14. 貧者は欲を掻く
♢
「か、拡散されてる? 昨日の戦いが?」
「何だ知らなかったのか。通りで呑気なもんだと」
「確かに、ギルドでも色んな人に見られてたかも……?」
「さっきみたいに接触してくるやつもいるだろーけど、まぁ無視でいいだろ。お前もそうしろよ」
「いきなり奇襲&逃走は畜生すぎるけどね……っと、着いた着いた」
『スターティア』の門外から徒歩で三十分ほど揺られた場所に、その遺跡はひっそりと佇んでいた。
かつて巨大な建造物だったと思われる、崩れた石柱やアーチが青白い月光を受けて影を地面に伸ばしている。
「ここが『星降りの静脈洞』……初心者エリアで一番貴重な金属鉱石が採れるエリアだよ」
クロードがインベントリからつるはしを二本取り出し、一本をヤブキへ手渡した。
「今回俺が取ってきた依頼は『遺跡調査』。って言っても、適当に鉱石取って帰れば達成扱いのイージークエストだけどね」
「意外だな。てっきり討伐系とばかり思ってたが」
「言ったでしょ、色々教えてあげるって。どうせ始めたばっかでお金もないんでしょ? だったら戦ってばかりじゃなくて、武具を揃えるところからだよ」
「……何も言えねぇ」
二人は松明を灯し、遺跡の地下へと続く薄暗い階段を下りていった。
湿った空気が肌を撫でる。
奥へ進むにつれ、ダンジョン特有の冷気と、かすかな硫黄の匂いが立ち込め始めた。
地下二階の開けた石室に到着すると、クロードは壁際へ寄っていった。
壁面には青く明滅する幻想的な鉱石の結晶──『星銀鉱』が群生している。
単純な武具から装飾品まで、幅広く使える鉄鉱石である。
「よし、ここなら魔物も出ない安全地帯だ。じゃあヤブキはこれをカンカン掘りつつ、俺の講義を聞くこと!」
「はい先生」
ヤブキはつるはしを振り上げ、青い結晶の根元へと打ち込んだ。
金属音が石室に反響し、青い火花とともにシステムウィンドウが弾ける。
【素材入手:星銀鉱の原石×1】
「じゃあまずは、この世界の『歴史』について。これを見て」
クロードがつるはしの手を止め、松明の光で照らし出された石室の奥の壁面を指し示した。
「これは?」
「俺も初めて見た時はびっくりしたよ」
そこには、風化しつつも精巧に彫り込まれた巨大な壁画が存在していた。
激しい炎に包まれた世界。咆哮する歪な魔物の群れ。そしてそれを迎え撃つ武器を掲げた人々の姿。
──終末戦争伝録。
数千の陽が沈む以前、旧き大地『アルカディア』は、
闇より出でし魔王の狂気で焦土と化せり。
存続を危機に瀕した人類を救いしは、
境界を越えて降り立ちし『異世界人』。
神罰を退け、死を怖れぬ不滅の英傑達。
その魔術は悪を穿ち、戦乱は終わりを告げた。
然れど、激しき神威と魔気は大地を七つに打ち砕き、果てなき『絶海』の彼方へと分断せり。
崩壊に瀕せし世界を繋ぎ止め、再生せしは『七峰神』。
人よ、荒ぶる海を渡れ。
分断されし七つの大陸を, 神の鎮座せし峰々を踏破せよ。
すべての神域を解き明かしたる者に、至高の理が与えられん。
「簡単にまとめるなら、大昔に大きな戦いがあって、それを止めたのが俺たちプレイヤーの先祖。でも魔王との戦いで大陸は7つに割れちゃったから、海を渡ってそれを攻略していくのがこのゲームの主目的! って感じかな」
「なるほど。作り込まれた設定じゃねぇの」
「設定とか言わないでくれるかな」
「それじゃ、こいつらは?」
ヤブキの目に止まったのは、人々や魔物の戦いを上から見下ろす七人の姿。
