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貧者英傑 - 熱狂、神ゲーを穿つ -  作者: わんしょっと
幸せの貧困

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13. 勧誘は煌びやかに断るべし


♢


 白いテーブルクロスの上に夕食が並んでいる。

 焼き魚、野菜の煮物、味噌汁。湯気が細い筋を描いて立ち上り、部屋に穏やかな匂いを満たしていた。

 窓の外はすでに薄暗く、街灯の光がカーテンの隙間からわずかに差し込んでいる。


「いただきます」


 ──黒道直人(こくどうなおと)の家の食卓はいつも静かだ。

 唯一の家族である母は毎日遅くまで働いている為、食事は必然的に一人で食べることが多い。


「ゆっくり食べなさいよ。もう」


 しかし今日は違った。


 目の前にいる直人の母親──黒道晴美(こくどうはるみ)は半ば呆れてそう口にした。

 長い髪をゆるくまとめ、エプロン姿でもどこか上品で、母親というより姉に近い印象さえある。


 月に一度か二度、二人はこうして共に食事をする。関わりが途切れないようにするためだ。

 対する直人は箸を手に取りながら、チラチラと何度も時計に視線を向けていた。


「わくわくが抑えきれないって感じね。直人」


「ん? んー……」


 微笑む母親を見て直人は一瞬だけ動きを止め、それから早口で白飯を掻き込んだ。


「何かゲームでいいことでもあった?」


「……え、なんで分かるの?」


「そりゃあ母親だもん」


 直人は箸を置き、椅子を後ろに引いた。

 立ち上がる動作が少し急ぎ足で、テーブルの端に膝が当たる。


「……友達が、できたんだ」


「友達?」


「うん。全然知らない、人なんだけど……」


 呟く言葉を聴き、母親の目が大きく見開かれる。

 直人が友人の話をするのは初めてだった。


「そう……よかったじゃない」


「ご馳走様。ご飯、ありがとね」


 夕食を食べ終えた直人は「行ってくる」とだけ言い残し、自分の部屋へ足を向けた。廊下を早足で抜け、扉を閉めてから、深く息を吐く。


(……また、会えるかなぁ?)













 ***


「あー、そういや宿屋でやめたんだっけか。便利だなセーブポイント」


 ヤブキ(蓮司)がログインし、目を覚ましたのは木造の一室。半開きの窓の外からは、夜の街の喧騒が遠くに聞こえる。

 クロードに連れられた『スターティア』の宿屋、そこで昨日は急ぎ足でログアウトしたのだ。



ーーーーーーーーーーーー

【★ステータス★】


【PN】ヤブキ

【LV】 36

【職業】傭兵

【HP】体力値 150

【MP】魔力値 19

【STR】筋力値 52

【STM】スタミナ値 50

【VIT】耐久値 60

【AGI】敏捷性 44

【LUC】幸運値 4

・所持スキルポイント 残り60


【★装備★】

【右手】狼牙の手甲

【左手】狼牙の手甲

【頭装備】なし

【胴装備】傭兵の胸当て

【腰装備】傭兵の腰布

【足装備】傭兵の靴

【アクセサリー】なし

ーーーーーーーーーーーー


 討伐したわけではなかったが、戦闘自体には最後まで参加していたからか昨日のゴブリンキング戦を通して大幅に向上したステータス。成長が目に見えて感じられるこの感覚は、昔やっていたRPGにも通づるものがあり、わずかに気持ちが華やぐ。


「そういやスキルポイントなんてあったな。完全に忘れてた」


 このゲームではレベルアップすることで自身のステータスを上げることができるが、そのほかに『スキルポイント』なるものが存在する。

 レベルアップ時に一定数獲得できるそれは使用することで、自身のステータスを好きなように高めることができる。


「前々から思ってたが幸運値4ってなんだ、バカにしやがって。幸薄をここでも言われんのか?」


 このゲームにおける幸運値とは、アイテムのドロップ率や錬金成功率など、ゲーム内の確率を向上させるもの。 直接戦闘に役立つものではない為、プレイヤーの間での優先度は他の数値に比べ低い。


『スキルポイント使用 幸運値 4→64』


「……ゲーム位、幸運でありたいよな」


 満足げに画面を閉じ、ヤブキは小さく息を吐いた。

 この世界は現実よりも体が軽く、疲労を感じにくいせいで動きが滑らかだった。

 拳を握れば、指の一本一本までが正確に反応する。


 ベットから立ち上がり、木製の扉を開け、狭い廊下を歩く。足元の板が軋む音が静かに響く。

 階段を一段ずつ降りると宿屋の一階に出た。受付のNPCが無言で頭を下げ、ヤブキはそれに一礼して外へ出る。


(昨日も思ったが、こんな時間に楽しくゲームできるやつはどんな身体してんだ?)


