が……! 渡してたまるか──」
「ヤブキ! 離して!」
「⁉︎」
クロードの鋭い一言に反射的に反応し、ヤブキは掴まれていた手を何とか動かし、即座に装備ウィンドウから手甲の解除をタップ。両手が解放された反動でグリードエイプは勢い余り、後ろの巨木に頭を強打しながらも、奪い取った【狼牙の手甲】を満足そうに自身の腹の袋へと押し込んだ。
「おい、取られちまったぞ」
「グリードエイプはアイテムを一度掴んだら死んでも離さない。そして相手も離さなかった場合──プレイヤーに特大の消化液を浴びせてくるんだ。あれがアイツの能力だよ」
「……つまり、ゲロか」
簒奪、消化、無力化。
あのまま無理に力くらべを続けていても勝ちの目がないどころか、直後に吐き出される酸で溶かされていたかもしれない。戦いの熱に呑まれるあまり、一瞬冷静さを欠いていた自分自身に冷や汗が流れるヤブキ。
「どこまでもふざけた野郎だ。ぶっ殺す」
「そこで何だけどさ。ちょっといい?」
クロードは静かに刀を鞘へと納め、ヤブキへ振り返った。彼に浮かんでいたのは、いつものゲームを楽しむような表情──ではあったものの。
彼にしてはどこか珍しい、いたずらっぽく意地悪な笑みだった。
「──偶には、ゲームに逆らってみようと思うんだよねぇ」