「七峰神、早い話この世界の神様だよ。崩壊寸前の世界を救って、今は七人それぞれが各大陸に眠っているんだって。大陸それぞれに加護があって、訪れるだけで特殊バフがついたりとか……」
長々と話し始めるクロードを尻目に考え込むヤブキ。独特な七人の絵に妙に視線を奪われていた。
(どこかで見たことがあるような……ないような……)
「まぁとにかく、まずは俺たちのいるこの『起源ノ大地』を攻略しないことには始まらないね。ってことで鉱石集め再開! 好きなだけ掘ってってね」
「……おう」
そうしてクロードは再びツルハシを降り始めた。僅かに残る気を取り除きつつヤブキも作業に戻った。
***
数時間後。遺跡を出て森の中を歩く二人。
「大分集まったんじゃないか? これだけありゃあしばらくは困らねぇだろ」
「……君、絶対A型でしょ」
「あ?」
「確かに好きなだけとは言ったけどさ。重箱の隅の隅まで取り尽くさないと気が済まないのは異常だからね? 重量制限なきゃもう何時間はやってたでしょ?」
「貰えるもんは貰っとかねーとな。俺は楽しかったぞ」
「それは何より。ゲームなのに腕がもげるかと思ったよ……!」
クロードの疲労と引き換えに、全身装備を作ってなお余る位にはさまざまな鉱石を入手したヤブキ。満足げに森林を歩く。
「それで? すぐに街に戻らなかったってこたぁ、まだ何か教えてくれるってか?」
「君って意外とめざといっていうか、なんというか……」
ウィンドウを取り出し、一つの項目をタップ。
「本当はもっとレベリングしてから挑みたかったんだけど、また徹夜も勘弁だしね。これ見て」
「……ネームドボス?」
そこに映し出されたのは、黒塗りで隠された十数体のモンスターの画像。その上に浮き出る禍々しい特殊UIフレーム。
『ネームドボス』──それは一般的なエリアモンスターとは一線を画す『生態系の頂点』。
ステータスの高さはさることながら、独自の思考回路と固有能力を保持しており、初見での討伐成功率は全エリアを通じても極めて低い。
撃破すれば討伐者固有の称号や、他の手段では決して入手できない特殊レアドロップが与えられる。
「他の大陸に行くならまずはこの大陸のボスを全部倒さないといけない。勿論──あの人魔大帝もね」
「! へぇ……上等じゃねぇの」
昨日の敗北の記憶と惨めさが脳裏をよぎり、ヤブキの右拳にふっと自然と力がこもる。
そうして歩いているうちに鬱蒼とした木々を抜け、ぽっかりと丸く開けた広場のような場所に出てきた。
『曇鸞虚弱の大森林』。その特別エリア──『大猿の領域』。
この場所には王がいる。
「あれを倒すとまでは行かないけど……クリアを目指すなら、コイツくらいには楽に勝てないとね」
そうしてクロードが刀を構えた先に佇む、一匹の猿。
いや、匹という単位は相応しくない。それほどに大きく、それでいて重厚。
丸太のごとく太く筋肉質な両腕、森の暗がりと同化するような深い緑の毛並み。
そして何より目を引くのは、その腹部から腰回りにかけて生え揃う、野生の獣には似つかわしくない大きな袋。 それは決して、服や装備品などではない。
頭上に表示される禍々しい刻印の名は──【簒奪大猿】。
恐らく多くのプレイヤーが最初に挑むであろうネームドボスにして、C級でも最上位の実力を誇る。
ズズ……と巨大な皮嚢を引きずりながら、巨猿がゆっくりと二人の方へと顔を向けた。
「一応聞くが適正レベルは?」
「40そこらってところかな。ちなみに、推奨人数は五人以上」
「……俺が悪かったよ」
そんな呟きが『大猿の領域』に響いた直後。
空間そのものを歪ませるほどの強烈な咆哮が、大森林の静寂を完膚なきまでに叩き割った。