 時刻は夜の九時過ぎと言ったところ。15歳以上の年齢制限があるこの『マジシャンズ・ラグナロク』において、そんな時間にログインしているプレイヤーなど健康とは言い難い。


(まぁ俺も言えたことじゃねぇか。とりあえず適当に依頼でも)

 

 そしてギルドへ足を踏み入れる。カウンターの向こうでは受付のNPCが淡々と仕事をしており、数人の冒険者たちがテーブルで酒を酌み交わしていた。


 そして——奥のテーブルに一人で座っていた少年が、こちらを見るなり大きく目を見開いた。


「あーーーー‼︎⁉︎ 会えた‼︎ 思ったよりも早く‼︎」


(なんだ、このデジャヴは)


 大声で指を指してくる一人の侍。初めての出会いを彷彿とさせる勢いだったが、昨日と違うのは二人は本当に知り合いになったという点。

 ヤブキを見るなり即座に立ち上がり、テーブルを回り込みながら近づいてきた。

 肩が触れ合いそうな距離まで寄る。


「クロードてめぇ。徹夜した挙句またすぐ夜中にログインって、どういう体力してんだこの馬鹿」


「き、君に言われたくないなぁ! しばらくやらないとか言ってた癖に!」


「……第一、なんでそんなピンピンしてんだよテメーは。こちとら死にかけだってのに」


「ゲーマーたるものオールは当たり前だね」


 昨日までのたどたどしさはどこへやら、まるで旧仲のように軽口を飛ばし合う。そこには昨日までの対立も緊張も、まるで感じられなかった。


「で? 依頼に行くわけでもなく、こんなところに一人で何してたんだよ」


「え⁉︎ ……あ、あれだよ‼︎ 昨日の経験値の振り分けとか、ステータスの確認とか……‼︎」


「あぁ、確かにすげーレベル上がってたもんな。なんならお前のほうが戦闘時間長いし、俺より向上率はデカそうだ」


「そうそう! 経験値ウハウハ! ははは!」


 おもむろにステータス画面を取り出すクロード。スキルポイントの割り振る軽快な効果音が続けて響く。


(……実は信じてずっと待ってたー、なんて言えないや)


 紅潮する頬をウィンドウで隠し、半透明の画面越しにヤブキの顔をじっと見つめる。


「そ、そういえばさ! 君は今日やりたいことあってログインしたの?」


「え? あー……」


 予定も何も、半ば勢いに任せて機械を手に取っただけで何も考えはない。

 強いて言うならば、取り組むべきは麗華に命じられた『世界観の把握』と言ったところ。


「特にねぇな。ただ始めたばっかだし、しばらくは普通に依頼とかこなしていくとか」


「じゃあさ! ちょっと、付き合って欲しいんだけど……」


「……また叱られるのは勘弁だぞ」


「違うから! ……あれのお詫びって言っちゃなんだけど、色々教えてあげたいし!」


「分かった分かった。今日のところはお前に任せる」 


「よっし、任せといて! ちょっと依頼みてくる!」


 張り切って受付へ向かっていくクロードの背を見送るヤブキ。

 その胸に満ちるのは、現実で感じた平穏な幸福感ではなかった。この先の未知なる冒険に対する、高揚感とでもいったところだろうか。


 ──しかし。


(……なんだ? ジロジロと)


 ヤブキがギルドへ訪れ、クロードと出会った頃から感じていた違和感。周囲では頭上に白い文字を浮かべたプレイヤー達が、会話を聞き入るように二人を静かに盗み見ていた。


(掲示板だかなんだかしらねぇけど、変に悪目立ちしちまってる。面倒ごとになる前に、クロードにも言って早く街から出ねーと──)


「見つけたよ! シャイニング・ボーイ★」


(面倒な予感!)


 ヤブキが立ちあがろうとした、その瞬間。

 開けっぱなしのギルドの扉から、夜では考えられない『閃光』が差し込んでくる。目が眩むほどの光に、自然とギルド内の人間の視線は注がれる。


「やぁ、昨日ぶりだね★ 昨日よりも輝きが増したとみえる。まぁ、僕には及ばないがね‼︎」


「アンタは確か……村上さん」


「ノン‼︎ “フラッシュ“ 村上さ★」


 虹色に煌めく重厚な鎧からは考えられないほどのキレでポージングするフラッシュ村上。

 そのマントには輝きを表現するダイヤのエンブレム、周囲には同じ紋章をつけたプレイヤーが数人、こちらを見据えて後ろに控えていた。


「なぁ、あの人……A(・)級(・)ラ(・)ン(・)キ(・)ン(・)グ(・)の、あのフラッシュ村上だよな?」


「なんでこんな初心者の街に。もしかして、こいつも……」


「……とか言われてるが、もう用は済んだんじゃねぇのか?」


「ノンノンノン★ 勿論ゴブリンキング討伐は完了済み、おかげでランキングも上がったさ。しかーし‼︎ 僕が来たのは別件も別件! その目的はズバリ、君達だ‼︎」 


「俺達?」


「お待たせー‼︎ いいの選んできたから早速──って眩しっ⁉︎ あ、昨日の変な人!」


「おお‼︎ 言ってる側からシャイニング侍ボーイまで! なんたる幸運!」


 羊皮紙を握り締め駆け足で来たクロード。

 それによりフラッシュ村上の輝きはさらに際立つこととなる。

 

「では単刀直入に。君たち二人とも──我がクラン『金碧輝行(グリティシア)』に入りたまえ★」


「え?」


「君たちはもはやただの初心者にあらず! 先日見せてくれたその見事な実力……それに経験(レベル)が伴えば、さらに輝きを増すだろう! 原石は恵まれた環境で磨かれてこそ光るもの、それならばその成長を我がクランで全力で支援させていただこう!」


「……クラン?」


「同じ目的の元一緒にゲームする人たち……簡単に言えば組織だよ。入るだけでメリットがあるから大抵のプレイヤーは入ってる」


「ほー……」


 面倒ごと以外の何物でもない。現状を考慮して、他のコミュニティに入るなどヤブキには考えもなかった。


「気持ちは嬉しいんですけど、俺達これから依頼しにいくところで……また今度でも」


「貴様! 団長のご厚意を無碍にするだと⁉︎」


「シャラップ! このおバカ!」


 背後からいきり立つメンバーを軽く叩き、フラッシュ村上は二人へと歩み寄り始めた。


「いきなりですまないが僕は本気だ。君たちなら僕でさえ到達できていないS級にも、いつか足を踏み入れるだろう。その足がかりとして、この僕が直々に指導し──」


 その瞬間、フラッシュ村上の身体から輝きが消えた。


 言葉を遮るように彼の顔面にめり込んだのは──ヤブキが先ほどまで持っていた酒瓶だった。


「へぶっ」


「団長ーーーーーーーッ⁉︎」


「ちょ、何やってんの⁉︎」


「いくぞクロード」


 そのまま軽々とクロードを抱き抱え、跳躍。

 足が宙をかけ、着地と同時にフラッシュ村上の顔面と同化した酒瓶を踏み潰す。


「シャラップ。何つって」


「き、貴様ぁ‼︎ 初心者の分際で団長をよくも‼︎」


「悪い。面倒ごとはもうゴメンなんだわ」


 瞬時に発動した【アクセルスピーダー】により上昇した敏捷性。レベルアップによりその上昇率も向上している。

 人一人抱えた走力とは思えない速度で、ヤブキとクロードはギルドを去っていった。

 

「ちょっと、いいの? 碧輝行ってこの世界でも結構な有名クランだし、もっと強くなれるのに」


「……今日はお前が色々教えてくれるんだろ」


「えっ⁉︎ ま、そうだけど……」


「早く寝てぇんだ。あんなん無視してさっさと行くぞ」


「……うん」












 ***


「絶対に逃すな! 先回りしてやれ!」


「──待つんだファミリー達ッ‼︎」


 溢れる鼻血を拭い、再び身体を立ち上がらせる村上。その身体には次第に煌めいたエフェクトが浮かび始める。


「団長⁉︎ ど、どうして」


「……この僕をも出し抜くその強かさ。痛感したよ、彼らに必要なのは恵まれた環境などではない! 先日のような戦い、己が身を焦がすほどの過酷な戦場だ!」


 走り去っていく二人を見据える。自身の甘い考えを恥じながら、村上は両手を掲げた。


「それでこそシャイニング‼︎ 少年たちよ、存分に煌めくのだ‼︎」


 諦めも輝かしく。その煌めきに、一才の濁りなし。


「……最後のあれ、素で喰らってたんですね」


「言うな★」




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